教師近藤と贈る言葉
近藤が三年生のクラスを受け持ったときのことです。
卒業の時期が訪れて、ついに式当日の最後のホームルームを迎えました。
「コホン」
教卓の位置で、そう軽くせきをして、彼は神妙な面持ちで生徒たちに語り始めました。
「みんな、『エコノミークラス症候群』というのを知っているかな? 飛行機のエコノミーの席を利用するときのように長い時間狭い場所にいたりして、同じ姿勢で体を動かさないでいると、血のかたまりの血栓というのができて、それが脳や心臓の血管をふさぐことにより引き起こされる脳卒中や心筋梗塞といった重大な病気になってしまう可能性があるから、定期的に水を飲んだり、足や体全体を動かしたりする予防を心掛ける必要がある、というものだ」
知る知らない以前に、なぜ今そんな話をするのかと、生徒たちは黙ったまま、きょとんとした表情になりました。
「私は、初めてその名称を聞いた際、友人などと飛行機の話題になったときに裕福ではない人が『ケッ。どうせ私はファーストクラスやビジネスクラスには乗れなくて、席はいっつもエコノミーですよ』と卑屈になってしまうことをいうのかなと考えてしまったんです」
そう口にすると、少し間を置いて、近藤はまた話しだしました。
「というのは嘘なんだけれども、本当っぽくないかい? それに、私はできていたか定かではないが、今の話をうまい感じでしゃべれば、けっこうな面白エピソードになると思うんだ」
彼は再び間をとると、次のように声を張り上げました。
「残念ながら今日でお別れになってしまうみんなに、私からのプレゼントだ。このネタ、今後の人生で、使いたいときに自由に使っていいからな!」
そして大粒の涙を流しました。
「……」
相変わらず沈黙している生徒たちは、近藤の言いたいことはわかりましたが、その話の内容といい、そこからの号泣という展開といい、引きまくりながらこう思ったのでした。
この先生のもとで、よくぞ学校生活をまっとうできたな。自分で自分を褒めてあげよう。
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