第4話 殺し合い
煙の中から這い出てくる黄色い生物。人の子供よりは小さいが発達した筋肉に覆われているのが見てわかる。『魔物』、魔術を操る動物の総称だ。性質は凶暴、人を見かけると躊躇いなく襲ってくる。
充血させた黒い瞳とレスの目線があった瞬間、全身を痺れるような凍えるような感覚が襲った。これが殺意か。レスはいままで命の奪い合いなどしたことがない。ここまで純粋なまでの殺意を向けられることも初めてだった。
(なんで..身体が動かない。これが殺意..視界も狭い。あいつの目から目が離せない。どうする、どうすればいい?)
レスは完全に硬直してしまった。そんな事情は
「ガアア!」
「シッ!」
ゾーイは上から下へ振りかぶってきた魔猿の爪撃を身体を回転させるように横にそれて躱わす。そのまま回転の勢いを利用して子供の身長ほどはある大剣を横に薙いだ。2匹の魔猿は呆気なく身体を両断されて、絶命した。
その隙に残りの2匹のうちの1匹が土の魔術を行使してくる。狙いはレスとロンだ。複数の石礫がものすごい勢いで飛来する。ロンは完全にレスを庇うように前に立ち塞がり、大剣でそれを迎撃する。擦り傷ひとつ負わず、迎撃しきってしまった。
「こっちの存在を忘れてるぞってな!」
魔術を迎撃され、唖然としたような表情をしている魔猿の横面を巨大な鉄塊が貫通する。横からゾーイが大剣で貫いたのだ。おそらく即死だろう。その後ろにも頭を失ったもう1匹が倒れ、息絶えている。戦闘は一瞬のうちに終わったのだった..
「おう、レスくん大丈夫か?」
ゾーイが魔物の死体を通路の端に集め、火魔術で燃やしながらこれまた戦闘から一歩も動けず、棒立ちになっているレスに話しかけてくる。
「は、はい..何もできないどころか、まったく身体を動かすことが出来ませんでした..」
戦闘はおそらく数十秒くらいの一瞬だった。だがレスにとっては永遠のような長い時間の中での出来事だった。ただただ今は心の底から自分自身に失望している感がある。魔術も体術も人よりも才能があり、優秀なほうだと思っていた自尊心がぼっこぼこである。
「なるほどなぁ。いい傾向だ。それは恐怖、ビビったわけだ。魔物の殺意は純粋だ。ただただ相手を殺して食うことしか考えてない。そんな生き物の殺気に当てられりゃ、最初はそうなるもんさ。訓練通りに動けるなんて思うなよ。逆に何も感じないアンポンタンはだいたい気づいた時には死んでんだよ。だから気にすんな。で、魔物と対峙すんなら当たり前の殺意だ。気合で跳ね返せ」
レスの心象を察し、ゾーイはフォローしてくれる。
「気合ですか。気合..」
(臆病な心を魔力で覆い隠してドンと膨張させるようなイメージなんてどうだろう。ちょっと次魔物に遭遇したらやってみるか)
魔術はイメージの具現化だ。その元である魔力もイメージにより身体強化を行うことが出来る。気持ちにだって作用するとレスは考えた。
「お?なんか整理できたみてーだな。よし、じゃあ部屋ん中、探索してみっか」
「はい!」
レスは笑顔で答える。ロスは無言で繰り返し納得するように頷いていた。クールである。
「よし、中には魔物はいないな。いくぞ」
ゾーイが先ほどと同じように壁に背を預け、入口から中を覗き込み、安全を確認した。ゾーイを先頭に部屋の中へ入っていく。煙はすっかり無くなっており、部屋の様子を一望することが出来た。ここは何かの倉庫のようだ。
「当たりだな。ほれ、このタンスみたいな入れ物に当時生産していたものが大体ストックされてるんだ」
ゾーイが説明しながら入れ物のような物体の扉を叩いて開けると中から一辺15cm程度の正方形の金属の箱が陳列されているのが見えた。
「おおお、これ、収納箱ですね。スタンダードな魔導具ですが、いくつあっても足りない貴重なものですね。でもこんな感じで普通に格納されてるんですね」
