(28)その目に手当て ②

 


 あられもない肌の色に、優衣の瞳がきゅうと強張るのがわかった。


「あ……へ?」

「何ぼさっとしとんだ。経験ねえわけじゃねえだろが。文無しの女が男に泊めてもらって返すもんなんてそんぐれえしかねえがや」


 少しして、優衣はぽつりとこぼした。


「……やっぱり、変態だがね」

「スケベが嫌いな男はおらんだろ。なんのためについとる思っとんだ」

 

 優衣は口をつぐむ。

 しかし——ゆっくりとブレザーを脱ぎ落とした。ブラウス一枚になると、細い肩のラインが露わになる。震える指先がボタンにかかった。外せば下着が晒されるだろう。

 清治は見つめた。

 何一つ覚悟のできていない顔を見た。

 眉間がひくついた。


「クソたあけが」


 しゃがんで乱暴に優衣の手をとる。

 無性に腹が立っていた。

 またぞろ試すような真似をしてしまう自分に対して——そしてそれよりも、こんなふざけた要求をとうてい受け入れられないくせに、馬鹿みたいに隷従しようとする彼女に怒れてしかたがなかった。


「嫌なら脱ぐな。でぇらむかつくがや」

「でもっ……あんちゃんが脱げて」

「いったな」

「だもんであたしは」

「だもんで嫌なら脱ぐないうとるが」


 支離滅裂な言いぐさだ。わかっている。だが、いっきにまくし立てる。


「ほりゃあスケベが嫌いな男はおらん。俺もこんな雑誌ようけ持っとる。好きだ。けどよお、おまえのその顔はでらクソ嫌いだがあ」


 剣幕に押されたのだろう。何も悪くないのに優衣は「ごめん」と目を伏せてしまった。


「謝るな。俺もたあけだもんで、うまくいえん。口が悪なるのはいかんな。すまん」


 かぶりを振ってから清治はつづける。


「でもな……してえこと、したくねえこと、今からおまえは小難しいこと考えんでちゃっちゃといえ。じゃじゃ馬ぐれえでちょうどええんだ。ええな。今からだ。これ以上とろくせえ真似しんでええでな。いったぞ。わかったな」

 

 突き出された人差し指を見て、優衣は「ん」と返事する。

 清治はにやっと笑い、両膝を叩いて立ち上がった。


「よっしゃ。ええ返事聞けたわ。ほいじゃ、ちゃっちゃと服脱げ」


 舌の根の乾かぬうちの発言に声が出た。


「にゃあっ? やに決まっとるわっ」

「うははは。けどよお、一張羅がくたくたでかわいそうだがや。新品同様とはいかんが、小綺麗にゃしたらなかんだろ」


 かごの中にブレザーを入れながら笑う清治を見て、優衣は思い至って聞いてくる。


「洗濯するん? 制服」

「なにい。嫌か」

「ほらうれしいけど……洗っとるあいだ、あたし何着とりゃええの?」

「適当に俺の着とりゃあ。きれいなやつあるだろ」


 顎をしゃくってみせる。中途半端に畳まれたスウェットのセットアップがあった。


「……絶対おっきいだら」

「俺は出て洗濯の準備まわししとるで、そのあいだに着替えときゃあ」

 

 外の玄関脇に洗濯機は置いてあった。いたずらの被害に遭いやすい置き場所のため『いたずら発見しだい即逮捕』と張り紙してある代物だ。


「ほんでそのあと飯にしよまい」


 そこまでいってから、ふと思いついて清治は振り返った。


「そういやあ、スケベよかしてもらいてえことあったわ。おまえにもできること」

「なにい」

「一人で暮らしとると、たまに他人の手料理が食いたくなるときがあってよお。飯作ってくれんか。そいつでチャラにしたるわ」

「作れん」


 即答だった。


「あたし、包丁もろくに触れんじゃんね」

「なんじゃほりゃ」


 年頃の娘なら親から多少は料理を教えてもらっているはずだろう、といいかけたが、優衣の家庭環境がふつうではないらしいことを清治は思い出した。


「まあええわ。俺が作ったる。手伝いぐれえはできるかや」

「うん。任しゃあ」


 優衣はまた少し柔らかな顔をした。






 それからは、清治が優衣にレクチャーするかたちで料理を作った。包丁や火を扱うのは見学にとどめさせて、彼女には食材を洗わせたりした。

 元気が出るものを食べさせてやりたかったので、作ったのは肉ばかりの野菜炒めだった。

 米を炊き、みそ汁も椀によそう。生まれも育ちも名古屋なら、もちろん赤だしだ。「赤味噌以外はたあけが飲むもんだ」と清治が断言すると、優衣は「よその人に怒られるがね」と笑っていた。

 時間は昼前になっていた。ちゃぶ台をはさんで向かい合って食べる。

 清治は肉とキャベツを口に放り込んだ。少々濃いが上出来だ。


「どうだ。金田シェフの味つけはうまいか」

「うん。うみゃあ」


 優衣は小さな口を動かしていう。


「こんなあったかいごはん食べたの、いつぶりかわからん。ずっとコンビニのパンやらおにぎりやらだったもんでさ」

「……ほうか」


 しばしば垣間見える優衣の背景。

 塚本家の薄暗い影に、清治はかける言葉をすぐに見つけられない。

 何か沈黙を打ち消したくて、ブラウン管テレビの電源をつけた。すぐに情報バラエティー番組の笑い声が聞こえはじめるも、「テレビ見るのも久しぶりだわ」といわれて数秒ももたずに切る。何をしているんだといいたげな彼女にむかって、真剣な声で告げた。


「優衣。腹が膨れたあとでええ。おまえのことを教えてくれんか」


 名前を呼ばれたことに驚いたのか、あらためて事情説明を求められてどきっとしたのか、優衣は目を丸くしたあとにいった。


「それは、お仕事?」

「俺は非番の日に働くほど真面目じゃねえがや」

「ほいじゃあ、あんちゃんが聞きたいだけ?」


 清治が頷くと、優衣はかすかに唇を緩めた。

 切なげな形だった。


「うん。ええよ」



                  ※


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