第7話 気絶する

「現生人族生命体の著しい知識減退を確認。知識レベルの補填を推奨」


「また急に変な口調になってる。なんなの?それ?最初もそんな感じだったよね」


 口調が少し固く変化したリムを見て、訝しげに問うレス。


「データベースにアクセスし、ログを記録するためです。システムを操作する際も必要なんですよね。堅苦しくてやなんですけど、じゃないと言葉を正しく認識しなくて」


(データベースにログ、システムと。リムが使う言葉は全部気になってしょうがない。いやいや、順番に聞いてこう)


 レスは未知な言葉への興味が尽きないが、キリがないので追々聞いていくことにした。


「それで、まずはマナについて。マナって何?」


「そうですね。わかりやすく説明しましょう。マナとは魔力の元となる元素です。元素というのは目に見えないほどの極小の物質とお考えください」


「ということは人もマナを持っているってこと?」


「はい、人に限らず、全ての生物、自然物質、大気はマナを保有してます。この世界にはマナのみで構成された流れ、地脈が地下を巡っているんです。この地脈から地上にマナが伝わり、大気へ、生物へとマナは循環していきます。生物は呼吸をしているだけでマナを自然と吸収しているわけですね。また生物はマナを保有する物質や植物、動物を摂取することでもマナを吸収しています。マナという元素が具体的に何なのかは解明出来ていない不思議な物質とされていますが、限られた生物は吸収したマナを体の中に保有する器官を利用して別の力に変換しています」


「それが魔力..限られた生物って、人と魔物、あとは精霊かな?」


「そのとおり!人族と魔物がマナを魔力に変える器官、魔力器官と呼んでおりますが、これを持ち、魔力を保有しています。精霊はちょっと異なり、存在自体が魔力の塊です。精霊は地脈から偶発的に発生するマナの塊がこれまた偶然自己という知性を持ち、火や水、風といった属性を伴って自身を具現化した存在です。属性を伴って具現化しないと普通は視認出来ませんからね」


「なるほど。精霊は知性を有した魔術のようなものか」


「概ねその理解でよいかと」


(すごい!!いままで人が知り得なかった情報ばかりだ!)


 レスはいま、全人族が知り得ない、未知の一端を知ることが出来ている。まさに叡智。昂る気持ち再び。


「ふー。さっき言ってた精霊になる前の素体っていうのがマナの塊の状態ってことだね」


「理解が早いですね。私は自己を認識する前に人族の思念を強制的に結合されて誕生した亜精霊といいましょうか。そのような存在です。人族はこの施設を半永久的に管理させる存在を作りたかった。そこでコアさえ無事であれば永久に不滅な精霊の存在に目をつけたわけですね」


(くああ、また新情報。精霊にはコアがあるのね)


「もちろん、私にもコアがありますので完全に不滅というわけではありません。また人族の感性と知性を合わせ持つことに成功しましたが、存在を自身で安定させることができなかったためにこのような安定装置の中に格納され、自身の存在を維持してるのです。ちなみに意識としては人族だった時の記憶も持ってますし、気付いたら精霊になってたって感じなんですよ?」


「サラッと言ってるけど君自身は人だったって認識ってこと??」


「そうですね。そう思ってます。そりゃもう出会った男性すべてを虜にする美貌、女性も羨む抜群のスタイル。女性としての生を謳歌していたものです」


(やっぱり女性?なのね。声でなんとなく察してはいたけど)


「まさに傾国の美女だね」


 レスはアルカイックスマイルでリムを褒める。鉄球だけど。


「いまのところはスルーか、ツッコむところなんですが。..よく女性たらしって言われません?」


 レスは否定しない。結果、女性にモテることに関して無自覚でもない。そうあるべしと幼い頃から家族に教育されている。女性を否定することは絶対に無い。絶対にだ。


「まあ、俺のことは一旦置いといて。ちょっとマナの件で気になることがあるんだけど、魔力の強い存在、例えば魔物とかを斃すと近くにいる存在の魔力が増えるよね?あれも実はマナの影響?」


「その現象はご存知なんですね。はい、それもマナの働きです。具体的には魔力を持つ生物が死滅すると保有していた魔力がマナに分解されて周囲に分散します。先ほどお話しした魔力器官を持つ生物はその分散したマナを優先的に吸収するのです。魔力器官はマナを吸収することで発達していきます。発達するということは生み出す魔力が増えていくということにつながるんです」


(ああ、すごい納得!だからあの時、お腹の辺りが熱かったのか。あれは厳密には魔力器官がマナを吸収して発達している最中だったってことね)


「ありがとう。すごい納得出来たよ」


「でもマスター。すごいよわよわですね。現生人族の中でもかなり貧弱な方ですか?」


「言い方..これでも常人族の中では才能あるほうって思ってるんだけど」


「常人族?少々お待ちを。現生人族に関して、知識減退に続き、保有魔力に関しても大きな減退の可能性あり」


「それ、声に出さないとログの記録?ってやつは出来ないのかな?…ちょっと待って。なんで保有魔力が少ないって分かるの?」


「あ、精霊は魔力はもちろん、マナもすることが出来るんです」


(う、羨ましい!!!なんて素晴らしい種族!)


