教師近藤と発案
近藤がある日の学活の時間に、クラスの生徒たちに向かって、突然こんな話を行いました。
「私はそんなに詳しくないんだが、コンピューターゲームって、複雑でよくできているロールプレイングなんかが面白いからこそ人気がある一方で、シンプルなものもやってみると意外にすごく楽しかったりしないかい? それで思いついたんだけど、小学校の運動会では多く実施されているんだろう、チームごとに列になって大きいボールを頭の上で移動させて、先にゴールまで持っていったところが勝ちという大玉送りを、うちの学校の体育祭でやったら、今よりもっと盛り上がるんじゃないかな。どうかな?」
本当に突如、何の脈絡もなしにされた話だったことに加え、体育祭の時期からはかけ離れていたので、ほとんどの生徒はその提案に首を傾げる格好となりましたが、思いついたという言葉で多少は納得がいったのと、相手が常識外れな近藤だったために、すぐに受け入れました。
「でも、それだったら玉入れとか綱引きとか、他にもシンプルな競技はあるんじゃないですか?」
真面目な男子がそう質問しました。
「おいおい、シンプルでさえあればいいってもんじゃないくらい、だいたいわかるだろう。単純な競技のなかでも、大玉送りがとりわけ楽しそうだってことだよ。まったくー、プンプン」
せっかく意見をくれたのに、近藤は自分の主張に全面的に賛成してくれないと嫌だという子どもじみた調子で、同じく幼児のようにほおをパンパンに膨らませて、言い返したのでした。
気を取り直す感じになって、近藤は続けました。
「だけど本当に盛り上がるのか、他の先生方に持ちかける前に、試してみたほうがいいと思うんだ。それで、次回のこの時間、調べたら体育館が空いていたので、そこでシミュレーションをやることにしました。だから来週、運動着に着替えて体育館に移動しておいてください」
通常、学活では教室で話し合いなどを行いますが、それよりそのシミュレーションのほうが楽しめそうと思い、生徒たちは肯定的に受けとめました。
そして迎えた次の学活で、指示された通り体操服で体育館に集合した彼らのもとに、自身もジャージ姿になった近藤がやってきて、言いました。
「ごめん。ちょっと手違いがあって大玉を用意できなかったから、代わりに私を大玉に見立ててやってくれるかな」
はあ? なに、それ。どういうこと?
生徒たちは皆そのように戸惑いましたが、やはり相手は近藤なので、深く考えたり拒絶したりしてもしょうがないかと素直に従うことにしました。横は三人ずつの縦長の列になり、人間を頭の上で移動させるのは、重いわ、やりづらいわで、とても苦労しましたけれども、なんとか彼を最後尾まで運びました。
「あはっ。バカ、そこを触るんじゃないよ」
しかし生徒が大変な思いをしているというのに、近藤は移動しながらそんな言葉を口にしてはしゃぐのでした。
ところが、下に降りると一転して「難しいだろうが、私を大玉だと本気で思って、もっとスピーディーに運んでくれないかい。じゃないとシミュレーションにならなくて、わざわざやる意味がなくなっちゃうからさ」と、指導者らしいすごくりりしく真剣な表情で改善点を述べたりしました。
けれども、また大玉役になって生徒たちに運ばれると、その間はやっぱり「だから、そこ触るなっての。誰だー?」などと満面の笑みで大はしゃぎするのです。態度の変貌具合もですが、その目に余る浮かれっぷりだけでも、生徒たちがドン引きする材料としては十分でした。
その後、近藤から生徒たちに体育祭で大玉送りを採用するかは検討中である旨が一言程度の軽い報告で伝えられたのですが、翌年の大会で実施されることはありませんでしたし、そもそも本当に検討されたのか、またそれ以前に他の教師たちに提案したのか、疑わないほうがどうかしていると思うくらい大玉送りの話をまったく耳にしないまま、時は流れていきました。
それでも、クラス替えをしてバラバラになった近藤の学級だった生徒たちは、近藤はあのとき大玉になって運ばれたかっただけであると、体育館でのはしゃぎっぷりを見て見当がついていたので、何も動きがなくても特に気に留めず、その話題になることもなかったのでした。
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