第2話 魔導具マニア

 イストンワンは街から街道に出て東方向に一時間徒歩で進んだ先にある。イストンゼム周辺は魔物の数は少なく、比較的安全な地域だ。魔物とは魔術を操る野性の動物の総称で本能的に魔力を持つ生物を襲う性質を持っている。まさに人類の敵対生命である。


 平坦な草原の中に作られた街道を進んでいるとゾーイが話しかけてくる。


「レスくん、魔導具が欲しいってことだけど、魔導技師ならそんな珍しいもんでもないだろ??なんでまた」


「確かにそうですね。俺は自分で魔導具を作ってみたいんですよ。少しでもヒントを得たくて実際の遺跡がどんなとこなのか、魔導具とかのアーティファクトはどんな感じで遺跡にあるのか、とか。きっかけを得たいんです」


 レスはゾーイの質問に答えた。


「酔狂だねぇ。魔導技師なら魔導具弄ってるだけで食ってけるだろ?魔導具を作るって、いままで成功例ってなかったよな、たしか」


「はい、成功例はないです。でも作りたいんですよね。浪漫です。浪漫。魔導技師なんて名乗ってますけど、要はただの修理屋で効果を強くすることも変えることも出来ない。持ち込まれた魔導具の効果を調べることや能力が発現されるように修復することは出来ますけどそれだけなんですよ」


 古代の遺物でもある魔導具は、魔術的事象を発生させる兵器や照明器具や亜空間に繋げて様々なものを収納できるものなど、広く一般に流通してはいるが、新たな魔導具を生み出すことは出来ていない。


「なるほどねぇ。でっけぇ夢だな。おれは適度に金稼いで、女遊びができれば十分だな」


 レスは苦笑しながら受け流した。


(だろうなぁ。ゾーイさん、女性好きそうだし。そういえばロンさん、まったく話さないんだけど。コミュ症かな?)


 その後もゾーイの女性の好みの話に付き合わされるていると目の前に一階建だが城かと見間違えるほどの広大な建物が見えてきた。石造のようだが石とはまた違った材質のようにも見える。すでに理解出来ない技術を目の当たりにし、レスは気持ちがどんどん高揚していくのだった。



 ***


 

「レスくん、ここが遺跡イストンワンだ。どうだ?すげーだろ」


 ゾーイがあたかも自分の所有物のように自慢げにレスへ話しかけてきた。イストンワンは入口のような門の前に兵士の詰所が存在している。ここで入場税を支払い、中に入場出来るようになっているようだ。イストンワンは約50年前から当時の領主主導の元、本格的な内部調査が行われ、現在では、4割ほどの探索が完了している。内部は魔物が独自の生態系を築いている関係や外敵を排除するための防衛システムが現在も稼働している関係で探索は慎重に行われている。特に魔物の存在が厄介であり、エリア毎に魔物同士の生存競争が繰り広げられている。そこへ侵入してくる魔力を持つ人という存在は魔物からすると捕食の対象なのだ。


 入口まで向かうと多くの冒険者が詰所の兵士達と会話をしている。ゾーイが兵士に話しかけた。


「よう、ロブソン。調子はどうだ?」


「おう、ゾーイか。久しぶりだな。相変わらず下品な頭してんな。それやめたほうがいいぞ」


「うるせーよ。これは俺とロンのアイデンティティなんだよ。これのおかげで女達からの黄色い視線が集まってんだ。ほっとけ」


「いや、それは引かれてるだけだと思うぞ」


 ロブソンと呼ばれた兵士は苦笑しながら助言している。どうも親しい関係のようだ。


(あ、なるほどね。あの頭はアイデンティティなのか。ちょっと印象変わってきたかも。この人達、良くも悪くも女性が大好きなんだな。女性から注目を集めるための自己アピールか。ロンさんは相変わらず話さないから読めないけど。今度、親父直伝のアルカイックスマイルを教えてあげよう。スキンヘッドにアルカイックスマイル..あ、やばいかも)