「ふぅぅぅ。気になることが次々に出てきちゃうね。ひとまず次はこの施設?『デルニエール』だっけ。ここについて、教えてほしい。俺の認識では遺跡の中にいたはずなんだ」


 レスはいよいよメインとなる謎についての質問に入る。


「はい、ここはデルニエール。今からおよそ2,400年前にラグウェル連邦が未曾有の危機に備え、人族保存計画を推奨し、計画を実行しました。人族の存続を守るために建造され、人族が存続するために必要なものが揃っている場所です。目的のためにこの施設から半径500m以外の部分を外壁で覆い、外の魔導具生産工場とは隔離した空間としました。設備の稼働確認後、外部との情報ネットワーク構築前に外部で非常事態が発生したのです。前マスターは当施設の目的遂行のため、外部とのネットワーク構築の停止を指示。外部の状況把握のために調査隊を結成し、マスター含む数名を残して、調査隊が出立したのです。その後、調査隊は戻ってくることはなく、外部の情報もわからぬまま..」


(…….古代に何かがあった。だから魔導具を作ることが出来た超文明はいまに伝わってないわけだ。でも俺たち人族は滅んでない)


「前マスターは当施設の目的を最優先としたため、こちらから外部への接触を完全に断ちました。外で何が起きたのかはわからないまま1,000年。前マスター含め、施設の人族は全滅しました。マスターはさきほどここを遺跡とおっしゃっていたので外の文明も滅亡したのでしょうね」


「待って待って!でもこの施設は人族が存続するためのものがすべて揃ってる施設なんでしょ。なんで全滅したの?」


「簡単な理由ですよ。当時の人族は魔力の保有量により、長い寿命を有していましたが、それでも500年程度です。また残った人々は数名程度。子供も生まれましたが、全員男の子だったんですよね。流石に性別を変える技術はありませし、全滅は必然でした。まあ、全滅することがわかってても外へ出ていこうとは思わなかったようなのでしょうがないですね」


「ドライだなー。仲間だったんじゃないの?」


「だってあの人達、私のことを道具の延長って感じの扱いしかしてくれなかったですからね。私はここのシステムと繋がっていますが、マスター権限の保持とシステムの強制停止以外は行動の制限はされてなくて自由なんです。なので必要以上のことはしゃべりたくないし、サポートだって最低限ですよ」


「道具の延長..なるほど。リムを生み出した経緯からも当時の人は少し傲慢なところがあったのかもしれないね」


「思い出しただけでちょっと腹立ちます。まあ、それからの1,400年は1人気ままに施設を維持しながら生きてきたわけですね。なのでデルニエールの設備はいまでも万全ですよ。そこにマスター、あなたがここにいらっしゃいました。マスター権限は人族が保有することが当施設のシステムが定めたルールです。なのでほぼ強制的に権限をあなたに譲渡させていただいたわけです」


「やっぱりまじでマスターなのね、俺。問答無用って感じだったもんなぁ」


 レスは少し呆れが混じるが自分がマスターになったことを改めて認識する。マスターについてなど、気になることではあるが、レスにとってはもっとも重要なことを先に聞かなければいけない。


「施設ってどんなものがあるの?」


「当時の人族が有した知識のすべて、生きていくための食料や居住環境などですね」


(知識のす べ て!!!!!)


 レス、昂る。


「ちなみに、ちなみになんだけど、魔導具って作れる?」


 レスは昂る気持ちを必死に抑え、自身最大の願望をリムにぶつけてみた。


「え?当たり前じゃないですか、作れますよ。もちろん」


「うおおおおおお!!!!!」


(やっぱり!そうだよね!だって、まさにここは古代の叡智が保存されてる場所だもんね!!あああああ!そう、ここが。ここが我が人生の終着点!)


 気持ちの昂りが心の限界を突破し天上に至る………レスは握った拳を天に突き上げたまま、白目を剥いて気絶した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る