第3章-4
「僕たちは世界に捨てられたんだ!」
少年にしては冷静な激昂であった。それでもなお、あふれ出す感情は抑えきれないでいるようだった。
――それが嘘偽りのない、あなたの本当の気持ちなのね……。
頭の中でそう明文化されたわけではない。だが、カスミは少年の心をそう理解した。
「僕たちは世界に捨てられた!」
少年はその言葉を繰り返した。
「それなのに、どうしてそんな世界のルールに従わないといけないの? 勝手に僕たちを捨てておいて! どうして言うことを聞かないといけないの?」
アキラの言うことも、もっともだと思う。カスミだって、こんな理不尽な状況に――世界の外側に――無理やり追いやられ、誰かに思いっきり文句を言ってやりたい気分だったのだから。
――それでも……。
「ねえ、どうして元の世界の約束事を守り続けないといけないの?」
カスミは頭に思いついた唯一の理由を言葉にした。それが正しい答えかどうかなんて分からない。中学三年生になったばかりの少女に、世界のいったい何がわかるというのだろう。
「それは……。困る人がいるからだよ……」
その一言でアキラは押し黙ってしまった。言い返す言葉が見つからない。それを言われてしまえば、もう黙るしかないじゃないかと……。
カスミは思った。私もこの少年もまだ子どもなのだ。
何が正しくて何が悪いとか、何が正解で何が間違っているとか、私たちはまだ自信をもって語ることができない。
大人はどうして、あんなに自信満々で次から次へと言葉を紡げるのだろう?
「ごめんね、私にもよく分からない。それが間違っていないと、自信をもって私は答えることができない。それでも、私達のせいで、もし困る人たちがいるなら、それはなんだか嫌だし、悲しいことだよ……」
「そんなふうに言われたら、もう明日から、どうしたらいいか分からないじゃないか!」
――本当にそうだ……。
アキラからしてみたら、善意で――もしかすると本当に嘘偽りのない善意で――カスミをここに引き入れてくれたのかもしれないのに、その人間に自分の生き方を否定されてしまった。非難されてしまった。
もう盗むことはかなわない……。
――ああ、そうか……。
この少年は、こんなふうに誰かに指摘されただけで、もう身動きがとれなくなってしまうのだ。
――アキラも分かっていたんだ……。
よくよく観察してみれば、この屋上の暮らしの慎ましさはどうだろう。
住処は捨てられた箱やシートでつくられている。子どもらしいおもちゃなんて何一つない。
生きていくためにはどうしても必要な、なんとしても手に入れなくては自分の命が危うくなってしまう――そのための食料だけを、少年は自分の心を殺して盗んできたのではないか。
ずっと一人で、罪悪感にさいなまれながら……。
ずっと孤独で、寂しさに魂をついばまれながら……。
――売ってもらえない……。
それは何とかなる。セルフレジがあった。探せば他に購入する手段は見つかるかもしれない。
――問題は……。
お金をどうするかだ。
働いて稼ぐ――。
カスミには、それ以外に思いつかない。
――でも、どうやって仕事を探せばいいのだろう?
仮に見つかったとして……。
――どうやって働けばいいのだろう?
空をつかむような話だ。
だから、カスミは何度も空を仰がなくてはならなかったのだ。
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