教師近藤と気象予報士
ある日、テレビのとある朝のニュース番組で、天気予報のコーナーの時間になりました。そこで通常は四十代の男性の気象予報士が登場するところ、なぜか現れたのは近藤でした。
「天気予報は気象予報士の小泉さん、のはずですが……ええっと、どなたでしょうか?」
一緒に進行する女性のキャスターの板橋繁美が困惑しながら、しれっとやってきた彼に、そう話しかけました。
「私は中学校で教師をしている近藤と申します。現在生徒たちが職場体験を行っている時期なもので、頑張っている彼らに触発されて私も何かやろうと思い立ち、お邪魔させていただいたのです」
「……はあ」
繁美はどうしたらよいものかとディレクターなどを見ましたが、皆突然のことに茫然としてしまっていました。暴力的な乱入者であればすぐにコマーシャルを流すといった指示が出たでしょうけれども、近藤の見た目が新しいお天気キャスターと言っても違和感がまったくないのに加え、あまりに堂々としているサマに、呆気に取られていたのです。
何かしゃべらなくてはというのもあり、彼女は再度近藤に質問を試みました。
「それで、小泉さんはどうされたのでしょう?」
すると、冷静に愛想よく話していた近藤の態度が急変しました。
「知るかよ、あんな奴!」
それはまるで、友達のことを訊かれて、ケンカしているためにカッとなった、子どものようでした。
「……」
言葉を失った繁美でしたが、やはりそのまま黙っているわけにはいかず、「天気予報の時間は短いのだし、穏便に進めたほうが傷は浅く済むのではないだろうか」ととっさに考えて、やむを得ず近藤を認めて受け入れることを意味する、次の台詞を口にしました。
「それでは、今日のお天気のほうは?」
近藤はすっかり落ち着きを取り戻して答えました。
「はい。昨日同様、全国的に晴天に恵まれるでしょう」
その言葉を皮切りに、彼は無難に気象情報を伝えたのでした。
翌日になり、本来の天気の解説を行う小泉が、近藤が画面に出たテレビ局にやってきました。
「あ、小泉さん。昨日は何かあったんですか? 大丈夫なんですか?」
その姿を目にした、彼が出演する番組のスタッフや出演者たちは、口を揃えて問いかけました。
「大丈夫です。何も問題はありません」
小泉は前の日に現れなかった点に関しては何も語らず、平然とした顔でそう返事をするのでした。
「あの近藤という人はいったい何なんです? どういったご関係なんですか?」
大概の人が続けてそうした質問をぶつけると、小泉は血相を変え、叫ぶ感じで言いました。
「知るかよ、あんな奴!」
ずっと普通に真面目に番組に携わってきて今まで見せたことのない、しかも昨日小泉について尋ねられたときの近藤と言葉も態度もまったく同じという、彼のその振る舞いに、問いかけをした仕事仲間の番組関係者たちはまたしても呆気に取られました。
そんなこんなで時間は過ぎていって放送が始まり、しばらくして天気のコーナーを迎えました。
番組を統轄する者たちの話し合いで、スルーしたほうがいいとの主張もありましたが、毎日欠かさず番組を観てくれている人たちのためにということで言及する結論に至った、本人には再び尋ねることになる危険な問いを、任された繁美は小泉に冒頭で行いました。
「すみません、小泉さん。予報の前に、昨日のあの方は何だったのでしょうか?」
すると、心配した事態が起こりました。
「知るかよ、あんな奴!」
小泉はここでも、キレた調子でそう回答したのです。
繁美は、「訊くんじゃなかったよな」と気が滅入りつつも、生放送の経験はけっこう積んで鍛えられていて、前日もそうでしたが、すぐさま気持ちを切り替えて何事もなかったかのように笑顔になり、その日の天気の話に移っていきました。小泉も、気象情報はこれまで通りきちんと伝えました。
そうして、もう触れられることはなくなって、近藤による天気予報に関わったり見たりした誰もが脳内にいくつものクエスチョンマークを残したまま、時は流れていったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます