#218「祐筆の記録・二」



 と、そんなこんななワケでございまして。

 メラン殿のとんでもなさと言ったら、正直意味が分からない状態になったのでした。

 一個ずつ書き連ねてみましょうか。


 一、北方大陸王キング・セプテントリアの直系たるメラネルガリア王族の最後の男系子孫。


 貴種流離譚は古来より物語の基本形でございますが、メラン殿はちょっと高貴過ぎる出自ではありませんかな?

 本人は貴族籍は捨てたとおっしゃいますが、このたび『群青卿』として大公相当の社会的地位も得られましたし。

 凡百の青人草と同列に語るのは、もはや不可能な人物です。

 歴史書にも、間違いなく名前を記されるでしょう。

 というか、そろそろ祖国が黙っていないのではないですかな?


 ま、続きまして、


 二、生まれついての呪いである神々の息吹ゴッドブレス、『死界の王の加護』

 三、父王から刻まれた変質した秘文字の奇蹟、『魔力喰らいの黒王秘紋』


 二種の呪いもございますね。

 とはいえ、こちらは今さらワタクシの口から多くを語る必要はございませんでしょう。

 ただそれでも、敢えて一つだけ言わせてもらうとするならば、メラン殿の属性がこの時点で結構なてんこもりというコトです。


 特に後者は、世界規模で類を見ないオンリーワンなので……個性が凄い。


 挙句の果てには、


 四、白嶺の魔女から継いだ五千年の魔力と魔法の技。

 五、東方の大英雄、斬撃王ヨキより託された遺風残香レリック『森羅斬伐』


 純然たる禁忌と、まだ禁忌に指定されていないだけで禁忌級の武器まで。

 巨大彗星の欠片から鍛えられた斧など、普通に考えて完璧アウト!


 と、このように際立ってヤバめな特徴を五つ挙げただけでも、メラン殿のとんでもなさが窺えてしまいます。


 もっとも。

 ワタクシの所見では、真にヤバいのは生存本能の強さだとか。

 艱難辛苦に衝突しても、周囲の環境を利用して色んなものを吸収し、最終的に状況を打破してしまう精神だとか。


 そういった目に見えない部分が、一番の異常に映っておりますが。


 残念ながら、世間がその辺りに気がつく可能性はやや低いでしょう。

 どんな形であれ、メラン殿と間近に接したモノだけが、彼の真芯にある異常性に触れられる。

 表向き、メラン殿は〝マトモな人間〟ですからな。

 彼の歩んできた道のりからすれば、むしろありえないと感じさせるまでに。


 実におもしろい。


 しかも、本人は今回の旅で心境の変化を迎え、をやめました。

 開き直ったと言っても、過言ではないでしょう。

 信頼できる仲間との旅。

 大罪人との邂逅。

 東方大陸フォルマルハウト壮麗大地テラ・メエリタで得た黄金の経験によって、心の方も成長したのです。


 世界にとって、それが忌避すべき恐怖譚の幕開けとなるか。

 あるいは歓迎されるべき、新時代の英雄譚となるか。


 どちらにしても、目が離せそうにありません。


 メラン殿の周囲にいるモノたちも、一風変わった珍奇な存在ばかりで、ここからは更に愉快な顔ぶれが広がっていくでしょう。


 フェリシア殿の師匠は、聞けば刻印騎士団〈炎の隊〉を率いる女傑──『火傷顔フライフェイス』ベロニカだとか。

 人界の守護者のなかでも、何かと問題を囁かれる不良騎士隊長。

 ワタクシも良くない噂は、幾度か耳にしております。


 あと、そうそう。


 リュディガー・シモンから没収した『古龍原語ドラゴン・バベルの書』絡みでも、興味深い話を小耳に挟みました。

 なんと、西方大陸ゾディアスはウェスタルシア王国、『聖剣王』ベルーガ・ベルセリオンからトライミッド連合王国へ。

 禁忌指定されている『古龍原語ドラゴン・バベルの書』を、すぐさまして欲しいと書簡が届いたとか。

 はてさて、彼の王国は如何にして海を越えた情報を?


