#216「祐筆の記録・一」
──では。
ここからは僭越ながら、不肖カプリめが連合王国での〝その後〟を語らせていただきましょう。
ワタクシは吟遊詩人でしたが、このたびメラン殿の
彼の功績や偉業の記録は、すべてワタクシが文書にまとめるといった次第にございます。
書記官、秘書のようなモノですな。
ま、その辺りの経緯も踏まえて、ひとつずつ書き綴って参りましょうか。
というか、メラン殿が開けた先がまさかの王の間でしたので。
一歩境界を跨いだ先はキャッスル・ロアの最中枢。
何やら評議の真っ只中だったのか、上等なお召し物に身を包んだやんごとなき方々が多数いらっしゃいまして、皆さん揃って腰を抜かしておりました。
白嶺の魔女の扉が王宮内に出現したのです。
無理も無い哀れな反応でしたが。
あわや緊急事態と騒ぎになりかける前に、優秀なトーリー王とザディア宰相が幸いにも場を収めてくださいました。
刻印騎士団が一気に雪崩込んでくるという事態にもならず。
よって、必要なだけの人払いと、憤怒の英雄の参席を待ち、滔々と〝結果報告〟が行われました。
大罪人、リュディガー・シモンの捕縛。
及び、最果ての大樹海における救世の戦い。
ところどころで、トーリー王とザディア宰相が「え? 本気? 冗談だよね?」という顔をしてらしたのが、あまりにも当然な反応でございましたが。
当の大罪人がすべての事実を認め、罪をも告白し大人しくしておりましたので、彼らも最終的にはメラン殿の言葉を信じたご様子でした。
憤怒の英雄、刻印騎士団の団長。
アムニブス・イラ・グラディウス様に至っては、灰色の魔術師と直接剣を交えたコトもありますようで。
「コイツならたしかに、それくらいはやるだろうよ」
と、特に驚いた様子も無かったのが、さすがの反応といわざるを得ません。
リュディガー・シモンの本人確認や、大罪人でなければ知り得ない過去の犯罪の披瀝。
証明はつつがなく進み、話は流れるように進み、依頼の達成は承認されて。
大罪人の身柄は、晴れて連合王国が正式に預かるというコトで、一先ずの問題が片付いたカタチになります。
ですので、話はそこから約束されていた報酬の件に移りまして。
「よし。それじゃあ尼僧の墓所だね。ウチが管理してるヤツは、片っ端から見ていってくれて構わないけど、目当てのヤツはたぶんこの城の地下のじゃないかな?」
「トーリー王。それなんですが、報酬に少し色をつけてはくれませんか?」
「え、色……かい?」
「予想よりも大変な仕事だったんで、当初の交換条件だけじゃ割に合わないなと思いまして」
「! 少しお待ちを。メランズール殿は息子を救ってくれた恩人です。私人として否やはありません。が、公人としては応相談とさせていただきたい。法外な値の金銭や、国家機密などは勘弁願いますぞ」
「もちろん、安心してください。俺が望むのはそんなに大した対価じゃありませんから」
そう言ったメラン殿は、実に驚きに値する要求を行いました。
「単刀直入に言えば、土地が欲しいんです」
「ん、んん!?」
「我が国の領土を、割譲しろというコトですかな!?」
「いや、そうじゃありません」
ひっくり返りかけた連合王国の首脳陣は、困惑した顔で説明を待ちました。
直前に法外な要求は勘弁願うと前置き、それに対し安堵を口にしたメラン殿が〝土地〟を要求した。
国の重鎮としては、目を白黒させるのも致し方ない発言でしょう。
ですが、メラン殿が求めたのはトライミッド連合王国の領土などではありませんでした。
「ここにいる五人のホムンクルス・カムビヨン。大罪人が生み出した
「と、と言うと……?」
「俺や貴方のご子息もそうですが、今ある世界では息苦しさを強いられるモノたち。不当な悪意に苦しめられ、謂れなき差別と偏見に貶められているモノが、ありのままの自分でいられる場所を作りたいんです」
「────なる、ほど」
絶句しなかったのは、連合王国宰相としての意地と経験が為した技に違いありません。
トーリー王も「ひぇ〜!」と仰天しておりました。
聞きようによっては、不穏分子の理想郷を作りたいとも聞こえるからです。
しかし、メラン殿がそのような御仁であるはずがありません。
「大国なら知っているはずです。過去に滅びた小国の跡地や、何らかの理由で放棄せざるを得なかった危険な開拓地を」
「そ、それはまぁ、記録を漁れば何件も見つかるでしょうが……」
「もしかして、貴公はそういった場所を〝再利用〟しようと考えているのかな?」
「ええ。一から木を切り倒していくのも悪くはないんですけどね。生憎、やるべきコトが残ってますから」
「──父上。私からもこの通り、お願い申し上げます」
「ゼ、ゼノギア……」
「私はメラン殿下のお手伝いをしたいのです。この方ほど、今の世界で光の当たらぬモノたちに手を差し伸べられる方はいません!」
神父殿はいささか、メラン殿への敬服度合いが高くなってしまいましたな。
当のメラン殿は過分な褒め言葉に若干の居心地の悪さを感じているようでしたが。
ともあれ、要求としては充分に許容の範囲内だったのでしょう。
連合王国側も、それなら良さげな土地の情報を提供すると、すんなり首を縦に振っていました。
