(8)インタビュー ①



 予定どおりに、結婚情報誌ウェンディの取材班がベル・エ・ブランシュに到着したらしい。すでに応接室に通してあるとのことだった。


「主任。あの、さっきはなんてゆーか、スミマセン。ヘンな空気にしちゃって」


 連れだって移動している最中、黒瀬がどこかきまり悪そうに口を開いた。

 とぼける必要もないと思い、飯島は尋ねる。


「赤星さんとはウマが合いそうにないか」

「いえ、違うところでウマは合ってると思います」

「なんだそれ。……まあ、とにかくそれなりにはやっていってくれよ。数年経ったらおさらばできる学校とは違うからな」

「わかってますよ」


 子ども扱いされたと思ったのか、黒瀬は口を尖らせる。

「ならいい」と飯島は鼻を鳴らして笑い、前を向いた。


「それよりも、だ。今はこっちに集中しないとな」


 応接室に到着していた。

 ネクタイを正した飯島は、扉をノックして入室した。


「失礼します」


 中では、女性と男性が一人ずつ立って待っていた。

 女性は皺一つないパンツスーツという出で立ち。

 男性のほうは反対にカジュアルな格好をしているが、首から下げたカメラは高価そうだ。


「ようこそベル・エ・ブランシュへお越しくださいました。本日はご足労頂き、ありがとうございます。チーフプランナーを務めております、飯島と申します」

「ウェンディ編集部の益子ますこと申します。こちらこそ貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございます」


 益子という女性と名刺交換を済ませてから、飯島は後ろの黒瀬に手を向けていった。


「こちらがお話しておりました、新人の黒瀬です」

「黒瀬っていいます。春から働いてるカンジです。よろしくお願いします」


 懸念どおり怪しい言葉づかいだが、この際は目をつむっておくことにする。

 すると、益子が黒瀬にほほ笑みかけた。思ったよりもフランクな人みたいだった。


「初々しいですねえ。おいくつなんですか?」

二十歳はたちです。今年で二十一になります」

「えっ? ほんの一年前まで十代?」


 ぎょっと目を丸くすると、カメラマンの男性が笑った。


「益子さん驚きすぎですよ。べつに専門卒とかだとふつうじゃないですか?」

「はい。短大出てます」

「ま、まあそうですよね。若いなあ……」


 何かに打ちひしがれたように声が震えていたが、益子はすぐに切り替えていった。


「益子です。あとで少しお話ちょうだいね」


 立ち話もなんだということで、飯島はソファーへの着席を益子に勧めた。自身は彼女の対面に座り、黒瀬は後方のチェアーに座らせておく。

 益子はボイスレコーダー等をテーブルに並べていき、準備を終えると頭を下げた。

                                                                                                                                                                                                                   

「それではインタビューを始めさせて頂きます」

「はい。よろしくお願いいたします」

「飯島さんのご活躍はかねがね耳にしています。個々のパートナーたちに合わせた斬新な演出で話題を呼んでいる、新進気鋭のウェディングプランナーであると」

「気恥ずかしいかぎりですが、そういった評価はありがたいですね」

「もうずっと先まで指名の予約が埋まっているとか」

「おかげさまで。忙しくさせて頂いております」

「実は私も飯島さんのプロデュースのファン……といういいかたはおかしいかもしれませんが、最初にSNSで話題になられたときから、個人的に追わせて頂いております。先日公開された動画も素晴らしかったです」


 結婚式のムービーは、関係者に許可を得た場合のみ、プロモーションの一環としてSNSに投稿されていた。宮木や横溝がプランニングした挙式のものもあるが、飯島の動画はずば抜けて再生数やライク数、拡散数が多かった。


「その話題性の高さには、飯島さんがプランナーとしては珍しい男性ということも含まれていると思います。その男性という点で、プランニングに関して何か差別化に繋がっている部分があるとはお考えですか?」

「そうですね。はっきり申し上げますと、そういったものはまったくないです」

「まったくですか」


 予想外だった。益子は、性別による視点の違いが肝だと考えていたからだ。


「はい。男性的目線。女性的目線。どちらも私は重要視していません。私はただ」

「ただ?」

「お二人に幸せになって頂きたいだけです」


 そういう飯島のまなざしは、まっすぐな光を放っていた。


「とはいえ、それは他のプランナーの方々も同様だと思いますので、何か差を生む要素があるかといわれると、答えるのは難しいですね」

「ならば、飯島さんの独創的なプランニングの核はどこにあるとお考えですか?」

「核、ですか」

「仕事を進めるにあたって、最も大切にしていることと置き換えてください」

「それでしたら——お二方の【絆の根源】を見せて頂くことです」

「絆の根源、とは」


 益子は聞き慣れないワードに引き込まれる。


「人と人が一緒になる。その幸福の源には、必ず絆があると考えています。それは愛の本質であり、歴史でもある。私はそれを、お話を伺うなかで覗かせて頂きます」

「覗く……」

「大きな契機でも、小さな日常でも何でもいい。出会い、恋に落ち、大きな愛を育むに至った物語。『お二人の歩みのすべて』をお話しして頂くのです。長い長い映画を映すみたいに」

