教師近藤と仕事

 あるとき、学校で職場体験が行われている時期だったこともあって、女子生徒の海老沢文乃が近藤に尋ねました。

「先生は教師にならなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?」

「んー、というより、大学に入るくらいまでは、別の職業に就くつもりだったんだよ。教師になる気持ちのほうが少なかったんだ」

 近藤は、生徒の質問にしっかり応じる、それも職場体験絡みの問いかけなので己が教師を代表して返答している、といった感じの、立派な教育者の雰囲気をこれでもかというほど醸しだしてしゃべりました。

「へー。その職業って、何なんですか?」

「司書さ。図書館の業務をする人たちだね。今でもやりたいくらいだよ。でも、自分が向いていないと気づいてね」

「それは、どんなところがですか?」

 近藤は苦笑いを浮かべて答えました。

「口に出してしまうんだよ、ついね。本を借りようとしている人に、『え? あなたがこんなロマンチックな恋愛小説を読むんですか? 似合わなー』みたいな、心に浮かんだことを正直にさ」

「そ、そうですか……」

 近藤はそんな駄目な自分が微笑ましいという態度で、恥ずかしい様子はなく言いましたが、文乃のほうは聞いてはいけないものを耳にしてしまったといった感じでドン引きしました。そして、「そんなんだったら不向きなことくらいすぐにわかるでしょ。思い始めたのがいつかは知らないけど、よく大学に入るほどの年齢まで司書になるつもりでいたな」と呆れました。

 彼女はさらに、「そもそもこの人が教師をやっていることも問題だし、向いてないよな」と考えましたが、直後に「いや、いいのか。だって反面教師って言葉があるもんな。だとすると適職、もっと言えば天職かも」と思い直したのでした。

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