第5話 トラップ

 レス達一行はあれからいくつかの部屋を巡り、特に大きな収穫はないまま、本日最後と決めていた部屋の中に入ろうとしていた。


「今日はここが最後といこう。入るぞ」


 ゾーイが安全確認を行い、中へ先導していく。今回の部屋はいままでの部屋の4倍ほどの広さがあり、鉄製の箱、箱と箱を繋ぐ鉄の板など見たことがないものばかりが存在している。


「こ、ここはもしや魔導具を生産していた部屋では??」


 レスは昂る気持ちを抑えなばら二人に問う。


「ああ、そのようだな。エリア4ではまだ見つかってないはずだ。面白いもんがありそうだな、こりゃ」


「生産部屋ということは魔導具になる前の素材だってあるってことですもんね。まさに俺のために存在する部屋だな!ここは!」


「違えーからな、また変なの出てきてっからそれ引っ込めろ。はしゃぎすぎたらぶっ飛ばすぞ」


 3等級の冒険者のパンチなどシャレにならない。静かにしかし余すことなく、部屋を調べ尽くすことをレスは誓った。

 まずは箱上の設備のようなものから。ここに魔導具の素が入っていて、加工され、今度はこの鉄の板を伝って次の箱に運ばれ、またそこでの加工を繰り返し、最終的に魔導具が完成するのだろう。ここは資料の考察文を見たことがあり、実際に目の当たりにするとその考察は合っていると感じることが出来る。


「では、早速中をのぞいてみますかね」


 箱のような構造物は高さが5mほどもあり、幅は2m程度だろうか。どの程度の大きさの魔導具が生産されていたのかは予想すら出来ない。鉄の板のようなものが差し込まれている箇所から中を覗くことが出来そうだ。


「やっぱりあったね。これが見たかったんだよ」


 レスは目的のものを見つけ、微笑む。それは魔導具に必ずある部品、5cmほどの鉄製の板のようなものだった。これこそが魔導具のコアであり、魔術的効果を発揮するものだ。それ以外の部分は効果を発揮しやすくするためであったり、使いやすく形を形どったものにすぎない。レスがもつ収納袋ももともとは金属製の収納箱だったが、この金属の板のようなものを移し替えることで持ち運びに適した形にしている。


(さて、どうしてこのなんでもないような鉄製の板が魔術的現象を起こすのかねえ。ん?この突起のある棒みたいなのなんだ??板に向かって伸びてるな、板には何も刻印されてなかったから何かを刻印するものではないはず。何かを照射するもの?もうすこし良くみ、)


「レス!!!!魔猿まざるの群れだ!!!!!」


 緊迫感のある声でゾーイが叫ぶ。慌てて箱から顔を出し、振り向くと入口から大量に魔猿の群れがゾーイとロイに襲いかかるところだった。


(まじかよ。あれ、何匹いるんだ!?)


 レスが急いで向かおうとした瞬間、魔猿が一斉に土魔術を放ってきた。凄まじい数の石礫がレス達を襲う。


(うおおおい!それはまずい、おれ素手だから!)

 

 ゾーイとロンは大剣を巧みに操り、石礫を防いでいるが、レスには厳しい。慌てて箱を盾にするように裏へ避難した。大量の石礫が辺りの構造物に激突し、激しい音をたてている。


(うおおおおおお!死ぬ、死ぬよこれ!)


 その時だった。部屋中が赤く光り、聞いたことのない音を発し始めた。


「まずい!レス!!防衛機構だ。トラップが発動するぞ!」


「ゾーイ、入口周辺のやつらをまずは一掃してくれ。脱出路がないとどうしようもない」


「わーってるよ!やってやらあ」


 ゾーイは大剣を床と平行に構え、力を溜める。ふぅと一呼吸のあと、回転しながら前進し、大剣を横薙ぎに振るった。大量の魔猿がなすすべなく、両断されていく。


「レス!!こっちに来れるか!?」


ロンがレスに向かって叫ぶ。ロンの元に向かおうとレスが立ち上がるもロンとの間に2匹の魔猿が割り込む。


「ロン!レス!入口が閉じそうだ!早くこっちへ!」


 入口周辺の魔猿を薙ぎ払いながらゾーイが叫んでいる。レスは周囲の状況を冷静に観察したが閉じ始めている入口まではどうにも間に合いそうにない。まずは目の前の2匹をどうにかしないと向かうことすら出来ない。絶体絶命である。


「ゾーイさん、ロンさん!ちょっとこっちは向かうの難しそうです!自分でなんとかするので2人は部屋から脱出を!」


「バカヤロウ!何言ってやがる!お前を残して出ていけるか!」


 2匹の魔猿がレスのもとへ駆け出してくる。


「ロンさん!俺は大丈夫だからひとまずゾーイさんと一緒に脱出を!このままじゃ3人とも閉じ込められる!」


 ロンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ゾーイのいる入口へ駆け出した。


「おい、ロン!離せ!まだあいつがあそこにいるんだ。おい!」


「ゾーイ、このままじゃ3人とも部屋に閉じ込められる。そうしたら全滅だ、わかってるだろ」


 ロンは唇から血を流しながら食いしばって感情を押し殺している。過去、部屋の防衛機構により閉じ込められ、生還した冒険者はいないのだ。


「クソが!レーーース!絶対助けに戻る!死ぬんじゃねーぞ!」


 ロンに担がれるように閉じかけていた入口から外に脱出した2人の姿を確認し、レスは安堵の表情を浮かべながら魔猿の爪撃をしゃがんで掻い潜り、立ち上がると同時に魔力で強化した蹴り上げを見舞った。魔猿の腹部に入り、そのまま宙を舞うように後ろへ飛ばすことに成功する。レスが再度構え直した瞬間だった。