レスは感動しながら答える。収納箱はスタンダードと呼ばれるとおり、レスもゾーイもロンも実は身に付けている。腰に吊るした腰袋がそれだ。もともとは金属製だったものを革製に加工したものが持ち運びも便利で広く一般にも流通している。
「5つもありますね。俺は1つもらえればいいので残りはお二人が持っていってください」
「いいのか?今日の俺たちは同行が仕事なんだから発見した魔導具の所有権はお前にあるんだぞ?」
「そりゃ、いままで見たことのない魔導具であれば譲れませんけど、今日は商売で来てるわけではないので。本来は遺跡から魔導具を持ち帰るのは一次産業者である冒険者の皆さんの領分でしょ」
「かぁー、自分の欲望は変態的に丸出しなくせに達観的な見方も出来るんだねぇ。さっきの気狂ったお前はどこにいった?なあ、ロン」
「レスは面白い奴だ」
「ロンさんはいい人ですよ」
レスとロンは堅い握手を交わす。
「え?なにこれ。どういうこと?なんか疎外感がすげぇんだが」
「ささ、ゾーイさん、回収しちゃってください」
レスは身体を張って守ってくれたロンに感謝している。仕事とはいえ、レスに何かあったとしてもそれはレスの自己責任なのだ。今日、二人に同行してもらってよかったと心から思っている。
レスは収納箱を収納している二人を見やり、入口で待機しようと振り返る。その瞬間、黄色い生物が入口からこちらを伺っていることに気がついた。
「あ」
瞬時に目が合い、またあの痺れるような凍えるような感覚が襲ってくる。
(え、生き残り?また!!こ、この!さっきのイメージ!魔力でドン!魔力でドン!)
「ドン!!!」
声に出るほどの気合を入れ、レスは魔力を全身に巡らせた。その瞬間暖かいような感覚が全身を覆い、気持ちの昂りを感じる。恐怖は消えた。
全力の踏み込みから魔猿へ向かって前進、顔面へ拳を矢のように引いて振りかぶる。魔猿は反応出来ず、拳は顔面へ吸い込まれていく。
(当たると同時に火と風の魔術を混ぜて拳からあいつの頭の中に伝って一気に爆ぜさせるイメージぃーー!!)
拳が当たった瞬間、鈍い音を立てて通路側に叩き飛ばされる魔猿。遅れて空中で拳が当たった場所を中心に爆炎が爆ぜる。凄まじい爆音と振動があたりに轟く。
「はあ、はあ」
「レス!!大丈夫か!!?」
「レス!」
ゾーイとロンが異変に気付き、慌てて入口へ駆けてくる。通路に横たわる魔猿はすでに息絶えており、頭部は黒く炭化しかけていた。
「こりゃエグいわ。レス、動けたじゃねーか。よくやったな。しっかし殴ったあとに爆ぜるってどうなってんだよ。くくく、いやすまん。俺たちの注意不足だった」
ゾーイが笑いを堪えきれない感じでレスの肩を後ろから優しく叩いて詫びてくる。
「う、動けました..魔物がまだ動いてなかったので先に殴ってやろうと。ついでに勢いで魔術も叩き込んでやりました。ってあ、あれ?お腹が熱い?」
レスは腹部付近が熱を持っていることに気がつく。
「お?それはやつの魔力をレスが吸収してる証拠だな。知ってるだろ?」
「ああ、これがそうなんですね」
この世界の生物は死ぬ際に周囲に保有している魔力を放出する。その際に一番近くにいる生物へ魔力が吸収されると言われている。その結果、魔力の保有量が増え、その生物の寿命や身体能力にも影響を与える。要するに生物として強くなる。冒険者や傭兵、兵士など魔力を多く保有する生物と対峙する機会が多い人々は生物としてどんどん強くなる。等級の高い冒険者ほど戦闘力が高い理由がこれだ。
(これが魔物との殺し合いをした結果か)
レスは握った拳をまじまじと見つめ、思いふけるのだった。
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