#201「その先へ」
英雄との戦いは、一秒が経つごとに舞踊のような律動を刻み始めた。
「──!」
「……!」
我も斧使い。
彼も斧使い。
振るい合う得物も同じなれば、戦いの呼吸は自ずと似てくる。
森羅斬伐は
ただし刃の形状は幅広く、対称形の両刃。
正確には
長い柄の先端には刺突用の
あくまでも『斧』の原義を重要視した造りであり、石器時代や青銅器時代から親しまれる〝強者のための道具〟として設計思想が窺える。
斧は古来、木を伐り倒し敵を殺し、武器としても
遠い昔の時代では、斧は王権と結びつけられ、王は往々にして宗教的祭祀の執行者でもあったため、生贄を殺す際の使用、神との同一性を図る意味でも儀礼に重用された。
雷神や戦神の携える武器は、大抵が斧だった。
ならば、古代圏の王、黎明の民が愛した戦士王。
斬撃王ヨキが振るうべき得物として、森羅斬伐がこのカタチに鍛え上げられるのは必然の信仰だったに違いない。
斧には得てして、特別な呼び名も与えられる。
頭斧。
死斧。
殺斧。
総じて意味するのは、〝
ただ一撃、ただ一回。
それさえ与えられれば、後は二つと攻撃の必要無し。
一撃必殺の理念は斧の誇りであり、斧使いにとっての信念でもあった。
「ッ……!」
「────!」
リンデンでの自由民時代、俺は気の合った傭兵たちから幾つか〝斧術〟ってものを教えてもらった。
と言っても、ほとんどが槍術や棒術からの流用で、長柄状の武器なら斧だけに限らず
対人戦を見越した場合、覚えておいて損は無いってんで練習はした。
いま、それが英雄との激突を経て、どんどん昇華されていくのが分かる──。
『短い毒蛇の構え』
柄を両手で握り、地面に対してやや平行になるよう構え、スパイクを素早く突き出す。
相手からの攻撃を受け流すにも、打ち落とすにも向いている牽制と防御の構え。
森羅斬伐は俺の膂力を以ってしても重みを感じ、遠心力に振り回されかねないため、これは隙を減じ距離を保つのに利用できる。
だが、そんな及び腰を斬撃王は許さない。
牽制も防御も、正面から打ち破ってこそ斧使いの誉れ。
距離を開けたいならばちょうど良いと、英雄は斧を右肩から背中へ、担ぎ上げるように上段に構える。
軸足は左。
下げられた右は踏み込みのためのチャージ。
相手の構えを力任せに突破する高い攻撃力が、一瞬で放たれる。
『貴婦人の構え』
名の由来は、高貴な生まれの女性が人前で笑う際、慎み深さから片腕を上げて口元を隠す姿勢と似ているところから取られているようだ。
初めに聞いた時はかなりイメージしづらかったが、ためしにオーホッホッホと笑うお嬢様高笑いを想像したら、確かに似てなくもないと思った。
が、これから繰り出される一撃は、貴婦人の細腕とは似ても似つかない破壊の暴力。
傭兵たちも本質は、『赫怒の構え』だと言っていた。
ロングソードや各種武器にも可能な大攻勢。
しかし斧のそれだけは、逃げて躱して、回避する以外に命を拾う道が無い。
何故なら、ロングソードの操作技法に『殺撃』または『雷撃』と呼ばれる戦闘用法があるのだが。
これは剣を上下逆さまに持ち、刃の部分を両手で持って〝棒鍔〟による打撃を行う破甲衝。
ロングソードですら鎧を壊す打撃力を秘める技であるのに、
よって、出だしの遅い『貴婦人の構え』を見たならば、刹那よりも速く回避行動に移って一撃を見送り──
「……ここだッ!!」
「──!」
振り落とされた相手の斧のランゲット。
刃と柄の接合部を横から踏んで地面に縫い止め、相手の胴体がガラ空きになったところを躊躇なきカウンターで仕留めに行く。
『長い尾の構え』
武器を斜め後方に置き、持ち手を大きく柄尻にまで滑らせる。
滑らせると同時に、左足は英雄の斧を強く踏んでいてすでに踏み込みの状態。
限界まで引き絞り、大きく腰ごと捻った右半身は、弧を描いて最大限の遠心力をも味方につけて横からの半月を叩き込む。
貴婦人の構えと同様、これは隙が大きいが絶大な破壊力を秘めた回し斬りの極地。
斧に成し得る二つの大攻勢の内、縦ではなく横の究極。
(──行ける……!)
この一撃に繋げられた時点で、〈
人類史の重みが加算され、六千年の彼我は埋め尽くされた。
不足していた経験、粗の残されていた未熟な身体駆動。
経験は憑依し、切れ味は概念によって研磨され、単純な戦闘技巧だけなら互角に至る。
然れど!