「ギュッ?」


 飛ばされていない魔猿のコメカミを赤い光線のようなものが一瞬で貫き、短い断末魔とともに絶命する。


「ええ..何今の..」


咄嗟に再度構造物の物陰に隠れるように後退するレス。隠れたあとも四方八方で赤い光線が飛び交っている。


(ああ、これが防衛機構のトラップか。部屋の中に閉じ込めて一掃するんだ。いまは魔猿どもを一掃している最中か。まだ俺は標的になってない?いや、動いてないからだろうな)


 レスは何か助かる道はないかと周囲を観察する。


(何か何か何か….鉄の板の先、壁の中に入っていってるところがあるよな。あそこなんとか壊して中に入れないか?)


「よし!!一か八かだ!」


 レスは板の先がつながっている壁に向けて全力で駆け出す。駆け出しながら魔術をイメージ。どでかい岩、先端は鋭利に。壁ぎわに到達し、そのまま魔術をイメージとおりに発動した。


「おらあああ!」


 壁は見事に勢いよく叩きつけるように飛ばした岩の塊によって貫通。入りこめる隙間が存在する。スライディングで滑り込むことに成功した。


「よっしゃおらあああぁぁぁぁ!?」


 勢いのまま、斜め下へ滑走していくレス。止まる気配はなかったのだった。



 ***


 

 どれくらい下へ滑走しただろうか。緩やかになってきたと思ったら個室のような別の部屋の中に勢いのままに投げ出されたのだ。周囲にはよくわからない経年劣化した残骸が転がっている。ひとまず危機を脱したことに心から安堵し、ゾーイとロン、2人のことを思い出していた。


(2人ともいい人だよなぁー。あの状況で最後まで俺を見捨てようとしないんだから。人は危機的状況では本性が出るっていうけど本当だね。2人が同行者でよかった。なんとかここを脱出して安心させてあげないと)


「さてっと」


 レスは身体を払いながら立ち上がると周囲を見渡した。残骸以外何もない部屋だった。


(ここには下へ降るように進んできた。間違いなくさっきの場所より下層。ゾーイさんはこのイストンワンには地下はないって言ってたよな。てことはここは未探索領域ってことじゃないか。)


 レスは冷静に現状の把握に努める。


(転移室を探してエリア1に戻るのがもっとも早くて確実か。食料と飲み物は収納袋に数日分入ってる。なんとかなくなる前に辿り着かないと。)


 思考に耽っていると部屋の隅で何かが動く物音が聞こえた。視線を物音がしたほうに向けると、黒い大きなトカゲのような生物がこちらの観察していた。


(まじかぁ。一難去ってまた一難だよ。でっけートカゲだな。2mくらいあるだろ。あれ)


 黒い体に浮かぶ黄色い爬虫類特有の目とレスの目が合う。


(殺意がどんどんマシマシになってるね。来るか!)


 四足歩行とは思えない跳躍でトカゲ系魔物は飛びかかってくる。レスは魔物を姿を発見した瞬間にイメージしていた火と風の混合魔術をトカゲに向けて発動する。


爆炎ばくえん!」


 強力に効果が発揮出来るようにトリガーワードを発声し、火魔術を放つ。炎の塊はトカゲの鼻先に着弾し、そのまま爆発した。


(どうだ!?)


 少し距離をとった場所に跳躍し、トカゲの様子を伺うが、特に効いた様子もなく、こちらに再度目線を向けてきた。もともと黒い姿なので焦げているのかもわからない。


(効いてないかー。いまの魔術がイメージ出来る中では最高の火力なんだよな)


 再度トカゲは跳躍してレスに襲いかかってくる。顎から鋭い牙を剥き出しにしてレスの眼前に迫る。寸前で横に躱し、咄嗟に魔力強化全開の右正拳突きを横面に突き当てた。


「おら!!ってぇぇ!」


(堅った!手、痛た!)


 トカゲはまったくダメージがないようだ。再度レスのほうへ向き直る。


(これは無理!まじ無理!死ぬ死ぬ死ぬ!)


 レスは即逃げを選択。すぐ後ろに部屋の入口があったことも幸いし、すぐに部屋を脱出。通路を何も考えず左に進んだ。通路を直走り、また左に曲がる。その先は..袋小路だった。


(あぁ、そうきたか)


 トカゲが追ってきていることはなんとなく気配でわかる。まもなくここに来るだろう。先はないと知りつつ、絶望感から意味もなく壁に手をかけてみると押し込める感触がある。


(ん?なんかここ押し込める?…この状況で押さない選択肢はないか)


 レスは迷わず、壁の一部分を押し込んでみた。その瞬間、足元の床が開き、一瞬で落下感に襲われる。


「うお!またトラップ??」


 レスはやっちまったかと少し後悔するがもう遅かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る