 これから遺跡に入るというのに緊張感のかけらもないことを考えているレス。一方でゾーイと兵士の会話は続いていく。


「それで?今日は探索かい?」


「いや、今日は探索の同行の依頼を受けてな。こいつが依頼主だ。入場の手続きを頼みたい」


 ゾーイがレスを紹介し、流し目で受付を済ませるように催促してきた。


「レスといいます。魔導技師をやってるのですが、遺跡に興味がありまして。入場税は僕が負担をさせていただくので手続きをお願い出来ますか?」


「承知した。では、3人分で銀貨3枚だ。入場記録も取る規則なのでこの紙に名前を書いてくれ」


 レスは言われたとおり、銀貨3枚を支払い、用紙に3人分の名前を記入した。


「うん。問題なしだ。ではこれを預ける」


 兵士は金属製の小さいコインをレスに手渡した。レスはコインを観察すると表面に小さな可愛らしい幼女の肖像画が描かれていることに気づいた。肖像画の上下には『生誕5周年記念』と『入場許可証』の文字が彫られている。


「こ、これって..」

 

 レスは困惑の表情で呟いた。


「そうだ。領民には周知の事実かもしれんが、領主様はそれはもうおやば、、んん、第二子の御息女を愛しておられてな。10年前にご令嬢が5歳になられた際、領で管理している施設に入場するための許可証として利用者に渡すこのコインにご令嬢の肖像画を刻印されたのだ。すべての許可証に刻印する暴挙、おっと、ことは事前に阻止されたがね。元々、ご令嬢の容姿について領内では既知のものだったから問題はなかったんだが。まあ、領内ではこんな感じでまだまだご令嬢コインが流通しているんだよ」


 (愛が溢れすぎてるよ。たしかに昔、なんか騒ぎになってたかも)


 レスは少し昔を思い出し、両親がなんや話している記憶が蘇った。


「そのコインは帰る際にまたここに持ってきてくれ。それで入退場の管理をしているんでね」


「わかりました。では、行ってきます」


 レスは兵士に一礼し、遺跡への入口に向かう。いよいよだとさらに気分が高揚する。


 「ここが入口だ」


 ゾーイがレスに入口を指差して話しかける。まばらではあるが冒険者の出入りが確認出来る。レスはゾーイの話かけにも反応せず、入口のある事象に意識を奪われていた。冒険者が扉のようなものの一部に手をかざすと扉が勝手に開くのである。資料で調べて知ってはいてもやはり実際を目の当たりにすると驚かされる。


「う、うおお!」


 レスの感情が爆発し、扉にむけて駆け出した。


「え?」


 ゾーイが呆気に取られているが、気にせず扉の前に到達。壁の中に入り込む部分の扉をまじまじと観察しだした。


(これは何かを動力にして、扉が壁の中に収納されるようになってる??予めこの壁の中は空洞になってるのか。なんで勝手に扉が動くんだ。なに?どんな仕組みになってんの?おおお、わかんないぞ。これも魔導具みたいなもんじゃん!)


 扉の端部分で四つん這いになり、心の声が若干漏れてぶつぶつ囁いているレスは圧倒的不審者である。そんな奇行をみかねたゾーイがレスへ話し掛ける。


「おい、変態。お前いままでのクールな人格どこいった?そんなとこでぶつぶつ言ってっとこえーから早く中入るぞ」


 レスはハッと我に返り、立ち上がる。


「すいません、ちょっと興奮しすぎてしまったみたいです。では、中に入りましょう!!」


 ゾーイが顔を左右に振りながらやれやれと呆れを示し、ロンをみやる。ロンは頷き、手をかざす場所をレスに示す。


「ここに手を触れれば開くぞ」


「ここですね。では!」


 手をかざした瞬間、扉はまた勝手に開き始めた。

 

(ん?資料とおり、魔力に反応したね。いやー、すごい技術だ。古代人すごすぎる)


 興奮冷めやらぬまま、レスは遺跡の中へ第一歩を踏み入れたのだった。

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