(14)2021:カネダセイジ



 掃除を終えた飯島たちは外に出て、隣室のインターホンを押した。

 少ししてドアが開く。

 蔡に開口一番いわれた。


「楽しそうだったね、あんたたち」


 うるさかったらしい。

 飯島は平謝りするほかなかった。


「騒がしくしてすみません」

「いや、いいんだよ。賑やかなほうが好きだ」

「お待たせしました。とりあえず部屋を片付けたので、こっちで話しましょう」

「その片付けの時間でお茶淹れといたよ」

「え?」

「いいから入りなよ」

「ああ……はい」


 飯島はなかば強引に招き入れられる。そういえば蔡はもてなしたがりだったと思った。

 部屋の中には出身の台湾のものだろうか、招福のインテリアや見たこともない動物の置物が飾られていたりした。

 座布団に座ると、台湾茶を運んできてくれたので、飯島は口をつける。横で楯が「うまっ」というのが聞こえた。

 同じように座って、蔡はいった。


「昼間のことだけど、まずは私の仕事のことから話したほうがいいね」

「お願いします」

「うん。私はね、再光会さいこうかいっていうNPO法人の職員なんだ」

「再光会?」


 そこは、犯した罪に対する服役を終えた受刑者の支援を行う団体とのことだった。

 出所者の就労支援や住居の斡旋などを行い、社会へのスムーズな復帰を後押ししていく。精神的なケアや地域社会への参加を促していくのも仕事らしい。


「出所者って。じゃあ、カネダさんは」


 楯がつぶやくと、蔡は頷いて答えた。


「そう。カネダは私の新しい仕事相手。このあいだまで彼は服役していたんだ」


 ——今日の事の顛末はこうだ。

 蔡は、カネダセイジをつれて職業安定所ハローワークを訪れていた。

 彼のひとまずの住処は再光会が用意している。次は社会復帰にむけての仕事探しというわけだ。

 しかし、職員との相談中に、カネダセイジは手洗いにいくといって姿を消してから、それっきり帰ってこなくなってしまった。蔡たちも話に集中してしまっていて、発覚が遅れた。気づいたときには行方不明者の出来上がりである。


「まだ外に慣れてないのかね。あの人ふらふらしててさ」


 蔡が警察を頼って捜索を始めてから時間を置かずに、ベル・エ・ブランシュという結婚式場から不審者の保護の要請があった。特徴はカネダセイジと一致している。これは彼で間違いないということで、警察と一緒に駆けつけたという次第だった。


「そういうことだったんだ。迷子になっちゃってたんですね」


 楯は納得したふうにいう。

 それから空気を探るみたいにつづけた。


「……あの、蔡さん。これ、ブッコんじゃっていいですか?」

「なんだい」

「カネダさんはどうして刑務所にいたんですか?」


 少しの沈黙のあとに飯島が答えた。


「黒瀬は年齢的に知らなくても不思議じゃない。たしか昼間にそういったよな」

「はい。覚えてますよ」


 カネダセイジとカネダユイという名前。

 元受刑者という境遇。

 飯島の中には確信に近いものがあった。

 きっと彼だけではない。を記憶している人間ならば、すぐに合点がいくだろう。


「あのときは日本中が大変だった」


 そういって、飯島は尋ねた。



「黒瀬。おまえ……【名古屋なごやの赤い指】って聞いたことないか?」



                    ※



〈第一章・終わり〉



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