(11)採用面接 ①
※
「中央ブライダル専門学校より参りました。
目の前で、女子学生がはきはきと自己紹介をしている。
飯島康人はあくびを険しい顔をしているふりで噛み殺し、手元の履歴書に目をやる。
学歴、志望動機、自己PR。きれいな字で、お手本のような内容が書かれている。日本ブライダル振興協会の認定資格もぬかりない。
——二〇二〇年、夏。
結婚式場『ベル・エ・ブランシュ』のオフィス棟。
その会議室では、次年度の新卒採用面接が行われていた。
長机に並んでいるのは、立花や総務部長などの重役たち。そこに飯島を加えた面子が面接官だった。
年長者に紛れて座っている若い男。
訪れる学生たちは、誰もその存在に疑問を抱かない。
SNSから火が点き、評価の急伸する男性ウェディングプランナー『飯島康人』を知らずして、ここの門戸を叩く者はいなかった。
面接官への任命については、飯島はただただ面倒としか思わなかった。新鮮な出会いにも、後進の教育にも興味はなかった。ただ、デスクの上に置いてきたプランニング資料のことだけが気になっていた。
「飯島主任。何か質問はありますか?」
隣の立花が話を振ってきた。
「はい」と応じ、飯島は白石と名乗った学生を見すえていった。
「あなたは、ウェディングプランナーにとって最も大切なことはなんだと思いますか?」
特に深い意図もなく、何人もの面接者に対して繰り返してきた問いかけだった。
そして、誰もが似たような答えだった。
「はい。新郎新婦の皆様の要望を聞くヒアリング能力だと思います。私はコールセンターでのアルバイト経験を通じて——」
ちゃんと正解をいえたな、と飯島は思った。実体験を織り交ぜて説得力がある。自信のある話し方で覚えもいいだろう。
白石絵梨香の面接が終わって、面接官同士の相談が始まった。
総務部長がいう。
「彼女いいですね」
「接していて安心感がありますね。文章もしっかりしている」
立花が書類を見直しながら応じ、顔を向けてきた。
「飯島くんはどう? 白石さんの印象は」
「いいんじゃないでしょうか」
どうでも、という言葉が頭に入りそうなくらいそっけない声が出てしまった。
だが、取り繕う気も起きなかった。手持ち無沙汰ぎみに履歴書をめくるのみである。
立花はどうしようもない息子を見るような顔をしたが、何もいわなかった。息をついて仕切り直す。
「それでは、次の子が最後の志望者です」
ウェディングプランナーの採用枠は一名だった。その学生が白石絵梨香に勝る好印象を与えなければ、彼女で決まりだろう。
ドアをノックする音が響く。
「失礼します」
入ってきたのは、紫がかった黒髪の女子学生だった。身長が高く、きれいな立ち姿がそれを際立たせている。百七十センチ以上ありそうだ。
「
飯島は履歴書の名前を見る。
そう高めの筆圧で書かれていた。
『楯』
珍しい字を使う。キラキラネームというものだろうか。
証明写真の中の彼女は、大きく切れ長の三白眼をこちらに向けていた。意志が宿っており、俗にいう
「ようこそお越しくださいました。お座りになられてください」
「はい。よろしくお願いします」
面接が始まった。
……しかし正直なところ、黒瀬楯の評価は高いものになりそうになかった。
知的な印象はそれほどなく、言葉選びに
とはいえ、彼女は頑張っていた。
飯島には、先ほどの白石絵梨香よりも一生懸命にここで生きていきたいと叫んでいるように思えた。
「最後に。飯島主任はご質問ありますか?」
立花にいわれて、はっと意識を持ち直した。どうやらぼんやりしていたらしい。彼は咳払いを一つ置いて、変わらぬ問いかけをする。
「あなたは、ウェディングプランナーにとって最も大切なことはなんだと思いますか?」
「それは——……」
黒瀬楯は、口をつぐんでこちらを見るばかりになってしまった。
