第8話 魔眼開眼

「ふふふ、もしかして意識飛んでます?面白い人です」


 リムはレスの痴態を目の当たりにしても気にしていないどころか、好感を持っているようだ。この鉄球も大概である。


「は!ごめんごめん。嬉しすぎてちょっと意識飛んでた?..魔導具、本当に作れるんだね?」


「簡単に作れますよ。それ以上にマスターはすべての知識、技術を継承いただくことが可能です。私がサポートをさせていただきます。その後、どのような生き方をされるかはマスターがお決めください。一方、私も2,400年ほど外の情報を知る事が出来ておりません。ぜひ世界の状況を教えていただきたいです」


「それは俺も気になってる。特に何で古代文明は滅んでるのに、俺たち人族は今も存続してるのかとかね」


 レスはまずは当初の目的である魔導具を作ることを優先するつもりだが、過去に起こった出来事を知る必要はあると感じている。リムは知らないようなのだが、何かレスが持っている知識が役に立つだろうか。


「そうですね。私も非常に興味があります。知っておくべきでしょうね。とはいえ、まずはマスターのみ、んん。ご希望にお応えすることにしましょう」


「よしきた!じゃあ早速、魔導具を作りたい!作り方を教えてくれるのかな?」


「んー。マスター自らが手を動かさなくとも何個かの魔法陣を記憶した魔導板生産機があるのですぐ作れるのですが。マスターはご自身で魔術陣を組むところから作成されたいのですよね?」


「魔法陣!魔導板生産機というのはもしかしたら外の遺跡で見たかも。ってごめん。うん。自分で一から理解して作成してみたい!」


 レスはここに来る前にエリア4にあった魔導具を生産していたであろう部屋で見た鉄製の箱を思い出していたが自身の希望として、まずは一から魔導具を作成する過程を知りたいと希望を口にする。


「わかりました。それではまずは準備として、魔力を視認出来るようになる必要があります。魔力が視認出来る目、『』です」


「魔眼!」


「はい、魔眼です。私たち精霊の眼は魔力を視認することが可能です。人族は精霊の眼の構造を研究し、その構造を人工的に真似ることで魔力の視認に成功しました。それが魔眼です」


 どうやって精霊の眼を研究したのか。古代の人族に少し狂気のようなものを感じるが、その探究力は凄まじいものがあるとレスは思う。


「通常の眼を魔眼とするには構造を変える施術を眼に施す必要があります。片方への施術で十分でしょう。失敗する可能性もあり、その場合は失明します。成功率は61パーセ「受けるよ」………言い切らせてください。ここから私のアピールタイムだったのに」


失敗の確率があったとしてもレスの夢のためにはやらない選択肢はないため、意思確認は不要と言葉を挟んでしまった。リムが小刻みに震えている。見事な感情表現である。


「はぁ。私の制御化であれば100%成功するのでご安心を。すごいでしょって言いたかったんです。どうせマスターは61%だったとしてもやらないという選択肢はないのでしょうけど」


「ごめんなさい」


 出会ってまもないのにすごい理解力である。レスはリムのアピールタイムを潰してしまったことを反省し、素直に謝る。


「もういいです。じゃあ、早速施術を行いましょう。施術はあちらの医療室で行いますのであちらに向かって部屋の中に入っていただけますか?」


 リムがそういうと中心から入口とは反対に伸びる通路、向かって左側の壁に入口のようなものがあり、その上が点滅している。あそこが医療室なのだろう。レスは早速向かう。


 室内に入ると白一色の清潔感のある雰囲気。棺桶のような人が横になって入れそうな箱が複数台並んで設置されている。上部はガラスケース、下部は鉄製で出来た箱だ。箱の横の壁には黒い板状のものが貼り付けてある。


「こちらの施術カプセルに横になってください」


 箱の横の黒い板状のものが光り、リムの姿が映し出されると語りかけてきた。施術カプセルと呼ばれた箱はひとりでにガラス部分が開く。どうやらリムが遠隔で操作しているようだ。レスは開いた口が塞がらない。


「色々とやっぱりすごいね。驚かされっぱなしだよ..」


「あとでじっくりお教え出来ますよ。はい、横になってください」


 レスは大人しく施術カプセルの中に横になった。横になると開いていたガラス部分が再度閉じる。


「では、施術を開始します。….鎮静魔術をカプセル内に発動。鎮静確認後、眼球への魔法陣転写を開始。その後定着作業に入る。……鎮静魔術の発動を確認……..アームを起動し、魔法陣転写作業開……..」


 レスはリムが何やらシステムにアクセスしている途中で意識を失った。



 ***


 

