#204「鬨の声は夜染めの夕闇に」



 英気は養われた。

 戦いの準備は整った。


 渾天儀暦6028年1月12日・夕刻──


 俺たちが壮麗大地テラ・メエリタに来て、まだ三日と経っていないなんて信じられない。

 だが、西から迫る夕闇は北部から鬨の声を上げる〝夜〟と溶け合って、世界を刻一刻と闇に染め上げつつある。


 獣神圏の主、死界の王エンディアの時間が間近い。


 そんななか、精霊圏では薔薇の大地精が高らかに謳い上げていた。

 瀟洒なバロン服の伊達男気取りは、実に芝居がかった仕草で同胞たちの注目を集めている。


「──機はついに熟しましたッ! これより始まるは救世ぐぜの戦い! 六千年の時を超えて語り継がれる壮麗大地テラ・メエリタの絵物語! 勝利の一節を刻むのは誰か! 無論! 吾輩たち第四眷属でありましょう!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」


 地水火風空の五大元素ファイブ・エレメント

 岩の防人スプリガンを筆頭に妖精たちすら声を上げて、精霊圏は本格的な反撃の開始に震えている。

 太古の盟約は破られた。

 精霊女王ディーネ=ユリシスは、臣下たちに許しを与える。


 すなわち、決戦の幕を開けなさい──と。


 作戦はすでに話し合い済みだった。




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 ──




「わたくしどもはこのまま、獣神圏との〈領域合戦〉を続けます……」

「すでに三割ほどは奪われましたからな! 巻き返すには吾輩が出張るしかありますまい!」

「男爵もこの通り、珍しく戦意に猛っています。エンディア以外の獣神に関しては、どうかお任せを……」


 精霊圏は現在、獣神圏の獣神多数に侵攻を受けている。

 環境神軍。

 エンディアに忠誠を誓った名のある神たち。

 精霊圏も負けてはいないが、向こうは別格の二柱を送り猛烈な進軍を行なっていた。


 山麓の麋鹿王──照月の真名鹿。

 山門異界を文字通り体現すると云う巨角王冠箆鹿ギガンティスエルクの獣神。

 あの鹿神は、あまりに広範な〈領域〉を持つがゆえに〝山怪〟すら飼い慣らす環境神らしい。


 斜陽の陰影──黒の森の樹冠。

 日が暮れ、深い影が落ちた木立の作る森の闇。

 樹冠が落とす影と、木陰の狭間に紛れる彪虎クァール神もいる。

 静かなる森の殺意。

 多数の彪虎が眷属となり、緒戦はすでに大いに精霊圏の戦力を減らす結果となったようだ。


 薔薇男爵はその二柱を、単騎で相手取るつもりらしい。


「愚かなる獣神ども。山陵の地滑りを欠いて、吾輩に敵うとでも? ……フフ、フハハ、フハハハハハハハハハ! まったく以って笑止千万!」


 獰猛に笑う薔薇男爵は、精霊というより悪魔のような怖さをそのとき垣間見せた。

 が、獣神圏の重大な戦力を精霊圏に受け持ってもらえるなら、こちらも心強い。

 俺たちも反対意見は無かった。

 何より、精霊女王が何の動揺もなく、臣下の勝利をまるで疑っていない顔だったのも大きかった。


「わたくしは〝後詰め〟として控えます……」

「エンディアとは戦わないってコトか?」

「ええ。英雄様の斧は、すでにあなた様の手中……わたくしが出張るまでもなく……そして、あなた様には宿業がございます……」


 死界の王の加護。

 獣神王エンディアと俺の因縁。

 ユリシスは言っていた。

 戦うべきなのは俺であり、勝つべきなのも俺である。

 異論は一切無かった。

 万全を期すのであれば、エンディアと同格であるユリシスも伴って決着に臨むべきだとは思うが、これは俺の為すべき戦いであり、ユリシスには別の役割があった。


「……万が一、終末の巨龍が再臨した際には……わたくしが全霊であの厄災を押し留めます……」


 巨龍の足止めができるのは、精霊女王を除いて他にいない。


「ですが、およそ万全の状態のわたくしであっても、巨龍に抗し得るのはわずかな時間だけでしょう……」

「分かった。つまり最悪の場合、アンタが囮になって俺が巨龍を再封印するってコトだな」

「よろしくお願いいたします……」


 ユリシスは〝最悪〟に備えて力の温存に入った。

 精神霊の感応能力。

 女王の格となれば、情報の収集力にも他の精霊とは差があるのかもしれない。

 昨日話した際にも、かなりの高確率で巨龍は復活するだろうと零していた。

 であれば、その判断を杞憂に変えるべく努力するのが、俺たちの責任だった。


