#200「一歩進んで二歩下がった」
やはり立ちはだかる──。
ピラミッドの屋上にて、英雄現象がこちら側に再度浮上したのを確認して、エンディアは権能の行使を中止した。
『流星群・死の飛翔』
夜を統べ死を統べ、世界の半分を己が身とするエンディアにとって、自身の権能は絶大を自負する大特権だが。
あらゆる法則を破却する掟破り。
古代圏の英雄、忘却の国の斧使いだけは天敵であると識っていた。
ゆえに、
「────」
「────」
互いの姿を六千年振りに捉え合い、衝突する直前で大きく風を掴み直して。
古代圏の中枢ではなく、外縁だけを〝掠る〟コトで戦場から素早く離脱する。
どのみち自身の〈
後は臣下に任せ、悠々と巣へ戻れば良いと空を旋回した。
「おい。殺らんのか」
不遜な
が、エンディアは矮小なニンゲンの戯言と受け流し、無視して獣神圏へ降り立った。
それとともに、古代圏の夜が幾らか薄まる。
エンディアは
ニンゲンと意思疎通を図る際は、スケールをダウンさせなければうっかり潰しかねない。
「リュディガー」
「なんだ」
「吾はうぬを評価している」
「……」
「うぬは吾が課した試練を乗り越え、吾の契約者となる資格を得た。ゆえに見逃しているが、忘れるでない」
「ハッ! 冥界行の恐さでも今さら説くつもりか? 貴様こそ忘れるな。契約は対等だ」
しばしの沈黙。
それと睨み合い。
程なくして、エンディアは笑った。
「うぬのそういう壊れたところが吾は好きだ」
「そうか。で、なぜ殺さなかった?」
「うぬも見ていただろう」
「英雄現象か。あのまま突っ込んでいれば、勝ち目はあったように思うがな」
「無論、あったとも。だが吾も、まったくの無傷では済まなかっただろうさ」
「怖気付いたか?」
「クク、なに。ただ本命ではないだけよ」
チッ、と。
リュディガーは舌打ちをして苛立ちを隠さない。
この壊人からすれば、エンディアがあのまま古代圏に権能を行使していれば、自らの追っ手や不確定な要素をも片付けられ、エンディアさえも手負いになるという良いこと尽くめだった。
だから、そうはならなかった今の現実が、非常に疎ましくて仕方がないのだろう。
とはいえ、だ。
「魔女のチカラは大きく封じた。こうしてうぬの身は救われ、且つ、吾の望みもじきに叶う。契約履行の刻は近い。クク、クククッ! そら笑えリュディガー!」
「……死神め。せいぜい利用させてもらうとも」
老いた魔術師は『ライン』に足を向け、エンディアから離れていく。
その背中をジッと見つめながら、エンディアは待ちきれない想いで契約者の元に駆け寄るホムンクルスらを観察した。
森羅斬伐は手に入らなかった。
だが魔術師は、代わりとなる手段を持ち帰って来た。
楽しみで仕方がなかった。
六千年の燻りを、あと僅かな時間で燃やし切れると思えば、太古の盟約も破るに値する。
忠誠を誓ってくれている臣下たちを、死地にも追いやれる。
「嗚呼──本当に楽しみだ」
大願成就の刻は近い。
それまではせめて、精霊圏との〈領域合戦〉でもしていよう。
前哨戦だ。
開戦の狼煙だ。
エンディアはこの六千年間、ずっと後悔していた。
仮初の平穏など屈辱の極み。
怯弱な羽虫どもには思い知らせてくれる。
死を司る神だからこそ、エンディアは叫ぶのだ。
「吾に勝利を……! 然もなくば死を……!」
儀式の準備は着々と進んでいく。
王の猛りに呼応して、獣神圏の夜は深まる。
────────────
────────
────
──
信じられない気持ちでいっぱいだった。
目の前に迫っていた『死』が、たったひとりの英雄が姿を現しただけで旋回して去ったのだ。
「たすか、った……?」
へたり、と。
