#196「試練の邪魔」



 魔術を為すには、術式が必要だ。

 術式は詐術のカラクリであり、集合的無意識への働きかけ。

 すべての魔術師は生涯を通じて代演を繰り返し、己が〝目的そのものの一部〟であるかのように振る舞い続ける。


 何故か?


 この世には〝似ているものには繋がりがあり、どれだけ離れたところにいても常に何かしらの相互作用が生じている〟という性質があったからだ。


 夫婦が次第に似た顔立ちになる。

 海藻を食べると髪が黒くなる。

 てるてる坊主を吊るせば天気が晴れる。


 迷信と思われていた民間伝承。

 しかし、実際はそれらが〝真実〟だったとしたら?

 気がついた誰かは仕組みを解明し、大昔、魔術師となって多くの術式を発見した。


 魔術師にとって魔術とは、奇跡を起こすために自分自身が奇跡の目覚まし時計になるようなもの。


 目覚まし時計を動かす歯車の一つ。

 部品でありパーツであり、自らを記号シンボルへと変えるほどの長き道程。

 やがて世界に誰からも認められて、アイツはいつも〇〇だよな、と共通のイメージを抱かれれば、晴れて魔術師への仲間入りだ。


 ──では、逆説的にこういうコトは考えられないだろうか?


 魔術師ではない者。

 その生涯で一度として、魔術を為そうなどと考えたコトが無い者。

 そんな人間でも、人生を懸けて一つの営みを続ける場合はある。


 好きでやっているのか、必要に応じてやるしか無かったのか。


 人によって事情に差異はあるだろうが、何か一つの道に邁進し、その道の玄人くろうととなる者。

 時に先駆者と呼ばれ、時に巨匠と呼ばれ、時に専門家と呼ばれ、時に馬鹿の一つ覚えとも呼ばれる者。


 彼らは人生を費やし、たった一つを極める。


 ならば、その人生はその生き方を定めた時点で、一つの魔術式に相当している。


 炎のように苛烈な男。

 絵のように理想を描く人。


 そして、斧のように目の前を切り拓いて進む者。


 ただ一振りの斧のごとく。

 ただ一寸の迷いもなき刃のごとく。

 ただ一点、譲れぬ希望がごとく。


 この身は『斧』であればいい、と。


 剣でも槍でも弓でもなく、鉈や鎌や槌でもなく。

 一番最初に生命を賭した斧だけが、この身を懸けるに足る武器なのだと。

 少年はまさに闇と対峙し、口にせぬまま語っていた。


「ッ──!」

「──!」


 万物の集合的無意識。

 星の霊脈に眠る〈古態元型像アーキタイプ〉へと伸ばす神秘の触覚。

 指先は掛かり、掌握のための戦闘代演はもう少し。

 打ち合う度に意識が飛びかけ、沸騰する血潮は高音のあまり筋繊維の断裂や骨の融解を招く。


 ダークエルフの肉体は熱さに弱い。

 だが、駆動させ続けなければ命は無い。


 暗転する視界。


 然れど、ブラックアウトもホワイトアウトも同じ闇ならば。

 北の極地では日常だったと、息を吸い込み夜闇を視通す瞳でカラダを動かし続ける。

 握り締めている武器が、斧として究極である点も術式の精度を高め、英雄との交錯を重ねる内に不足していた経験スキル。研磨の余地を残していた未熟の部分。


 それらが一斉に、最適なカタチへと研ぎ直される。


 一振りの斧であれと自らを照応させるコトは、必然、斧を使うにあたっての無駄な動作を削ぎ落とし、斬撃の威力と、斧にまつわる概念の相乗効果をも引きずり出しつつあった。


 頸を狙えば〝断頭〟の刃が鋭さを増し、真っ直ぐに上から振り落とせば〝割断〟が範囲を広げ、上下左右を襲う乱撃には〝切断〟と〝破壊〟が、それぞれ人類史の深さを加算した。


 石器時代から変わらない斧の形。


 原初の斬撃は、すなわち野卑なる爪牙の蛮威そのもの。


 しかし、見るがいい。


 有史以来、男たちは誰もが暴力の強さを知っている。

 暴力は雄の価値を測る一種の指標であり、身の丈を越えた巨大な刃を背負って、長柄の両刃斧を担いでは闘争本能に猛る益荒男の姿とは。


 戦士とは何か、勇士とは何か。


 守るべき大切なモノを守るため、男とはこの世界で、どう在らなければならないのか。

 答えは今この瞬間に、ダークエルフの総身に駆け抜けている!