「でも、巨龍圏からの色彩竜カラーズはどうするんだ?」

「そっちは私が受け持ちます」

「フェリシア?」

「さっき、私の中の神様と話したんです。今の私なら、ドレイクの群れくらい簡単にやっつけられます」


 空だって自由に飛べるようになっちゃいましたし。

 フェリシアは苦笑しながら、腕だけをニンゲンに戻して杖を抜いた。

 状態は未だに不明確なところが多いが、どうやらフェリシアと神霊との間で意思疎通が行われたらしい。

 活性化した神性のコントロールを、探り探りながらもスムーズに制御できるようになったみたいだった。


「精霊圏の皆さんにはお世話になりましたし……たぶん、獣神圏に行っても私が先輩の役に立てるコトはありません」

「今のお嬢さんが獣神圏に近づくのは、たしかに控えた方が良いでしょうな! 察するに裡に眠るのは夜に連なる神性とお見受けましたが、エンディアの神気を浴びて覚醒した以上、これ以上は女神の方が自我の主導権を持ちかねません!」

「……と、いうコトみたいなので、残念ですけど私はここまでです」


 フェリシアは悔しそうに、泣きそうな顔で謝った。

 俺は首を横に振った。


「フェリシアが謝る話じゃないだろ」

「でも私、最後まで先輩のそばで役に立ちたかったです……」

「役になら立ってるよ。フェリシアはずっと、最初から俺の助けになってる」


 ドレイクの相手は、フェリシアに任せるコトになった。

 ユリシスが頭を下げた。


「ありがとうございます。巨龍の下僕を、あらかじめ減らしておけるのであれば……」

「お嬢さんの戦いも、無駄ではありません!」

「わたくしどもからも、空いた戦力はドレイクに回すつもりですので……」

「そうか。だってさ、フェリシア」

「──はい!」


 決戦に挑むに当たって、後顧の憂いは無くなった。


「ところで、カプリさんは? さっき白詰草の君と一緒だって聞いたけど」

「そちらもご安心を! どうやら古代圏で、戦況の監視役と共有役を買って出てくれたようです!」

「何かあれば、皆様に即座に情報をお知らせするでしょう……」

「そうなのか……」


 風の精霊とその祝福持ち。

 吟遊詩人も俺たちのために、やれるコトをやってくれている。

 俺とフェリシアは感動して、斯くして作戦は決定された。




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 ──




「それじゃあ、いよいよ始めるとするか」

「吾輩は獣神どもを!」

「私は色彩竜カラーズを!」

「俺はエンディアとリュディガーを」


 叩いて止める。

 壮麗大地テラ・メエリタでの困惑や因縁、数々の問題も、今日の夜を最後に決着をつける。


 暴走を続けるゼノギア。

 五百人の子ども。

 リュディガーが為さんとしている魔術式。


 懸念点は依然として残されているものの、想定される敵戦力を上回り、打ち砕くためのチカラは揃えた。

 英雄の斧に誓って、何があろうと敗北は許されない。

 リュディガーの居場所もすでに割れている。

 ユリシスが見つけてくれた。


(──獣神圏最奥、エンディアの玉座)


 通称、鴉ヶ山からすがせん

 古代圏から帰って行った時、大鴉はそこへ降り立ったそうだ。

 背には魔術師が乗っていたらしい。


 なるほど。


 獣神圏のローラー作戦は、結果的に意味が無かった。

 だが、俺が死霊を送ったコトで、エンディアがリュディガーを救出するための行動を起こす。

 そういった可能性を予見して、だから俺に死霊術を使のだとすれば、やはりユリシスも人間ではない。


 視座の違い。


 今回はたまたま、俺たちと精霊圏側で利害が一致していたから良かった。

 上位存在っていうヤツは、これだから敵に回したくはない。


 さて。


門扉とびらはわたくしが開けましょう……どうぞご武運を」


 開かれた三つの精霊円。

 水と緑の扉を潜って、正念場へ臨む。




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tips:〈領域合戦〉


 格が対等な場合に起こる〈領域〉同士の力勝負。

 精霊圏と獣神圏の場合は現状、実際にぶつかり合っているのは臣下たちのみだが、精霊も獣神もそれぞれの主に忠誠を誓った時点で〈大領域〉の一部に含まれている。

 個々の格に差があっても対等な力勝負が行えるのは、精霊女王と獣神王がまさに互角であるため。

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