「マスター、体調はいかがですか?施術は成功しましたよ」


「ん..んん?」


 レスはリムの声で意識を取り戻す。寝起きの直後のような様子で体をゆっくり起こし、異常がないかを確認する。


「大丈夫そう。俺の片目は魔眼になったんだよね?」


 レスの視界は施術前と変わらず、特にマナや魔力が視認出来てはいないため、リムに問いかけた。


「はい、成功してますよ。試しに魔力を左目に集めてみてください」


 レスは言われたとおり、左目に魔力を集めた。その瞬間、視界には白っぽく光る埃のようなものが空中に漂っている様が映った。かなり大量だ。


「うわ!なんか視界いっぱいに!もしかしてこれがマナ?」


「そうです。マナですね。魔眼は眼に転写した魔法陣が魔力を得て起動します。マナを淡く光るように捉える魔術が発動しているわけですね」


「魔法陣が魔術を発動する?もしかして、魔導具の中に必ずあるあの鉄の板みたいなやつって..」


 魔導具も魔力を充てることで効果を発揮する。この仕組みはいまリムが語った魔法陣と魔術の関係と同じ。魔導具に必ず内包されているあの鉄の板に魔法陣が転写されているとすればあの鉄の板の説明がつくのだ。


「鉄の板?ああ、魔導板のことをおっしゃっているのですね。そちらはご存知でしたか。はい、お察しのとおり、魔眼と魔導具は同一の技術を用いています」


「わかってきたよ。何も掘られてないし、何か仕掛けがあるようにも見えないあの板、魔導板には魔法陣が転写されてるわけだね。….なるほどね。魔眼があれば魔法陣を見ることも可能になるのか!」


「そのとおりです。魔法陣は魔力で出来ています。魔眼があれば魔法陣の確認も魔法陣を描くことも可能になりますよ。人族は魔眼により、魔力と具現化の関係を法則付け、陣として描く技術を確立したのです。イメージが具現化する魔術の過程を根拠付けたもの。それが魔法陣です。そして魔眼を用いて新しい魔法陣を次々に開発し、技術が体系化されていきました。それが『魔導』です」


(ああ、もうリム先生と呼ばせてもらおう。『魔導』、古代の人族の探究力の凄まじさ、実現力。脱帽だよ。俺の夢はほぼ実現出来たようなものだ。いや、いまとなってはただ作るだけじゃ満足出来ない。まずは古代の知識を全て学んで、その上で何をするのかを定めるんだ。俺の眼には全てを実現出来る力が宿ったんだから)


「マスター??考え事長すぎませんか?1人の時にしてくれません?それ。そろそろ真面目モード飽きてきました」


 レスが気持ちを新たにしているとリムがインターセプトをかけてきた。


「あ、ああごめん。リム先生。いや、俺は随分と小さい目標を掲げてたんだなと今になって思ってね。感慨深くなってしまってたよ」


「先生..随分と甘美な響きですね。それ採用です。今後はリム先生とお呼びください。小さい目標ですか?私も最初にご希望いただいたのが魔導具を作りたいとのことだったので随分とミジンコみたいな希望だなって。白目剥いた後の希望がそれですよ?マスターはお茶目さんですね」


「く…ミジンコの意味はわからないけど多分すごい小さいってことはニュアンスでわかったよ。そういうのは内心に留めておいてもらえるとうれしいなぁ?」


「そんなことより最後にこちらのモニターの前にお越しください。最終チェックを致しますので」


 リムがそういうと彼女が映し出されていた黒い板状のもの、モニターにこちらへの文字が浮かび上がっていた。もう、ちょっとやそっとでは驚かないと気持ちを強く持つレスは立ち上がり、モニターの前に向かう。


「はい、マナも視認出来ているようですし、見た目も異常はありません。これで魔眼施術はすべて完了です。イケメンがよりイケメンになりましたね」


「イ、イケメン?どういう意味?え、なんか顔変わったの?」


 レスは言葉の意味がわからず、訝しげにリムに質問した。リムは無言でモニターにレスの顔を映し出す。そこには左の瞳が金色に変わったレスの顔があった。


「物理的にも宿ってるじゃないか..これはすごい恥ずかしい…はっ!イケメンって変な顔って意味???」


「今はイケメンという言葉はないんですか??かっこいい男の人って意味ですよ。ふふ。ちなみに魔力供給をやめれば元に戻りますよ」


 たわいないレスとリムの会話はしばらく続くのだった。




 その後、レスは目的を改め、まずは古代の知識の獲得に時間をかけることにした。知識は膨大だったが、レスにとっては苦でもなんでもない。スポンジのように知識を吸収した。魔法陣の知識はもちろん、その他の技術、古代の歴史と多岐に渡る。特に技術に関しては知識を得ては実演することを繰り返す。人族が生存するために必要な設備はすべて整っているのがデルニエールだ。衣食住ともに何の不足もなく過ごすことが出来た。食事のみ食材の関係でかなり淡白なものになってしまう点が唯一の不満点だったが。そんな生活を送るようになり、あっという間に2年の月日が経過するのだった。

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