 あと少し、もう少し──


 術式が成立する。

 魔術が奇跡をたしかなモノとする。

 指が〈古態元型像アーキタイプ〉を内側に引き入れ、しかと掌握するまでの残り刹那。

 斧使い同士の決着は、どちらがより斧そのものであるかで厳然たる結論を導き出すだろう。


 その、わずかな〝後一秒〟のところで


「──ぇ、ぁ……?」


 英雄現象が戦闘を止めた。

 激しい戦闘痕を刻んだ王の間。

 互いの熱と高揚は最高潮に達していたはずだったのに、斬撃王は間合いから跳び去り、その軌跡を幾つもの光弾が追尾するように疾走はしった。


 赤、青、緑、白。


 色とりどりの光は爆ぜ狂い、爆炎、雷光となりて闇人を襲う。

 斧はそれらを、一払いで薙ぎ伏せた。

 舞い上がる大量の胞子。

 奥からは老いた魔術師の人影。

 リュディガー・シモンが、堂々と介入して来た瞬間だった。


「──フン。今ので仕留められんのか。六千年物の宝石を使ったのだがな」


 忌々しそうに。

 もしくは無感情に。

 灰色の男グレイマンはチラ、と広間を見渡し状況を見て取る。

 視線は二振りの森羅斬伐を行き交った。


「なるほど。一歩遅かったか? だが、まだチャンスはありそうだ」


 何を、と少年が疑問を口にするよりも早く。

 老魔術師はヒュン! と何かを投げた。

 何かはカラフルに煌めく数種の礫だった。


 宝石。


 それも、かなり高水準のカラット。

 斬撃王すらも回避行動を取った光弾が、瞬く間にダークエルフへ迫る。

 戦闘の粗熱を持続させていた少年は、もちろん打ち払った。


 ドゴォンっ!


 斜め後ろに弾かれた爆炎と雷光が、王の間の壁に大きな穴を開ける。


「ハッ! ふざけているな。英雄現象でもないモノが、六千年に迫るつもりか?」

「……横から出てきて、ごちゃごちゃうるせぇな……」

「水を差されて立腹したか。さてはまだ若い──若いのに、その域か」


 つくづく儘ならん、と。

 リュディガーは吐き捨てるように呟き、舌打ちした。

 魔術ではなく、単に苛立ちを外に逃がすための舌打ちだった。


「まぁ構わん。森羅斬伐その斧を寄越せ、北の覇者の末裔」

「何だと……?」

「見たところ戦える体ではあるまい。無理をせず、私に譲れ」

「……やるワケないだろ」

「そうか? 斬撃王はもうここにはいないぞ?」

「は?」


 言われた瞬間、たしかに英雄現象が消えていた。

 オリジナルの森羅斬伐はまだこの場にあり、継承のための試練は終わっていない。

 なのに、斬撃王ヨキは姿を消し、王の間には二人しか残っていなかった。

 継承を認められ、試練を乗り越えたのだとは考えられない。


「オマエ……何をしたんだ?」

「さてな。私は何もしておらんよ。だがまぁ、英雄はいつの世も自らの向かうべき物語の在り処を知っている。現象に堕したのなら、なおさらに抗うコトは出来まい」

「っ!」


 リュディガーが懐から、キラキラと宝石を宙に浮かせ始めた。

 言っている言葉は意味が分からなかったが、とにかく何かをされたのは間違いなかった。

 英雄現象をこの場から遠ざけさせ、大罪人は森羅斬伐を欲している。


 理由は恐らく、森羅斬伐を巨龍復活に利用するため。


「──ハァァァ……」


 深く息を吸って吐いて、意識を切り替える。

 状況は予想外だが、リュディガー・シモンが目の前に出て来たなら話はシンプルに変わる。

 傷も消耗も秘紋が癒やす。

 茹だるようだった戦闘の熱も、相手が斬撃王でないなら冷徹に。

 死霊を集め、一気に大罪人を無力化するのみ。


「なぁ」

「ん?」

「オマエ、もしかして英雄現象さえどうにかすれば、後はべつに大した障害じゃないって思ってないか?」

「だとしたら、いったい何だ? 使

「心外だよ」


 森羅斬伐を肩に乗せ、魔女化を始める。

 露出している素肌が、黒から白に変わっていく。

 異変はすぐに察知された。


「! 貴様、ダークエルフではないのか……?」

「オマエには、どう見える?」

「……その変貌……半魔? いや違う……まさか、魔女だと?」

「気づいたなら、諦めろ」


 この身はオマエたちが禁忌と数え上げた恐怖譚の一つ。

 白嶺の魔女の忌み名は、ニンゲン……それも魔術師には、絶対に敵うはずのない伝説である。


 リュディガーは愕然と口を開けかけ、真顔になった。




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tips:斧魔術


 術式構築者が名を与えていないため、便宜的に斧魔術と呼称する。

 集合的無意識に眠るオリジナルのイメージ『斧』のアーキタイプを掌握するコトで、人類史における斧の歴史を自身に加算する魔術。

 メリットは身体駆動の最適化と、概念相乗効果の発揮。

 今回はまだ未完成(掴みかけ)の状態で邪魔が入った。

 完成すれば人生そのものが術式であるため常時発動型となる。

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