(2)ウェディングプランナー ②



 四年前が転機だった。

 そのころ、飯島の働く結婚式場『ベル・エ・ブランシュ』が宣伝のためにSNSに投稿したのが、彼がプランニングした結婚式のショート動画だった。

 それが「天才的な演出」と話題になって以降——大胆に定式を壊しつつ、かつ繊細に新郎新婦に寄り添ったプロデュースは、案件を手がけるごとに評価されつづけてきた。人生の節目を笑顔の大輪が咲く一日へと導く手腕は、今日こんにちのブライダル業界において注目の的だ。

 もっともそれには、女性の活躍がほとんどのプランナー職において、男性という物珍しさが手伝っている印象は否めない。現に、課に所属しているのは飯島以外すべて女性だった。


「キャンピングの趣味を通じて知り合った二人、か」


 飯島はパソコンのディスプレイを眺めながらつぶやく。

 ゆっくりと目を閉じると、挙式のヴィジョンが現れてくるような気がした。それに身を委ねるべく、意識を周囲から遠ざけていく。


「飯島くん、飯島くん」


 声をかけられ、目蓋を開けた。

 ガラスパーテーションで仕切られた部長室のほうを見ると、ドアの隙間から部長の立花たちばなが手招きをしていた。丸顔で恰幅のいい彼女がそうしていると、まるで招き猫の置物のように見える。

 飯島は室内へと招き入れられて尋ねた。


「何の話ですか、立花部長」

「ウェンディの件。黒瀬さんから報告を受けたんだけど」


 他言無用と伝えたときには、すでに遅きに失していたらしい。

 飯島が思わず振り向くと、ガラス越しにデスクの黒瀬と目が合った。ばつが悪いというふうでもなく、舌先を出して肩をすくめられた。いちいち人を食ったようなしぐさをしてくる女子である。


「さっき飯島くんも教えてもらったわよね? 私にもいってくれるんだから、ちゃんとしてるわ」

「たしかに、黒瀬には報連相ほうれんそうはしっかりしろといいましたが……」

「が……って何? 上司の指示を守っているなら、素直ないい子じゃない」

「そんなわけ……。あんな生意気な新人いませんって」

「そういわれてもねえ。誰かさんが採用を推さなければよかっただけの話なんだけどねえ」


 年を重ねると、皮肉も上手くなるものなのだろうか。

 飯島は顔をそらして鼻を鳴らす。


「人を見る目はなかったってことですかね」

「どうかしら。その判断はまだこれからってことで、ね」


 それからスーツを正し、あらたまって立花はいった。


「飯島くん。ウェンディの取材、受けてくれないかしら」


 飯島は用意していた答えを返した。


「お断りします」

「業務命令でも?」

「そうですね。評価を下げてもらっても結構です」

「……私に伝わってなかったら、こっそり断ろうとしていたわね?」

「ご明察です」

「また上から詰められたいの? いっておくけど、これは脅しだからね」


 そういう立花の顔はしかし、心配そうな色をしていた。

 また、というのは一年前の出来事をいっているのだろう。



 ——その日、課内に外線のコールが鳴り響いた。

 自分以外のメンバーが出払っていたため、飯島が電話をとった。

 そして、直接ウェンディ編集部から取材の申し込みを受けた彼は、誰にも相談することなく、それをその場で断った。シャットアウトと表現していいかもしれない。

 会話を聞かれていた感じはしなかった。

 しかし、壁に耳あり障子に目あり。どこからか話がもれていたのだろう。

 噂が流れはじめ、経営陣の耳に入るまでそう時間はかからなかった。

 飯島は呼び出され、叱責された。

 業界最大手によるインタビューの宣伝効果は、その大きさを確約されていたようなものだから、彼らの怒りは当然だったろう。機会損失という点について、申し開きをするつもりはない。



 立花は再度いった。


「オファーを受けましょうよ。チャンスなの」

「俺の性に合わない」


 飯島は空を払ってつづける。


「チャンスってなんですか。べつに有名になりたくてプランナーやっているわけじゃないし、メディアに露出するなんてなおさら御免です。俺は、そんなことに時間を割くつもりはない」


 本当は飯島康人の名前が広まるのすら億劫だった。

 だが、このSNSで情報に覆われた時代——名刺一枚から始まり、気持ち一つで多くの人に共有されてしまう。

 結婚を予定している人々のあいだで話題になるだけならまだ我慢できるが、関係のない層にまで広がりを見せている昨今は、不本意に感じていた。


「みんなが頑張ってくれて、業績は好調よ? でも、今は結婚しない時代……やっぱりもっと全国的にプロモーションをして、新郎新婦にうちを選んでもらわないといけないの。君の力が必要なのよ」

「それはわかりますが」

「心配しなくても報酬はたんまり出すわよ?」

「俺は金でどうこう考えないですよ……」

 

 答えは尻すぼみにしか出なかった。

 正直なところ、一年前の経営陣による呼び出しの際に、直属の上司ということで一緒に頭を下げるはめになった立花に対して、申し訳ない気持ちがずっと燻っていた。完全な巻き込み事故にもかかわらず、彼女は飯島をなじるどころか理解を示してくれていたから、より深くそう感じる。

 沈黙が続いたあとだった。


「そうよね、君は。私もそんなに引き下がれる性格じゃないし」


 立花は諦めたように笑った。悔しさは伝わってこなかった。

 もしかしたら、こうなることをわかったうえで話をしたのかもしれない。また取材のオファーがあったと噂が経営陣に届けば、つつかれるだろうに——。

 飯島は、自分より深く頭を下げていた立花の姿を思い出していた。


「……立花部長には敵いそうにないです」

「え?」

「受けます。ウェンディの取材」

「ほんとう?」

「嘘といいたいところですが……さすがにあなたの頼みとあれば、一肌脱がないわけにはいかないでしょう」


 苦笑しつついうと、立花の顔がいっきに明るくなった。


「さすが飯島くん! 私の見込んだ男!」

「ただし今回だけですよ」

「十分よお」

 

 立花は飯島の肩を揉みながら、部長室から送り出してつづけた。


「ほんとにありがとうね。先方には私から宣伝課を通して連絡させておくから、君はなんにも煩わしいことしないで大丈夫よ。ドーンと構えておいて」

「お、お願いします」

「はいっ。お話は終了っ。時間とらせて悪かったわね。戻ってオーケーよ」


 ばたんとドアが閉められる。

 ガラスの向こう側で、立花はさっそく内線のボタンを押していた。


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