教師近藤と年賀状
近藤は他人に神秘的なイメージを持たれたいと思っています。なので、プライベートな情報はできる限り明かさないようにしています。
ですから現在の住所も知っている人は少なく、彼が働いている中学校の生徒、それも担任を務めているクラスのコでさえ、かなり近い関係にもかかわらず、誰一人把握していないのです。
ゆえに、例えばお正月の年賀状も、居所を知っていても送る人がいるかは微妙ですけれども、当然教え子からは一枚も届きません。
そんな彼ですが、年賀状というと過去にはこのような出来事がありました。
それは小学校の五年生のとき。当時は今ほどエキセントリックな行動が際立ってはいなかったものの、生徒の間では「近藤は変わっている」とか「あのコ、すごく個性的だよね」などと噂になっていました。
しかし、近藤と同じ組でクラスの中心的な存在であった男子生徒の馬場年宏には、「あんなの別にたいしたことねえ。あれくらいの奴ならいくらでもいるよ」と低く位置づけられていました。
そうしてお正月を迎えました。年宏のもとに友人たちからの何枚もの年賀状が届きましたが、そこにまったくというくらい親しくない近藤のものも含まれていました。とはいえ、子どもでしたらクラスメイト全員といった具合に、顔見知り程度の相手にも年賀状を出す人はいますので、彼は送り主の名前を目にした時点では特に何の思いも抱きませんでした。
ところが、はがきを裏返すと、彼の表情は一転して驚いた形へと変化しました。
「何だ? これ」
思わずそう声を発しもしました。
目の前の近藤の年賀状には「あけましておめでとう」のひらがな十文字以外は一切記されておらず、いくら二人の仲が良いわけではないにしても、あまりにそっけない文面だったのです。
やっぱりあいつはその程度の奴、いや、俺のあいつへの辛い評価をどこかで聞いて腹を立て、嫌がらせみたいな意図でこんなに薄っぺらな中身にしやがったのか?
年宏は面白みのかけらもない年賀状を見ながら、そのような感じで考えを巡らせました。
そこで終わりにしてもよいところでしたが、彼はその年賀状が妙に気にかかり、自分の部屋でベッドに横になって、さらにしばらくの間眺めていました。
ん?
年宏ははっとなって、勢いよく起き上がりました。そして急ぎ足でキッチンへ向かい、何を思ったのかコンロの火をつけて、近藤の年賀状をかざしました。
「やはりそうか」
書いたのが本当に「あけましておめでとう」だけであるなら、文字を大きくしたり真ん中に配置したりしそうなものですが、右に寄っていて、左側のスペースが空き過ぎている状態でした。嫌がらせの気持ちが込められているのだからという解釈もできましたが、それにしては変にバランスが取れてもいる。これは何かありそうだと思い、もしやとひらめいたのでした。
年宏が踏んだ通り、近藤の年賀状の左側に文字が浮かび上がりました。隠れていた言葉があぶりでてきたのです。
「フフフ。あいつ、やるじゃないか」
彼はニヤリとしました。
現れたのは「今年もよろしく」でした。
あぶり出しなんて手の込んだことをしておきながら、その出現する文字がこんなオーソドックスなものだとは。しかも、俺たちはよろしくなどと言い合うような間柄じゃないから、今年「も」はおかしい。おそらくそれも狙ってのこの言葉のチョイスで、ツッコむポイントが満載で、見事だ。
そう心の中でしゃべった年宏は、自身の近藤に対する評価が完全に誤っていたことを悟りました。
少し経って学校が再開しても、近藤は送った年賀状について一言も触れてはきませんでした。それだと年宏はあのあぶり出しに永久に気づかない可能性もあるわけで、ではいったい何が目的だったのか、その奇妙キテレツさかげんによって、彼の近藤の見方の訂正は確固たるものとなりました。
近藤の個性に目をつけたのは年宏が最初ではありませんが、的確な理解のもとで高い評価をしたパイオニア的な存在と言えるのでした。
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