飯島は人知れず歯列を舌でなぞる。どうしてか苛立っていた。
この学生は月並みな答えすら用意していないのか。それとも緊張で頭から飛んだのか。このまま何もいえないのだろうか。それではもう終わりだ——。
彼女の唇が言葉を紡いだのは、そのときだった。
「それは、人の愛を美しいと思う心、です」
「……そうですか」
自分でもなぜだかわからない、胸のざわめきを感じた。
「なるほど——しかし、それはただの精神論ではないですか? ほかの志望者の方々は、実践的なスキルを業務に活かそうとしてくれています。あなたの答えは、それをどう私たちの利益に繋げてくれるのか見当がつかない」
立花たちが自分のほうをまじまじと見ているのがわかった。それはそうだ。今まで沈黙ばかりだった男が急に
「わ、私は……」
「それに独善的ではないでしょうか? 仰ることは、あなたの心持ちにしか向いてない。新郎新婦のお二人は、あなたに感動してほしくて式を挙げているわけじゃない。他人の自己満足に大金を払いにきたわけでもありません。違いますか?」
黒瀬楯の顔がみるみる歪んでいく。
当然の反応である。どう考えてもいいすぎだ。こんなもの面接とは呼べない。わかっている。
だが、飯島は胸のざわめきが痛みを伴いはじめるのを感じながらも、自身を止めることができない。
「しかも——」
「——わたしはっ!」
椅子から立ち上がった黒瀬楯を、全員が目を丸くして見た。
「私は飯島さんのプランニングした結婚式を見ました!」
彼女は感情が噴きこぼれそうな顔でにらみつけてくる。
さすがに飯島も押された。
「それは……ご視聴頂き、どうも」
「ホントにきれいだって思いました! 新婦の人だけじゃない、夫婦となった二人の姿が美しいって感じたんです! 愛そのものの姿が美しいって感じたんです!」
彼女は
「人の愛を美しいと思わなくて、あんな光景つくれるわけがない! わかっているくせに、なんでそんなイジワルいうんですか! バカ! こんな人だなんて思いませんでしたよ!」
バカという言葉で、総務部長の口が開きっぱなしになる。
「何度だっていいますよ! だって、そう信じられるものを見たから! あなたがプランニングした結婚式から受けとったから! 人の愛を美しいと思う心が一番大切だって、絶対に絶対に決まってます!」
立花は胸ぐらをつかまれたような顔をしていた。
「実践的なスキルってなんですか? どうせ私はそこらのガールズバーのバイトですよ。セクハラ適当にあしらうことくらいしかうまくなってないですよ! 勉強だってできないし! それでも! それでも、この気持ちは誰よりも本物だ!」
黒瀬楯は熱く語る——というより、もはや怒鳴っていた。
会議室が静まり返る。ふうふうという彼女の息づかいだけが、時間が止まっていないことを教えてくれていた。
最初に言葉を取り戻したのは立花だった。
「……ほ、本日はお越し頂きありがとうございました。面接を終了します」
「ありがとうございました!」
黒瀬楯は勢いよく頭を下げ、パンプスのヒールを鳴らして会議室から出ていってしまう。
それからしばらくは、どう感想を述べたものかと面接官らはおたがいを
——飯島以外は。
「これで終わりでいいですか? 今の子が最後の志望者でしたよね。選考についての意見はあとで連絡します」
彼は履歴書をファイルにまとめて席を立つ。
「飯島くん」と立花が呼び止めた。
「俺は仕事を進めたいので」
きっぱりといい、退出していく。
その後ろ姿が消えてから、立花はつぶやいた。
「スキルも何も、知識すらろくになかった男が何いっているのよ……」
同時に、黒瀬楯に迫る飯島康人の横顔を思い出していた。
彼女を透かして、違う誰かを見ているみたいだった。
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