フェリシアが床に座り込んで呆然とする。
俺も気持ちは同じだった。
獣神王エンディア──死界の王。
青色の眼差しは鏡のようで、それだけでも嘘だろと現実を疑ったのに。
鴉の羽ばたきは死の飛翔。
吸い上げられた魂は星へと変わり、星降る夜の絶景こそはあの世への誘い。
古代圏は流星群に抉られて、生あるモノは何一つとして残らないと思った。
それを、英雄現象──斬撃王ヨキが威圧だけで防いだ。
斧の〈
錯覚。不足。もう一段階。
俺が挑んでいるモノの意味を、さらに突きつけられた感覚だった。
死という絶対の運命さえも、英雄は斬り裂き両断する。
その証拠に、古代圏を襲った流星群は外縁だけを掠って獣神圏へ帰った。
掠っただけでも酷い地形破壊が起きているが、〈
何より、空はもう夜ではなくなっていた。
昼下がりの明るさが徐々に戻り始め、それは斬撃王がエンディアを立ち去らせたからだった。
「ハァ……ハァ……」
「────────」
乱れる呼吸を整える。
振り向く闇のシルエットに、改めて偉大を感じる。
それでも、英雄は黙したまま告げていた。
〝アレに臆し、呑まれる程度では、終末には抗えない〟
森羅斬伐を継承するには、もっと研ぎ澄ませ。
斧を構え直し、直立した姿勢で正面から覚悟を問われる。
英雄は再戦のチャンスをくれていた。
ここで挑まなければ、恐らくは二度と機会を与えてくれないだろう。
男として、引き下がるワケにはいかない。
「──フェリシア、少し離れててくれないか」
「せ、先輩……」
魔女化を解除し、深く息を吐く。
エンディアが名乗りを上げた時点で、ベアトリクスの死霊はすべて星になった。
召喚していない死霊も、あの夜が再び翼を広げれば強制的に差し押さえられる。
獣神圏の侵攻を食い止める数的有利が、俺にはもう残されていない。
エンディアの権能をどうにかしない限り、ユトラの七神も永遠に取り戻せない状態になった。
(ゼノギアもいなくなってるし……)
死霊の拘束がなくなったコトで、神父は再びリュディガーを追ったのだろう。
一歩進んで二歩下がったような落胆が心に重い。
けれど、希望はまだある。
英雄はまだ、俺を
「……きっと、こういうのを胸を借りる気持ちって言うんだろうな」
「──我が名は斬█王ヨキ──異█の斧使いよ、『森羅斬伐』を望█か?」
「ああ、望む。俺はメランズール・ラズワルド・アダマス。北の闇も冬の夜も、たぶん俺ほど
黎き両刃斧、森羅斬伐の新たなる担い手となるべく。
名を明かして試練への再挑戦を行う。
フェリシアが意を汲んでくれて、屋上から降りた。
それを合図に、どちらからともなく刃を叩き込む──ッ!
「ウオルァァッ!!」
「────!」
弾ける隕鉄。
火花散る遺跡の最上階。
(余分な
生まれついての呪いも、呪いによるこれまでの鬱積も。
獣神圏と精霊圏の戦いの音も、魔術師のクソ迷惑な企みも、仲間の暴走も心の闇も。
リンデンから絶えずこびりつく悪魔の嘲りも。
遠回りを余儀なくされる己が運命の道筋も。
(いま、この
すべてを放念し、自分自身と相手に向き合え。
壁が高く力が足りず、手を伸ばしても未だ届かないのなら。
届くように足りないモノを掻き集めてでも補え。
もっともっと、深く原風景に身を浸して、必要なピースを探し出せ。
(〈
俺は一度、この目に焼き付けているはずだった。
────────────
tips:化身
アバター。
神は時に様々な姿を取る。
獣神王エンディアの場合は『死神』、『小さき王』、『喪主』、『星辰運行者』のアバターがある。
本体とはまた別の姿かたち。
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