第6話 邂逅

(ぁぁぁぁぁぁぁ!)


 レスは体を空中でばたつかせるがどうにもならない。しばらく落下すると視界に一気に光が差してくる。眩しさから目を瞑ったと同時に下から体をゆっくりと支え、浮上させるような気流の流れのようなものを受ける。目を開けるとゆっくりとした勢いで眼下に地面が見えてくる。このまま着地するだろう場所には地面に円形の石板のようなものが埋まっていることがわかる。そこからこの気流のようなものが流れてきているようだ。レスはゆっくりと着地し、円盤の上に立つ。


「えーっと。死なずに着地出来たんだけど..なにこれ。」


 レスは戸惑いながら周りの様子を伺う。ここは遺跡の中のはずなのに外のように明るい。それどころか、円盤の外は土、草、草。長閑な草原のようである。遠くを見やると木が生い茂る森のようなものも見えるではないか。レスは落ちてきた上を確認する。


「空だねぇ。どう見ても空。清々しい晴れ空だよ。あそこから落ちてきたんだよね??俺」


(もう無理。お腹いっぱいだって)


 もう魔導具がどうこうといったものとは違う圧倒的未知に、レスのキャパシティは限界ギリギリである。


「で、さっきから見えてるあの黒い建物にいくしかないんだよね。きっと」


 前方にはこの自然のような景色の中にまったくもってマッチしていない黒いドーム上の建造物が聳え立っている。10mくらいの高さ、横は100mはありそうな円形の建物である。


「どんとこーい、どんとこーい」


 度重なる興奮、命の危機、理解が追いつかない状況の連続でレスのテンションはすでにバグっている。ゆっくりと建物に向かって歩を進めるのだった。


(さて、入口はどこかね。まったくわからん。窓もない。これ、建物かと思ってたけど中に入れるようなものなのか?)


 建物は遺跡の壁と同様、見たこともない材質で石というより金属のような質感をしている。壁に触れながら入口の確認をしているのだがどこにもそれらしきものは見当たらない。


(こんなに目立つのにまさかの何もなし??ひとまず危険もなさそうだからここで少し一休みするか)


 レスはここまでの疲労を少しでも解消するために休憩を取ることにした。建物のようなものの外壁を背に座って一休みをする。


を確認。システム定義により、当施設内に唯一生存する人族生命体にマスター権限の譲渡を打診。マスター権限の譲渡を行っても宜しいですか?』


「はい???な、何!?」

 

 レスは急に聞こえた声に慌てて立ち上がり、身構える。


『快諾を確認。マスター権限移行処理を実行します』


「え?快諾って。してないしてない。というか君は何?」


 レスは慌てて問うがまったく聞く耳を持たない謎の声の主はマスター権限移行なるものを淡々と進めていく。


『マスター権限の譲渡が完了しました。ただいまよりあなたがマスターです。お名前をどうぞ』


「レ、レスです。というかマスターって何??誰のマスターなの?」


『お名前はレ・レスデス様ですね。マスターの個人情報を更新致します』


「もうわざとやってるでしょ!それ!話が一向に進まない!」


 華麗にレスの質問をスルーする謎の声。


『ふふ。失礼しました。レス様。久しぶりの人との会話が嬉しくてつい』


「やっぱりちゃんとわかってるじゃないか。で、質問には答えてくれるのかな?」


『それはもちろん。まずはこちらにお入りください』


 謎の声がそう話した瞬間に何もなかった壁の一部が突然左右に開いた。


「ちょっと遺跡の入口の技術レベルを超えてるんですけどぉ。ほんとなんなのここ..」


『では、お帰りなさい。マスター』


「いや、初めましてだよ。だから」


 レスはため息を吐きつつも、建物の中へ入るために歩を進める。中へ入ると明るい照明に照らされ、白一色の金属のような素材を使った通路が真っ直ぐ中央へ伸びている。通路を挟むように左右は何かの部屋になっているのだろう。5mほどの高さの壁が通路に沿って続き、その上は天井まで吹き抜けになっている。部分部分魔導具的な発光も窺える。50mほど建物の中心に向かって進むと、透明度の高いガラスで出来た箱のようなものがポツンと鎮座し、箱の下には管のようなものが存在する。それはそのまま床の中に入っていっている。この箱と床の中を繋いでいるような構造だ。カプセルの中には金属製の球体が浮遊している。わずかに発光しているようだ。ここ中央からは来た道と同じように等間隔でそれぞれ4本の通路が外壁方面へ向けて伸びている。


「マスター、こちらへ。」

 

 箱の中の球体が明滅しながらレスへ話しかけてきた。


「え?この声はさっきの。これが喋ってる?」


 レスは球体を指差しながら喋りかける。


「これとは失敬な。改めまして『デルニエール』へようこそ。新たなマスター、レス様。私は当施設の稼働の管理をしているリムと申します。お見知り置きを。」


「喋る球体…これは魔導具なのか?」


「続けて失敬な方ですね。私を魔導具などと一緒にしないでいただきたい」


 レスの困惑は続く。


「なんかすいません。魔導具じゃないのね。なるほどなるほど?じゃあ君はなんなの??い、生きてるの??」


「当たり前じゃないですか。もちろん私はれっきとした生物です。何言ってるんですか?」


「えぇぇ。君みたいな生物は見たことがないんだけど」


 リムは生物らしい。


「ふふん!私はオンリーワンですからね。私のような生物が私以外にいてたまりますか!」


「じゃあわかるかぁ!はぁはぁ、じゃあ、種族はなんなの?間違いなく人族じゃないよね」

 

 球体だが間違いなく胸を張るように自身のオンリーワンを声高に主張するリムにレスはイラっとした。


「もちろん人族じゃないですよ。私はに近しい種族になりますね」


「精霊!でも精霊は資料とかで見たことあるけどもっとこう、人の姿だったり何かの動物の姿だったり。ちょっと言い方悪いけど人工物のような姿じゃないよね?」


 精霊は希少な種族で魔力が人の姿や動物の姿を形どり、具現化する生命体と現代では考えられている。少なくともリムのような金属金属したような容姿ではないのだ。


「精霊に近しい種族って言ってるじゃないですか。いいですか?私は精霊になる前の素体を元に人族の思念をマナレベルまで元素化した粒子を素体に統合することで精霊になりきる前から人工的に知能の発現に成功した、精霊でありながら人族特有の感性と知性、そして精霊族の永遠の命を持つ究極生命体なんです!」


 ばーーん!と背景が爆ぜる様が幻視できるほどの自己アピールである。いや、実際に光らせている。


「ちょ、ちょっと待って。情報が多い!え?って何?元素化?それに精霊になる前の素体って?」


「え?」


「え?」


「「え?」」


 どうやら想像以上にお互いが感じる齟齬の溝は深そうである。

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