 一波乱ありそうな予感がします。


 が、無論、注目すべきは人界ばかりではありません。

 メラン殿が約四ヶ月間、北方大陸グランシャリオを不在にしていたあいだに、魔のモノどもも蠢き出していたようで。


 いと深淵なる大峡谷。


 謎多き魔性の徒が潜みしネルネザゴーン。

 またの名をグリムランドにて、『王』が現れたらしいのです。

 北方大陸グランシャリオの東境では、怪人類の一部が、たびたびその王の名を口にしながら村々や人家を襲っているとか。


 ゲーン・ダッドリュー。

 

 突如として囁かれ始めた謎の王。

 グリムびとやダンピールだけでなく、行き場を無くした名持ちの怪人どもや、第八の原棲魔まで居着くとされる彼の場所で、王座に着くとは果たして何者なのか。

 早合点はいけませんが、ワタクシは鯨飲濁流の偽名ではないかと推測しております。

 彼の吸血鬼は、なんというか……如何にもこういった〝悪ふざけ〟をしそうではありませんかな?


 ネルネザゴーン王、ゲーン・ダッドリューの噂とともに、各地では魔物の活性化や事件数の増加も確認されているとか。


 トライミッド連合王国でも、聖槍の担い手がビュンビュン飛び回って大忙しのようで。


 エリンのお転婆なエルフ姫も、近頃は憩いを求めて大層荒んでらっしゃるご様子。


 最近は物見遊山でもしてリフレッシュを図りたいのか、群青卿の正否を確かめてあげる! とのお題目で、メラン殿の大公領に遊びに来たがっているそうです。

 エルフの姫君が観光を楽しめるような場所は、まだぜんぜん整ってはいないのですが。


 それはともかく。


 やはり闇の公子の復活は、非常にセンセーショナルな知らせとなったのでしょう。

 トライミッド連合王国からメラネルガリア、およびティタノモンゴットへ。

 人界危急の大事として、協力を求める声明が発せられ、ダークエルフと巨人それぞれの国の使者を招いた会議が行われるコトになりました。

 この四ヶ月、トーリー王やザディア宰相殿は如何にして連絡を取り付けるか、非常に苦心していたそうで。


 つまり、いずれにしろ、メラン殿が各国の要人たちの前に姿を晒すのは必須事項と言える状況でした。


 ネルネザゴーンを除いた北方の大国(大国級組織)としては、他に〈第二円環帯ルキフェディッテ・リングベルト〉の星辰天秤塔もございますが。

 所在不明にして存続不明では、さすがの連合王国でも招待状の送り先が分からなかったみたいですな。


 懐かしき顔や初めましての顔と、メラン殿は大忙しになりそうです。


 一介の吟遊詩人。

 もとい祐筆役としては、微力ながら尽力させていただく所存ですとも。


 不当な悪意に苦しむモノ。

 謂れなき差別と偏見に貶められるモノ。


 メラン殿はそんなモノたちにとって、住み良い居場所を作ると決められた。

 道なき道にして、荒野の闇を切り開くがごとき過酷な願いです。

 しかしだからこそ、彼の旅のなかでは黎明の穹に網膜を焼かれるモノが現れましょう。

 夜明け前の群青に、涙して集うモノがおりましょう。

 邪魔するモノも、立ちはだかるモノも訪れるに違いありません。


 ワタクシはその記録を、歌として残したい。


 ……ここからは私情になります。


 紙とインクがもったいないとは思いますが、後でナイフで切り取り、炎に焚べるので問題はありません。

 人には時に、秘密の胸の内を人知れず吐き出す時間も必要なのでしょう。

 久方ぶりに堪え切れなくなってしまいました。


 我が友──アレクサンドロは救いを得た。


 長寿種族のエルフでありながら、アレは実に愚かな男だった。

 普通、千年以上も時間が経てば、どんな怒りも憎しみも鎮火する。

 我らは感情というモノを、膨大な既知によって鈍化させてしまう生き物なのだから。

 なのに、三千年もの永きにわたって、アレクサンドロ・シルヴァンはずっと〝灼き焦がれる恩讐〟であり続けた。


 かつてはその在り方を〝おもしろい〟と感じて手を貸し、共に聖剣を盗みもした。


 白嶺の魔女に単身で挑む。

 どうせ結果は失敗だと、途中から一緒に旅をするのはやめてしまったし。

 アレのやり方では、最後の最後に魔女の奈落が世界により大きな災いを招くとも思った。

 実際、ヴォレアスではそのように事態が運びかけたと月の瞳からは聞いている。


 だが。


 だが。


 まさか──あれほどの恩讐が、最期に救いを与えられて終わるとは……!


 苛烈な日輪が、弟子の手で送られるだと!?

