(16)2000:チンピラ警官と不良娘 ①
季節が進むと、寒気は一段と清治をいじめるようになっていた。
夜中の十時過ぎだった。
警ら用の自転車のスタンドを立てて、手をすり合わせながら息を吐きかける。指先が赤みを帯びはじめている。しもやけの兆候だ。
清治が夜食を買いに訪れたのはコンビニだった。有線の音楽だけが静寂を揺らしている。
彼は、レジの後ろに座って新聞を読んでいたオーナーに声をかけた。
「こんばんは。閑古鳥が鳴いとりますねえ」
オーナーは顔を上げていった。
「なんだ、金田くんか。さぶそうだなあ」
「まあさぶいさぶい。おでんは……まだやっとらんか」
「もうちょい待ちゃあて。今日はあっちで我慢してくれんか? 町のお巡りさんにゃ安くしといたるでよ」
弁当コーナーのほうを指差して、お茶目な顔をするオーナー。
清治はげんなりしていった。
「俺は残飯処理係じゃあねえがや。まあじきほかるやつだろ、あれ」
「あたりゃせんて。ほれ、とってこやあ」
「ったく、こっすい商売人だわ」
しぶしぶ唐揚げ弁当と烏龍茶をとってレジに戻る。世間話とパトロールを兼ねて聞いた。
「最近どうですか。不審者とかおらんかや」
するとオーナーは渋い顔をした。清治は千円札を取り出す手を止めた。
「いや、それがな……最近おるんだわ」
「どんな野郎なん」
オーナーはほかに誰もいないのに小声でいった。
「不良娘だ」
「不良娘だあ? んなもん、そこらへんにうようよおるがや」
「万引きしていきよる」
「はあん?」
何も珍しい話じゃない。清治自身は遭遇したことがないものの、松尾が何度か通報を受けて駆けつけていた。金がなくやむをえずというよりは、スリリングな遊びの感覚で手を染めてしまう子どもが多いらしく、現代の教育環境におけるストレスの発散方法が云々……と、彼は以前に
「何回かやられとるんですか」
「近ごろよお、入店はするんだがなんも買ってかん娘がおってな? なんか商品の数が合わんなあてなる日にゃあ、決まってその娘がきとるような気がする」
「勘違いなんじゃあないんですか。ボケが入ってきとるかもしれん」
「たあけっ。お巡りさんのいうことかっ」
オーナーに肩を叩かれ、清治は面倒くさそうにメモとペンを取り出す。
「わかったて。どんな娘なん。いってみやあ」
「背がよお……うちのカミさんと同じくらいだで、百五十五くらいか?」
「ほうほう。ほいで?」
「ほいで髪がなんかこう——あっ」
声を上げるのと同時に、オーナーは清治を商品棚の陰に隠した。「しゃがめ」というのでおとなしく従うと、店内に誰もいないふうを装ってつづけてきた。
「あの娘だ。こっちに歩いてきよる」
「マジかや」
「そのままバックヤードに入っていけんか? 裏から見とってちょう」
「……了解」
清治は棚に隠れながらバックヤードに滑り込んで、飲料棚の裏手に移動した。陳列されたペットボトルの隙間から店内の様子がわかるように立つ。
本来なら犯罪を未然に防ぐべきではあった。だが、どうせなら犯人にお灸を据えてやりたい気持ちがあったし、どんな娘なのか単純に興味があった。
——おら、ツラ見せんか。
そう心中で息巻くと、店のドアが開かれた。
棚のあいだを歩いてくるのは、高校の制服を着た少女だった。
色素の関係か、うなじにかかるくらいの素直なボブヘアーは灰色がかって見える。
紺色のハイソックスに膝上丈の短いスカート。ブラウスとブレザー。それらは流行りの着こなしではあるが、そのどれもがくたびれているように思えた。目元にも疲れが出ている。
オーナーは寝入ってしまったふりをしていた。
彼を起こしてしまわぬようにと、少女は音を殺しながら物色する。しかし、手負いの雌猫が狩りに臨むかのようなその姿は、清治にはひどく弱々しく見えた。
するとそのときだった。
オーナーのほうをちらりと見やってから、少女はメロンパンと焼きそばパンを肩にかけたスクールバッグに盗み入れた。
この目でしかと見届けた犯行現場——意識なく舌打ちが鳴った。
清治はバックヤードから飛び出していった。
「どらぁ! クソガキィ!」
「なっ……」
目を見開いた少女だったが、すぐさま外にむかって走りだした。
逃げようというのか。
追いかけてドアを押し開けた清治の後ろで、オーナーがいった。
「金田くんっ」
「任しゃあ!」
警察学校でどれほど走ってきたと思っている。少女の背中はみるみる近づく。走るフォームはそれなりにきれいだったが、やはり手負いの猫だった。体力がない。
清治は追いつき手をつかんで、そのまま反対の腕を首に回して拘束する。色白で細い首だ。一瞬だけ折ってしまうかと思った。
少女はもがきながら叫んできた。
「触らんで! この変態警官がぁ!」
「だぁれが変態だ。この不良娘が」
かかとを振ってすねを蹴ってくるのが鬱陶しい。清治は少女を道連れにしてアスファルトに腰を下ろし、そのまま足で下半身も動けなくする。体格の差は絶望的だ。彼女はしだいに、紅潮した顔ではあはあと喘ぐだけになってしまった。
「ベッドの上でもこんな激しい女おらんわ……」
清治はぼそっとつぶやく。
少女は振り絞るように身をよじった。
「やっぱし変態じゃんねっ」
「落ち着きゃあ。ジョークだがぁ」
どうどう、と拘束する力を緩めていく。
観念したのだろうか、少女は反抗してこない。逆立った毛を下ろした猫は、とても小さく思えた。
ゆっくりと立たせて、清治はコンビニへと連れ戻ることにした。
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