叔母の人形

黒月

第1話

 私の趣味である人形収集のきっかけは叔母だった。叔母は父の末妹で、人形や雑貨の好きな人で叔母というより姉に近い親しみを彼女に感じていた。

 そんな叔母が結婚し、新居を構えたので両親と遊びに行った時のことだ。私は当時3歳くらいで叔母の新しい家、というものに心を踊らせていた。


 隣県の中心部の新築のアパートが叔母夫婦の住まいだった。彼女の趣味が多分に反映された明るくて可愛らしい部屋だった。手作りのリースやレース編みのテーブルクロス、所々に飾ってある動物の置物。築30年以上の古い家に住んでいた私にはどれもこれもが新鮮で素敵に見えた。

 叔母が家を出る時、「私の部屋は大きくなったら使ってね」と言われ随分喜んだのだが、このアパートの方が魅力的に見え、「ここに住みたい」と言って両親を呆れさせてしまった。


 そして、部屋を案内されているさなか、叔母夫婦共用の書庫で私は見つけてしまった。それはスツールに腰掛けた大きなビスクドールだった。叔母曰く婚約指輪の代わりに贈られたもので、アンティークではなく、現代の作家が作ったものだという。50cmはあろうかという大きさで、赤いベルベットの豪華なドレスを着ていた。それに金髪の巻き毛に青いガラス製の目。私には絵本で見るお姫様の様に見え、その人形から目が離せなくなった。


「ゴメンね。それには触らないでね。」

不意に叔母の声がした。しかし、私はその人形を手にとってみたくて仕方なかった。

「汚さないから、お願い」

 私は懇願した。どうしてもその人形で遊んでみたかったし、私の人形遊びにいつも付き合ってくれた叔母なら、ちょっと抱かせてくれる位するだろうと思った。

「ゴメンね。それはだめ。」

 思わぬ拒絶に幼い私は泣き出した。困惑した両親は私を書庫から連れ出そうとしたが、私は頑として動かない。あろうことか無理やり人形をスツールから降ろそうとした。

「駄目!」

 慌てた母は私から人形を取り上げた。その瞬間、「いたっ」と顔を歪めたあと、押し付けるように叔母に人形を渡した。

「うちの子がすみません、高価なお人形を勝手に触って…」

 涙でぐちゃぐちゃの顔のまま叔母に謝らせられる。

 顔を上げ、チラッと見えた母の指には見慣れない傷があった。血が滲んだ真新しい傷。「お義姉さん、ごめんなさい。人形の髪飾りのピンが引っ掛かったのかも…」

 と、叔母が母に言ったが私には噛み傷のように見えた。


 父に促され私たちは帰宅することになったが、私はまだ人形の件でぐずぐず泣いていた。帰り際、叔母が私の耳元で言った。

「今日はごめんね。でもあの子、私にしか懐かないから」

 大事な人形を触られまいとする冗談だったのかも知れないが、この言葉は今でも耳に残っている。


 あれ以来、叔母の家には行っていない。


 という話を友人にしたのだが、「そんな経験があるのにコレクターやってるあんたが一番怖い」との言葉を頂戴した。


 

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