#202「片目の黄金、後輩の変調」
──そうして、継承は認められた。
古代圏中枢、正史の国遺跡の頂上。
ピラミッドの最上階で、英雄とその後継者は雌雄を決し。
二つの斬撃は、異なる色を空へ映し出して互いを相殺し合った。
「────フ」
斬撃王ヨキは幽かに笑って消えた。
自らの似姿を
闇は晴れていた。
偉大な王の在りし日の姿は、瞬きの間だけ地上に再臨し。
だが、闇はすぐに英雄を包み込んで、その姿は溶けるように消えていった。
矛盾を許さない世界からの強制。
悲しいまでに残酷な英雄現象の運命。
最後に聞いたのは、「任せたぞ」という簡潔かつ明瞭な一言のみで。
「…………ッ!」
あまりの感無量さに、万感の想いで感謝の礼を取った。
慣れない魔術の発動は、全身に焼けるような熱を回していたが、燃えるような胸の裡が、今は何よりアツくて堪らなかった。
この世界での人生で、初めて他人の力に依らない奇跡を手にしたのだ。
目頭に込み上げる喜びと、ひたすらに光栄な気持ち。
時間に余裕は無いと分かっていても、ほんの少しのあいだだけ余韻に浸る整理が必要だった。
「……よし」
涙は拭いた。
斧は譲り受けた。
深呼吸を挟んで、
そうすると、音が次第に現実を取り戻した。
戦争の音。
獣神圏が精霊圏に侵攻し、〈領域合戦〉が始まっている。
精霊圏は押されている様子だった。
理由は分からないが、巨龍圏からも
北と南から同時に攻められ、二対一の不利に追い込まれているようだ。
「……ドレイクが共謀を図れるワケがない──本能か?」
荒ぶる獣のサガ。
巨龍復活の前兆でも感じ、竜種どもも獣神圏に協調したのか。
あるいは、何か別の理由で同時侵攻が成立しているのか。
獣神圏もといリュディガーに、あまりにも都合が良すぎる情勢の推移。
とはいえ、精霊圏もすぐには沈まないだろう。
精霊女王、ディーネ=ユリシス。
薔薇男爵や白詰草の君もいる。
生まれついての〈領域〉持ちが、そうやすやすと敗北を喫するはずはない。
カプリの身の安全は、まだ心配するような段階じゃなかった。
少なくとも、ドレイク程度ならば何の問題も無いと薔薇男爵は断言していたのだ。
(問題はやっぱり、獣神圏とリュディガー)
争乱の種であるコイツらを、どうにかしなければマズイ。
最初の障害となるのは、山よりデカイ巨影を覗かせている
精霊圏を襲っている
荒熊が死んだからか、今はすでに三分の二を支配下に起きつつあった。
「っつっても、獣神圏の空は全部エンディアが支配してるみたいだけどな」
精霊たちめ。
獣神王が俺にとって因縁の神だと知っていたクセに、敢えて情報を共有しなかったな?
いや、視座が違うせいで単に必要な情報だと見なさなかった可能性もあるか。
エンディアの正体を知っていたところで、俺が為すべき行動は何も変わらなかった。
「けど、やっぱ教えといて貰いたかったな……」
亡者の念さえもまったく見当たらない根拠。
すべては死界の王、闇夜鴉の幽冥界が北部にあったからだ。
エンディアは
ベアトリクスの支配力すら捻じ抑える上位権限だ。
この地で死んだモノは黎明の民以外、すべてがエンディアの夜に取り込まれている。
「ふざけやがって……」
絶対に奪い返してやる。
これまで溜め込んだ鬱憤や悲喜、一言どころかめちゃくちゃ言ってやらなければ完全に気が済まない。
リュディガーもゼノギアも、全員それぞれ三回くらいぶん殴ってやる。
「けどその前に──」
さすがに小休止が必要だ。
今のまま決戦に踏み込んで行っても、体力と精神力が足りずに酷い目に遭う。
秘紋は傷を修復してくれるが、肉体だけが癒されたところで人間は全霊を発揮できるワケじゃない。
それにフェリシアと合流し、方針を固め合って何処をどう攻めるか決めないと、連携不足で判断ミスも招きかねない。
少女の冷静な思考と頭のキレ。
頼れる後輩からも作戦内容に問題無しと言って貰えれば、俺は自信を持って死力を尽くせる。
だから、
「フェリシア──フェリシアッ?!」
ピラミッドの頂上から階下を見下ろして。
少女が力なくピラミッドの段差に倒れている姿を見た時は、凄まじい焦りを得た。
フェリシアは苦しそうに身を捩りながら、落下しそうになっているコトにも気がつかない。
慌てて駆け降り、「どうした!?」と少女の身体を抱き起こそうとし──
「ゥ、ァ──!」
「熱ッ……!?」
触れた手が、思わず引っ込めざるを得ないほどフェリシアは熱かった。
だが、それは北方の人間にはあまりにも慣れ親しんだ感覚。
霜焼け。
凍瘡。
冷たすぎて熱いと感じる肉体の炎症反応。
寒さに強いダークエルフが、しかしそれでも痛みを感じるほど温度覚に刺激を受けたというコトは、フェリシアの体温は尋常ではない温度にまで下がっている。
「低体温症どころの状態じゃないぞ……!」
よく見れば、フェリシアが倒れ込んでいたピラミッドの階段部分は氷結し、氷震の予兆が足元を伝わっていた。
菌界の毒は水気に富む。
フェリシアの周りは今、氷点下18℃以下にまで下がり、
「なんだ、これ……」
黒と白。
既視感しか与えない
地面は黒色の凍土に変わり、その上を純白の氷雪が覆う。
まるで獣神や、魔物の異界景色。
ついさっきまで、こんな変調は何の兆しも見せていなかった。
だというのに、いったい何が起きているんだ?
「フェリシア! フェリシア! 意識はあるかフェリシア!?」
「ァ、ゥアッ、先輩──?」
「何があった!? まさかこれは、還元法か何かを食らったのか!?」
「ちが──ツゥゥッ! わた、し、分からな──何が……アアアッ!!」
吹雪が俺を吹き飛ばした。
フェリシアを中心に、北の突風が渦を巻いて弾ける。
ピラミッドの段差を十から二十。
煽り落とされた俺は、どうにか菌糸のツタにしがみついて少女を見上げる。
「──え」
が、そこにフェリシアはいなかった。
廓大する黒白の大地。
吹き荒れる北の荒れ風。
押し寄せる凍気の真ん中で、うずくまる少女の背には
黒土の翼と白雪の翼──左右で異なる色。
両の側頭部からは黒白混じった斑らの飾り羽が生え、足はふくらはぎの下部からフクロウを思わせる対趾足に。
腕には肘の先から羽毛が生え揃い、手と足どちらにも鋭い鉤爪が備わっていた。
思わず知識にある異界生物の名前が浮かび上がる。
しかし、それは迂闊と言わざるを得ない。
俺の後輩は、片目が
「黄金瞳……」
すなわち、
見紛うはずはない。
その輝きと神秘的な虹彩だけは、俺は絶対に見間違えない。
いつかどこかで、また会えたらと。
ありえもしない幻想に想いを馳せ、十年以上経っても未だに幻視する。
だが、あり得るのだろうか……?
「フェリシア。まさか、オマエ──半神、なのか?」
ケイティナと同じ〈
呟きは風に溶け、フェリシアはそこでフッと意識を失い倒れた。
吹雪は収まり、気温も落ち着いていく。
少女の変貌。
それだけを謎のまま残して。
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tips:黄金瞳
ある神性の証。
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