第9話 イストンゼムへ

「リムさんや。俺は非常に大切なことを思い出したんだ」


「あら?どうされたの?マスター」


 ここはデルニエールの研究室。魔法陣の開発から魔導板の試作、魔導具の稼働実験などを行うことが出来る場所だ。レスは魔導板の試作中にふとあることを思い出し、モニターのリムに語りかけた。


「俺がここにきてどれだけ経ってるかね?」


「あらやだ。忘れっぽいんだから。もうすぐ2年ですよ。マスター」


「魔導の探究に没入するあまり、時間という概念を置き去りにしてしまっていたようだ」


「あらあらまあまあ。人としてどうかと思いますよ。このお茶目さん」


「「…………」」


 2人の周りを沈黙が支配する。


「リム、俺最近思うんだけど、ここには他にも喋る知性をもった存在が必要だと思うんだ」


「マスター、私も薄々感じてはおりました。この沈黙は辛いものがありますね」


「..話を戻すね。準備が整ったら各地の遺跡を調べてみる話を以前したよね」


「はい、されていましたね」


 レスは次の目的として、古代文明が滅亡した理由を突き止めることにした。レスが得た技術を世界に広め、古代文明を復活させるのも素晴らしいと考えていたが、滅亡した理由もわかっていない状況で何も考えずに魔導を広めることは出来ないと考えた。順序よくいこうと決めたのである。


「でね。2年も経ってたら俺、イストンゼムでは死亡扱いになってると思うんだ」


「はい、死んでるでしょうね。確実に」


「さすがに死んだ人扱いの状態で各地を周るのは不都合があると思うんだ」


「かけなくていい手間とか起こりそうですね」


「それにここに来るときにすごいお世話になった人達がいるんだ。せめて無事だけでも伝えたいからちょっとイストンゼムに行ってきてもいい?」


「繰り返し且つ本気でいいますけど、人としてどうかと思いますよ?まず真っ先に無事を伝えてあげて下さい」


 圧倒的ど正論である。


「いやー。魔導は恐ろしいね。すべてを忘却の彼方に追いやってしまうのだから」


「魔導の所為にしないでください。魔導に失礼です。悪いのはあなたの狂った脳みそです」


「じゃあちょっとイストンゼムに行ってくるね。ついでに転移魔導具も設置してきちゃおうと思う」


「…おかしいです。最近は私の口撃が通用しません」


 レスはこの2年で図太く、強く精神性が進化した。レスのマイペースはもう誰にも乱すことは出来ないのだ。


「帰りは直接転移で戻るからこっちの転移魔導具は起動しておくね。今日出て明日か明後日には戻るよ。あ、もし知合いの誰かが遊びきたいっていったらここに招待してもいい?」


「私達の愛の巣にですか?」


「そう。だから君の許可を得たくて」


 レスは当然のようにリムの質問に即答する。レスにとってリムは大切な相棒、否はないのである。


「!!!!もう!!マスターが良いのなら私の許可は必要ありません。あなたがデルニエールのマスターなのですから」


「ありがとう。じゃあ、サクッと行ってくるね。留守番をお願い」


 レスは穏やかな笑みを浮かべながらリムにそう伝え、居住室へ向かう。


 居住室はデルニエール内にある8つの区画の内の一つを利用している。1人では広すぎるがレイアウトはいつでも自由に変更できるのでそのまま広い状態で利用している。早速、服装から準備に入った。動きやすく簡単には破れない素材を使ったシンプルなブラックのカーゴパンツに黒のシンプルなロングTシャツ、これも伸縮性に優れ、動きを阻害しない。Tシャツの上にはベストタイプの黒のプロテクターを着る。腰に収納容量を拡張した収納袋を引っ提げ、拳には頑丈さを強化した魔導武具であるガントレットを装着。これも手の動きを阻害しない作りにしている。収納袋にはレスが開発した数々の魔導具と食料、飲料が収納されている。