「え? すべて?」


 益子の相づちが止まる。彼女は探るように尋ねた。


「それは……『思い出話』ということですよね? ミーティングの合間に閑話的にするというのはあるかと思いますが……」

「むしろそこにしか時間を割きません。詳細を省かずに、本当にすべてお話して頂きます。何時間でも。何日に分けてでも。何週間かかっても」

「そんなに」

「一番長かったのは、幼馴染のご夫婦を担当させて頂いたときですかね。なにせ生まれたときからの付き合いということでしたから。先方は楽しんでおられましたが、さすがに上司に注意を受けました。連日真っ暗になっても拘束してしまっていたので」

「……お客様の演出の好みとか、やりたいことはヒアリングされないのですか?」

「ええ。そういった質問は設けておりません」

「本当に一つもお伺いしないのですか?」


 無意識に小さく唾を飲み込んで、益子はつづけた。


「失礼ながら……通常そうされますと、式のコーディネートは困難かと思うのですが……」

「何も問題はございません。絆の根源を覗かせて頂ければ、それらは最終的に自然と集約されていきます。私のプランニングの中に」


 異質なものを見るときの色。それが益子の目に差した。

 飯島康人は、新郎新婦の『思い出話』ただそれだけで、ウェディングの何もかもをコーディネートするという。正直、ウェディングプランナーの定石から逸脱しているという噂は耳にしていたものの、ここまでとは思っていなかった。

 カメラマンは益子の後頭部を見る。インタビュアーが黙るという事態に遭遇したのは初めてだからだ。

 そんな彼女をよそに、飯島はつづける。


「お話を伺い、絆の根源にある幸福の欠片をすべて集めると、イメージが見えてきます。いえ、イメージという表現は間違いだ。それは私の想像などではなく、現にそこにあるものなのだから。眼前に広がり、五感を包み込んで離さない。そこは真実の場所です。絆の根源に触れるとわかります。私にはとても扱いきれない太陽のような熱と輝きです。時に焼かれそうになる。それでも、なんとかそれを結婚式という形に落とし込んでいるだけです」


 それは、インタビューというよりは独白めいていた。


「す、素晴らしい考え方ですね」


 益子は話のテンポを整えようとするが、出てきたのは学生がするような陳腐な質問だった。


「それでは、飯島さんがそこまで真剣に向き合えるウェディングプランナーという仕事の醍醐味を教えてください」


 彼には考えるそぶりすらなかった。


「まず大前提として、愛はとても美しく素晴らしいというのがあります。これだけ物が溢れた世界の中で、ただ生身の人間のあいだでしか育まれません。そして、それゆえになによりも温かいでしょう。きっと永遠に温度を失うことはない。新郎新婦の皆様の笑顔は胸が熱くなります。本当に熱いのです」


 飯島の言葉はとぎれない。取材のコントロールができない。


「その笑顔を心の底から余すところなく引き出して差し上げたい。その一心で仕事をさせて頂いております。お二人が幸せであればあるほど、私も幸せですから——」


 ——パシャッ。

 益子の後ろで強い光が瞬いた。

 彼女が振り返ると、カメラマンがシャッターを押したところだった。フラッシュを焚いたみたいだ。

 彼はキャップを脱いで謝った。


「話の腰を折ってすみません。ただ、語られていた画がよかったので、つい撮ってしまいました」

「あなたね……」


 そう咎めながらも、益子は内心ほっとしていた。意図せずブレーキがかけられたからだ。

 すると、まぶしさに目を伏せていた飯島が顔を上げた。


「——そういった幸せに寄り添えるのが、ウェディングプランナーの醍醐味ですかね」


 そして、失敗してしまったというふうにこめかみを掻いた。


「いえ……申し訳ございません。つい熱くなってしゃべりすぎてしまったみたいです」

「え、ええ」


 益子は取材の雰囲気が戻るのを感じた。

 彼女は心中で呼吸を整え、その手綱を離さないように注意しながら、インタビューを続けることにした。


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