教師近藤と空手

 近藤のいる中学で、二年生が対象の三泊四日の日程での林間学校があり、二年の担任を務めていたので彼もそれに行きました。

 その二日目、つまり宿泊してからは初日の、朝早くのことでした。予定では何もない時刻だったにもかかわらず、近藤は寝ている生徒たちの部屋にズカズカと勢いよく入ってきて、大声を張り上げました。

「朝だぞ! 目を覚ませーい!」

 彼は、大半が体を上げたりするなかでも無反応で横になったままのコには布団をはいで近距離からさらに声をかけるなどして叩き起こすと、全員にすぐに外に来るよう指示しました。そして、またドタドタと、何階もあるその建物中じゅうに聞こえるのではないかというくらいの大きな足音を響かせて、去っていきました。

「何だよ? いったい」

 子どもたちは嵐が過ぎていった後のような感じでちょっとの間茫然としてから、ぼつぼつ周囲の他のコとしゃべったりし始めました。

「どうする?」

「うーん……」

「何だよ。ねむー」

「今、何時?」

 彼らは、起きがけで考えるという行為をするのがわずらわしかったのと、時期的に早朝でも寒さはまったくなかったこともあって、あくびをしたり眠たい目をこすったりしてのダラダラといった状態ながら、とりあえず近藤に言われた、今自分たちがいる宿舎の目の前にあり、いろいろな活動ができる、広場に向かいました。

 そこで一人、眉間にしわを寄せて、口は真一文字の真剣な表情で、腕組みをして待っていた近藤は、なぜか空手の道着を身につけていました。

 彼は今にも雷を落としでもしそうな雰囲気の割に、子どもたちの歩くスピードがのろのろとかなり遅くても、朝早くで目を覚ましたばかりだから仕方ないと考えているのか、急ぐように注意したりすることはなく、ずっとその厳かな空気感で黙って身動き一つしませんでした。近藤と生徒たちのテンションは差があり過ぎて、そこは別の次元のものが同居しているような異様な空間となりました。

 ともかく、やっとこさ生徒が皆出てきて揃ったのを確認すると、彼はようやく手を動かして、生徒たちにもっと自分の近くに来るよう促しました。

 そして目を閉じ、手のひら側を上にしてこぶしを握りしめ、背筋を伸ばしてひじを引く体勢になって、神経を集中し始めました。

「うーん、むにゃむにゃ、むにゃむにゃ……」

 何としゃべっているのか正確にはわからない小さい声で、生徒たちからはそんなふうに聞こえる言葉を口にもしだしました。

「ハッ!」

 十数秒ほどして近藤は目を見開いて、そう気合いを入れると、左斜め前方にうずたかく積まれて置いてあった瓦に、己のこぶしを力いっぱい振り下ろし、間を空けずに続けて、右斜め前ですねくらいの低い位置に寝た状態で固定されていた野球のバットのグリップの部分を、思いきり蹴り上げました。

 動作は一流の格闘家ばりでした。が、瓦もバットもそのままで、変化はまったくありませんでした。

 ほんの短い沈黙の時が流れた後で、近藤はそれまでの強気な表情も変えることはなく、生徒たちに向かって威勢よく言い放ちました。

「いいか、瓦は割るためにあるものではない。そして、バットも折るためにあるものではないぞ!」

 生徒たちは、ぽかーんとした顔で、少しの間固まりました。

 それから、毎度のことではありますが、「本当は割ったり折ったりしたかったんですよね?」という野暮な質問は誰も一切することはなく、再びあくびをしたり眠い目をこすったりしながら宿の部屋へ戻っていって、そこに着いた時点でもまだ十分早い時間だったために、ほぼ全員が二度寝をしたのでした。




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