第4章-3

 大変なことになった。

 はたして、バイトのエントリーには成功したのだろうか――。

 確認することもできず、スマホの画面は虚しく沈黙してしまった。

 カスミは居ても立ってもいられなくなった。

 ネット経由のこの方法なら登録が上手くいく――そんな保証はどこにもない。カスミ自身も可能性は限りなく低いと思っているぐらいだ。

 それでも、自分の起こした行動の行く末を見極める前にあきらめてしまうことは、カスミにはどうしてもできなかったのである。

 ――なんとかして充電しないと……。

 幸いスマホの充電器は学校のカバンに入れていた。放課後、友達とファーストフード店に立ち寄り、ドリンクやポテトなど軽めのメニューを注文して雑談に興じる。その際、店が提供している充電スポットでスマホのバッテリーをチャージしていたのだ。

 ――でも、それは何かを注文していたからだ……。

 そのサービスは、店を利用した――商品を購入した――客のために用意されている。

 ここでも、カスミは元の世界のルールにとらわれていた。

 ――他に方法がなければ……。

 悪いけど、そこを利用させてもらおう。でも、その前に、

 ――別の方法が本当にないのか、考えないと……。

「ねえ、どこかにスマホを充電できるところってないかな?」

「そんなの、どこでもできるじゃない」

 ――聞く相手を間違えた……。

 カスミは自分の記憶を必死に手繰り寄せた。どこか無料で充電できるような場所がなかったか、頭の中をすみずみまで探った。

 ふと、そう言えばテレビのニュースで、防災備品の中に手回しでスマホを充電できるラジオ――ライトや自分の位置を知らせるブザーも付いている――が映っていたなと、カスミは思い出した。思い出したのだが……。

 ただ思い出しただけだ。

 ――それをどうやって手に入れろっていうんだろう?

 そして、スマホのバッテリーを満タンにするために、どれだけの労力が必要とされるのだろう。

 ――現実的じゃない……。

 玉石の入り混じった――いや、石だらけのガラクタばかりだ――そんなアイデアしか浮かばないカスミに向かって、アキラが何気ない一言を放った。断じて深く考えたりしてはいない。頭に思いついた単語をただ口にしただけのようにも見えた。

「図書館は?」

 カスミがあれこれと悩んでいた問題は一瞬で解決した。

 ――ひらめくって、こういうこと?

 そんな大げさな、まるでカミナリに打たれたときのような驚きの目で、カスミはアキラを見た。

「もしかして、天才?」

 アキラは何を言われたのかも分からず、顔一面に大きな、はてなマークを浮かべていた。


 翌日の早朝、カスミは駅に向かって足早に歩いていた。集合場所に向かうためだ。

 いったい何に集まるというのか?

 ――まさか、本当にできるなんて……。

 奇跡が起きた。いや、奇跡はこの後も続くことになる。

 それは幸運というべきか、カスミにとっては幸いであったということになるのかもしれない……。

 スマホのバッテリーが切れ、カスミは目の前が真っ暗になった。そんな彼女にアキラが一言「図書館は?」と投げかけたのだ。

 その言葉が救いとなり、カスミ達はすぐに市立図書館へと向かった。カスミも利用したことがある所だ。

「僕もよく行くんだ。学校には行けないから、本を読んで勉強しないといけないんだ」

 聞いてもいないのに、アキラはそう話した。

 ふと、何を読むのだろうとカスミは思った。この少年は何を読み、何を勉強するというのだろう。この世界でそれは――勉強することは――どれほどの意味を持つというのだろう。

 カスミはアキラが絵本を読んでいる姿を思い浮かべてしまい、少年に見られないように唇の端をわずかに小さく上げた。

 図書館に着くと、二人は談話室に向かった。そこには利用者が自由に使えるコンセントが用意されていたのだ。

 自由にとは言ったものの、本来は持ち込んだパソコンをつなげる目的で設置されている。

 ――それでも……。

 さすがに、これぐらいは許してもらえるよね……。

 カスミはコンセントに充電器を差し込んだ。

 しばらくするとスマホの黒く沈黙していた画面に、空っぽのバッテリーの絵が表示された。赤く塗られた目盛りは細く、いかにも空腹で仕事なんてお断りだと主張しているみたいだった。こんな状態でほったらかしにしていた持ち主を非難している――そんな気にさえなったぐらいだ。

 それゆえ、その持ち主にもどかしい思いをさせるべく、バッテリーが空になったスマホはなかなか起ち上がらない。本当によくできている――この世界は、スマホも人の心をもて遊ぶことに長けている。カスミは待ち続けた。

 アキラも興味深げにスマホの画面を覗き込んでいた。いったい、どうなるんだろうと。

 少年にとっても、カスミのとった行動の帰結は新鮮で刺激的であるようだ。自分が試したことのない選択――体験がどのようなものであるのかを。

 赤い目盛りのバッテリーが消えた。次の瞬間、スマホの画面は一面真っ白になり、その中央にはささやかに原初の果実のロゴマークが表示された。

 間もなく、画面はカスミのよく見慣れた、アイコンが整然と並んでいるホーム画面へと切りかわっていった。

 カスミは、はっと息をのむ。

 メールアプリのアイコンに、赤い通知バッジが灯っていた。

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