「白嶺の魔女の魔力と、神代英雄の武器を継承したメラネルガリア王族」
「ガッハッハッ! 恩を売っとくに越したコトはねぇし、地味に厄介だった土地を
「早急に情報は整理して提供するよ」
「今後とも末永く、お付き合いさせていただきたいですからな……」
「なんなら、『大公国』あたりがいいんじゃないかな?」
「ああ、あそこならメラネルガリアとも近いですしな」
と、そんなワケで。
メラン殿には近々、五年ほど前に滅びた小国がまるっと与えられる運びになりそうなのでした。
なんでもその小国は、元はトライミッド連合王国に併呑される予定だったものの、運悪く自然災害や飢饉が重なってしまい、地理的に天然の要害にも囲まれていたため救出が困難だった場所なのだとか。
距離的にも遠く、住むモノもいない。
ならば無理に併呑する必要も無いとして、長らく放置されていた無人の地だそうで。
「併呑前だったから、僕たちが勝手に許可を出すっていうのも変な話ではあるだろうけど、あの辺りにはもう誰もいないからね」
「独立自治権の保証と、メランズール殿の祖国にご連絡をいたしましょう」
これこれこういう理由で貴国の要人に土地を紹介しましたので、悪しからずご了承いただければ。
「別にこの国の貴族になるワケでもないんだから、連絡なんかはしなくても良いと思うけどな」
「とんでもない! ここで我々が何の一報もなくメランズール殿の後ろ盾となれば、のちのち痛くない腹を探られるのはこちらです!」
「メラネルガリアとは国交を結びたいと考えていたんだ。できれば貴公には、橋渡し役になってもらえたら嬉しいなぁ」
「まぁ、顔繋ぎぐらいなら……」
そうして、メラン殿には便宜的に大公の呼び名が与えられました。
しばらくは『群青卿』と、書面の上では洒落た名で通すコトになりそうですが。
あ、ちなみに、考えたのはもちろんワタクシです。
祐筆としての最初の仕事。
メラン殿にはキザすぎるとめちゃくちゃ不評でしたが、他の方からの評判はかなり上々で。
特にフェリシア殿は、なかなかにお気に召したご様子でした。
ワタクシも吟遊詩人としてのセンスが、抜群に光っていると自負しております。
メラン殿の突き進む世界では、きっと何より群青色の空が望まれるでしょうから。
──『夜明け前のダークエルフ』
まだ仮のタイトルです。
しかし、制作中の歌の主題はこれ以上なく明確に定まっています。
生成りの神父。
神と融合した刻印騎士。
そこに五人のホムビヨンも加えて。
メラン殿の周りには、今後も次々に奇想天外なモノたちが集まってくるでしょう。
険しい道のりにはなるでしょうが、彼は英雄として目覚めたばかり。
ワタクシは最後まで、傍で観察させてもらうつもりです。
──おっと、少々私情が入りすぎてしまいましたか?
ワタクシとしたコトが、これはいけない。
話を元に戻しましょうか。
メラン殿は連合王国から、土地を紹介してもらいました。
それに付随して、連合王国は何人かの人員を派遣するコトも約束してくれました。
まぁ、この辺はメラン殿の武威を考慮してのゴマすりでしょう。
無人の大公国にいきなり足を運んでも、人が住める環境を整えるのに手間暇はかかります。
連合王国としては、そのあたりの雑事はサービスとして、最低限の援助をしてくれるみたいです。
宰相閣下のご子息であらせられる、神父殿もいますからな。
五人のホムビヨンの調整。
大罪人はもちろん投獄確定ですので、生き残ったホムビヨンには調整のための錬金術師が必要になります。
神父殿は彼らを引き取り、庇護するコトを望みました。
そこで、チェーザレ家お抱えの錬金術師や薬師などが、しばらくは共に来てくれるようです。
(それ以外のもろもろも、チェーザレ家が主導で面倒を見てくださるとか)
普通のホムンクルスに比べても、五人の感情や自我は極めて乏しい。
きっとリュディガー・シモンによって、徹底的なまでに道具扱いをされてきたためでしょう。
神父殿の献身が、いずれ五人の心を解きほぐすコトに期待です。
と、ここまで来れば。
ワタクシが祐筆役に選ばれた経緯も、大した説明は必要ありませんね?
吟遊詩人は有能なのです。
メラン殿も見ず知らずの文筆家などより、共に旅したワタクシを傍に置くコトを望んでくれました。
旅のサポート係から昇格です。
美しい信頼関係に乾杯。
──おかげで、これからも長くメラン殿の行く末を見届けられそうだ。
おっと、またしても自我が?
油断するとつい己を語りたくなるのが、吟遊詩人の悪癖ですね。
さて、それはさておき。
メラン殿が貰い受けるべき報酬の話は、ここからが本番です。
次のページに続きます。
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tips:群青卿
新時代の英雄、メランズール・ラズワルド・アダマスが国際社会で名乗るコトになった異名。
国家の君主というワケではなく、どこかの国に仕える貴族でもない。
なのにどうしてか、物凄い貴種の雰囲気を感じさせるとして、後々社交界に噂ばかりが轟く。
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