 準備を終え、施設を出る。


「リム、いってきまーす」


「はい、いってらっしゃいませ。お気をつけて」


 施設からリムの返事が返ってくる。向かうは2年前に落ちてきた石製の円盤だ。これは一方通行の転移魔導具になっている。円盤の上に立ち、転移を起動。レスはデルニエールを出発した。



(ここも久しぶりだなー)


 レスは2年前にデルニエールに訪れる前にトラップが発生したエリア不明だった袋小路に転移していた。あとでリムに聞いたところ、ここは現存する唯一のデルニエールへの物理的な避難路らしい。トラップではなかったということだ。


(さて、ここは現地的な認識で言えばエリア11に該当する感じかな。転移室に行くにもまずは上階に行かないとね)


 リムの説明によると、この施設は全12の区画で構成された工場であったようだ。上階が9区画、地下が3区画で構成されている。隣の区画に上階であるエリア9への階段が存在するため、まずはそちらに向かうことにしたレス。


(魔眼で見ると遺跡という場所はマナに満ちた場所に作られてるのがよくわかるね)


 通路を進みながらレスは魔眼を発動している。遺跡はマナの利用効率を考え、地脈に沿って建造されている。そのため施設内にはマナが多く循環しているのだ。吸収のため、本能的にマナを求める魔物が巣食うのも納得である。


 魔眼を起動していることで魔物の存在、位置も察知している。無駄な戦闘を避けて通路を進んでいたレスだが、前方に黒いトカゲが立ち塞がっていることに気づく。


(懐かしいやつがいるなー。向こうもこっちに気づいてるね)


 そのまま通路を進んでいくと黒いトカゲ、黒退竜こくたいりゅうはレスを視認し身構えた。レスは変に動かれないよう、魔力を放出して威嚇する。


(以前は全く歯が立たなかったけど。早速、浮遊型鉄射砲ふゆうがたてっしゃほうを試しますか)


 エリア11(仮称)に来てからレスは2つの同型魔導具を自身の周囲に浮遊させていた。黒い球型の魔導具である。遠隔で浮遊しながらレスを追従する。魔力による指示を受け取る魔導板、浮力を発生させる魔導板、土魔術系統として鉄鉱石を細く鋭利な形で具現化し、射出する魔導板を内包した魔導具である。複数の魔導板を一つの魔導具に内包するための機関を魔導回路と呼ぶ。


 (よし。狙いどおりこっちの魔力にビビって動きが止まってるね。発射!!)


「グガっ」


 黒退竜の眉間に向けて、鉄鉱石を射出する。一瞬で眉間に深く食い込み脳まで到達したのだろう。黒退竜は何が起こったかもわからず、そのまま眉間から血を吹き出しながら横に斃れた。


「射出速度もよし。あの堅い鱗も貫けるか。リベンジ成功だね」


 斃れた黒退竜に近寄り、レスは魔導具の完成度を評価した。ちなみにあの時と同一個体かは定かではない。


(さて、進みますか)


 レスは上階へ向けて歩みを再開する。その後も何度か魔物と遭遇するが、鉄射砲が活躍。問題なくエリア9へ。そのまま順調にエリア4の転移室に到達し、エリア1の転移室へ移動した。エリア9などの転移室を利用しなかったのは急に相互転移が可能になった場合に混乱が起こると懸念したためだ。さらに出入口に向かって歩きながら考える。


(このまま出ると兵士に尋問受けるよね?説明がめんどくさいな。申し訳ないけど速攻で脇に逃げるか)


 レスは方針を決めて出入口から2年ぶりの外へ一歩、魔力を全力で巡回させた足を踏み出す。


「おかえりなさい。いい探索はできたかっておい!まちなさ…」


 兵士に話しかけられるが2歩目には地面を出入口から脇道に向かって踏み込み、全力ダッシュを敢行するレス。一瞬で追いつくことが出来ない距離まで離れることに成功する。


(まあ、もうあそこの出入口は利用しないし、俺個人の特定も無理。問題なし)


 レスは得意げな笑みを浮かべ、街道横の草原を快走しながらイストンゼムを目指すのであった。

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