 

 数世紀ぶりに、驚愕が全身を駆け抜けた。

 世界にはまだまだ素晴らしいコトが眠っているのだと、魂が震えた。


 吟遊詩人として永く、この世界を旅している。

 名もなき盗賊として、数多のモノを手中に収めては捨ててきた。

 おもしろいコトが好きだから、おもしろいモノをたくさん見聞きして味わおうと、善にも悪にも一通り触れて来た。


 羊頭人シーピリアンのカプリ?


 そんな男はいない。

 数ある偽名と身分に過ぎないし、本当の自分がどんな男だったかは疾うの昔に忘れてしまった。

 金翠羊サテュラの男であるのは間違いないが、真の姿を晒して生きる時間より、偽りの姿を被って生きている時間の方が長い。

 今ではどちらがまことなのか、考える気にもならない。


 〈禁忌収容編纂目録〉


 通称〈目録〉と呼ばれる厄ネタの大図書館で働くようになってからは、なおさらに自分が誰だったのか分からなくなってもいる。

 口調はこれで合っているか?

 思考様式は設定に準拠しているか?

 カプリという人物像から逸脱した態度や振る舞いを、時に不審に思われてはいないだろうか?


 まぁ、バレたところで構いはしない。


 大事なのは〝おもしろさ〟だ。


 〈渾天儀世界〉に存在する数多の厄。

 禁忌と見なすに相応わしい情報を蒐集し、適切に記録し、時には保存と編纂を。

 世間へ公開しても大過ない範囲で実行する秘密組織の仕事内容は、自分でも驚くほど性に合っている。


 蒐集官、編纂官、目録官。


 通常はどれか一つの役職を得るのが慣例で、機密の面からも推奨されているらしいが。

 三つの役職すべてをこなす許しも与えられた。

 組織への忠誠心など無いが、働きは認められていてまさに双方にとって申し分なし。


 メランズール・ラズワルド・アダマス。


 月の瞳から聞かされた当初は、禁忌に指定するのが妥当だと思った。

 リンデンの大衆酒場に吟遊詩人として潜入し、どんな人物かと観察も続けたが、真実を知っている者からすれば素性を隠し何かを企んでいるようにも見えた。

 たとえ友に救いを与えた子どもだとしても、魔女を取り込んで何の影響も受けていないとも思えなかったからだ。


 しかし、リンデンで起きた鉄鎖流狼による暴虐。

 鯨飲濁流の復活とその顛末。


 あれほどの苦い経験を得ておきながら、友の弟子は人界に仇なす素振りが一向になく。

 それどころか、まるで市井の民のように苦悩や後悔を抱え込んだ。


 なんだ? その〝おもしろさ〟は……!?


 興味が湧いた。


 好奇心には勝てなかった。


 月の瞳の手のひらの上で、いいように操られているような感覚はしたが、過去にも手は貸しているし今更どうでもいい。

 一度接触すると決めれば、あとは簡単だった。

 白蛾虎竜の咆哮によって、メランズールはちょっとした財産大金を紛失した。


 拾っておき、折を見て返してやれば、恩を売るのと同時に接近するチャンスにもなる。


 翡翠島では、状況的に石鹸を買った方が良さそうだったので流れを変えたが、結果は意図した通りになった。

 その後は共に壮麗大地テラ・メエリタまで行って、真価が測れる機会を待ち。


 終末の巨龍とも戦うところを、充分に堪能させてもらった。


 中盤から終盤、風の精霊から常に見張られ、欺瞞を維持するのに苦労はしたが。

 最終的には、非常に食指をそそられる最高の結果に繋がった。


 そう、新たな『友』を得たのだ!

 我が人生、我が無窮の退屈を紛らわす得難き『友』を!


 アレクサンドロには頭のおかしい狂人だと罵られた。

 だから、今度は絶対に秘密を明かさない。

 少なくとも、飽きが来るまでは側に居続けよう。


 ふぅ、落ち着きました。


 ペーパーナイフとマッチはどこでしたかな?





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tips:名もなき盗賊


 退屈が人を殺す。

 おもしろくない世をおもしろく生きるには、忍びの技を用いて虚実の境を行き来しよう。

 闇にも潜った。光にも照らされた。

 甘露は狭間にしか残されていない。

 もはや誰でもない我が身の無聊、慰めるのは〝未知なる人間〟だけだ。

 何者も歌物語の裏にて笑う私の素顔だけは、決して知り得ない。

 名がなければ、正体は分からない。

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