「──、──!」
「ッ!?」
英雄は迷いなく得物から手を離し、倒れるように後ろへ逃れ。
胴体を両断するはずだった刃は空振りに終わる。
そして、隙を晒したのは今度は俺。
闇人はバク転から獣のように四つ足の姿勢でピラミッドの屋上に着地し、すぐさまこちらに体当たりする。
俺は吹き飛ばされ、その間に英雄は斧を取り戻した。
(ッ、チクショウが……!)
痛みを無視し、当然体勢を立て直す。
だが、こちらの攻撃は森羅斬伐が無ければ相手に届かないのに、向こうの攻撃は森羅斬伐関係なくすぐさま届くという理不尽。
忘れていたワケではないが、時空間の乱れが本当に厄介だった。
「ハァ……ハァ……」
「…………ァァ」
漏れる互いの息遣いは、何を意味するものか。
時間はどれほど経過したのだろう。
まだ数分しか経っていないような気もするし、もう何年もこうして立ち向かっているような気がする。
恐らく、それは向こうも同じだろう。
俺たちはすでに、一振りの斧を通して互いの人生を語り合っていた。
斬撃王ヨキは真に偉大だ。
闇と真向かい、闇と同化するほどに一つの生き方を貫き通し。
黎明を謳い、ついには〝終末〟や〝最強〟にすら刃を突き立てた。
誰も知らず、何も帰らず。
だとしても、我々の生きた轍の後ろに、続くモノは必ずあるのだと。
その信念だけを理由に、現象となってなおも人知れず世界を守り続け──
「ああ……俺、アンタみたいになりたいよ……」
「──」
「もしかしたら、俺みたいな中途半端なヤツじゃ、烏滸がましいって怒られるかもしれないけどさ」
森羅斬伐を握り直し、もう一度構え直す。
奇しくも、記号だけは充分に揃っていた。
生き様は伝説として教えられ、伝説は目の前に事実として像を成して。
戦いは舞踊となり代演となり、照応のための術式はさらに深度を増していく。
神秘の触覚は『斧』を掴んだ──なら、その先は?
「……昔、自分を凡人だって自称する凄いヤツが、同じコトをやってたんだよな」
「──」
「今の俺なら、出来るかもしれない……」
上には上がいる。
どれだけ強くなっても、世界にはそのさらに上がいる。
人間はこの世界で、足りないものを延々痛感させられる運命だ。
だから、アイツは自分を凡人だなんて自称していたんだろう。
アレクサンドロ・シルヴァンは、『木漏れ日』の〈
(当時の俺には分からなかったけど……)
世界を少しだけ識って、魔術を見てきた俺にはカラクリが分かる。
もちろん、だからと言って俺がアレクサンドロほどの術式純度を備えているとは思っていない。
所詮は三十年にも満たない人生だ。
三千年以上の道のりには、ケタからして遠く及ばない。
……だが。
(だが……!)
「──“原初の斬撃は、斧より生まれ出でた”」
「……」
「“爪も牙も、我らは野生より学び刃を研ぎ……”」
格上に勝てる武器を、人類は研鑽と創意、数多の敗北によって鍛え上げた。
落涙と流血、喪失と後悔の激情が熱を灯し鋼を打った。
斧を実際に作った経験があるから識っている。
「“そして、この身は今や一振りの斧”」
斧に付随する人類史の重みを加算されたモノ。
不足している術式純度は、照応によって研ぎ澄まし。
六千年の壁は、強引に登り切る。
無理を通そうとして走るのは世界からの否定。
痛苦となって目の前に火花が散らばるが、問答は無用。
我を押し通し、肉の焼ける激痛に蓋をし、詠唱のための誇りを燃やす。
だって、不可能であるはずは無い。
「“ならば、偉大なる斬撃の王よ……この星で最も闇を斬り拓いたモノよ”」
「…………」
「“我が身は貴方の後継、我が刃は貴方の偉業を決して忘れぬモノ”」
「……ッ」
「“今ここに、黎明の願いを託すがいい”──!」
六千年前の真実、終末の巨龍に抗った黎明の民の伝承。
象徴となる記号は不足なく魔術式を成立させ。
似ているものには繋がりがあり、どれだけ離れたところにいても常に何かしらの相互作用が生じているという世界の理が超常現象を結ぶ。
英雄は息を呑み、俺を見た。
俺は闇であり英雄だった。
世界がスローモーションに見える。
森羅斬伐がさっきよりも手に馴染む。
英雄奥義の何たるかが、頭より先にカラダに理解を届け、
「「──
解号を告げるのは、まったくの同時だった。
継承のための試練は、これにて決着を迎える。
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tips:魔術式・古代記憶接続
アレクサンドロ・シルヴァンの魔術が『木漏れ日』から派生した『神代記憶接続』なら、
メランズール・ラズワルド・アダマスの魔術は『斧』から派生した『古代記憶接続』
先達から後続に受け継がれるモノの証明であり、真に忘れ去られるモノなど何処にも無いのだと、消え去ったモノたちへの福音。
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