#194「挑戦と勝算」
小一時間ほどかけ、また地上に戻って来た。
行く時は跳び降りるだけで良かったが、戻る時は上へのジャンプなのでめちゃくちゃ良い運動になってしまった。
死霊の話によると、森羅斬伐は最上層にあるらしい。
「こういう場所じゃ、ありがちだよな」
重要なものは一番上か一番下に。
薄々そんな気はしていた。
下に無いなら上だろうと。
というワケで、フェリシアの後を追う形で俺も上層を目指す。
下半身に蓄積される乳酸がハンパないが、ダークエルフは筋肉量でニンゲンより下駄を履いている。
筋肉痛はこれでもマシな方だと思って、再びの跳躍時間。
「よいしょッ、と!」
足場に困らないのが不幸中の幸いだった。
崩れた階段や変な位置で停止している昇降機はあるが、クライミングや壁キックを強要されないだけツイている。
メラネルガリアの〈学院〉じゃ、最初に双子姉妹の前で壁キックを披露して、殺人孔を潜り抜けなきゃならなかったからな。今じゃ体格的に無理だな。
(代わりに、落とし格子の方を破壊できるようになったけど!)
セラスもティアも、元気にしているだろうか。
メラネルガリアって今どうなってるんだろうなぁ……
遠い異境にあるためか、何気ない思考の寄り道からついつい懐かしい顔を思い浮かべてしまった。
さて。
「……」
最上層まで到着した。
所要時間は体感、四十分ほどだろうか?
最下層から地上まで二時間弱。
そこからプラスで考えると、ピラミッドでの探索もすでに三時間足らずという時間が経過している。
薔薇男爵からもらった
(……けど、フェリシアはまだ調査中かな)
同行させている死霊からこれと言って連絡が無いので、特に危ない目には遭っていないのだろう。
集中して調査しているところに邪魔をしても申し訳ない。
休息をするなら一度、進捗共有も兼ねて一緒にバナナを食べようかと思ったが、後輩がまだ頑張っているのに俺が頑張らないのもな……
「仕方ない」
腹に何かある状態で激しい運動はしたくない。
朝に食べた分はいい感じに消化されている。
ここまで精霊女王のブローチのおかげか、英雄現象とは一度も遭遇しなかったが、そろそろ覚悟を決めて〝王の間〟に行くとしよう。
──王の間。
(そりゃあるよな……)
無いワケがない。
ピラミッドっていうのはそもそも、偉大な王の墳墓だって話が有名である。
ヰ世界にかつての世界の常識を当て嵌めるのはナンセンスかもしれないが、有史以来、巨大な建築物が権力者の象徴だった例は枚挙にいとまが無い。
その上、古代圏の王は今もなお存命だ。
情報体であり、現象としてではあるが、斬撃王ヨキは六千年の時を経ようと生きている。
であれば、王をひとり未来に残すと分かっていた黎明の民たち。
王国がヨキのために、相応の居城を用意しなかったはずはなく。
王であるヨキもまた、愛した臣民の想いを無碍にはしなかったに違いない。
巨大彗星の欠片が最下層にある以上、ピラミッドは一度、徹底的にぶっ壊されていたはずだ。
(なのに、それがどうして今じゃ綺麗な三角錐を取り戻しているんだ?)
答えは知れている。
国が、民が、ヨキのためにピラミッドを修復した。
修復してからこの世を去った。
森羅斬伐はゆえに、最も相応しき広間で眠らされているんだろう。
王が手ずから、そこにあるべきだと判断して。
「──よし」
菌糸の張った通路を歩き、大扉を開けた。
瞬間
(──ッッッ!!!!)
一挙手一投足。
敷居を越えて境界を跨ぎ、その広間へ踏み入った直後。
玉座も何もなく、ただ中心に一振りの斧が床に刺さるのみの空間で。
昨日も接触したあのプレッシャーが、立っているだけで生存を諦めたくなるような絶望感が、総身へ伸し掛かる。
ともすれば、昨日よりも重みを増して。
「……っ」
思わず振り返って辺りを確認するが、闇人の姿は未だ無い。
だが、確実に傍にいた。
すぐそこでこちらを凝視し、俺が斧を手に取ったが最後、ブローチの輝きも意味は為さず。
英雄現象は必ず一呼吸の内に浮上してくる。
「────」
呼吸を落ち着けた。
ふと、外の光が差し込んでいるのに気がついた。
王の間の天井は一部崩れていて、穴の先から太陽の光が届いているのだ。
無数に舞う胞子が、光のカーテンに踊っていた。
斧──森羅斬伐は、その中心で微動だにしない。
近づいて、見下ろして、改めて思う。
──俺にコレを、貰い受ける資格があるか?
──俺にコレを、使いこなす能力があるか?
──高潔で偉大な先人たちの誇りを、穢さない自信はあるだろうか?
答えはもう出している。
「あってもなくても、前に進むには必要なんだよ……ッ!!」
柄を握り、床から持ち上げた。
即座に斬撃王は来た。
「我█名は斬█王ヨキ──異█の斧使█よ、『森羅斬伐』を望█か?」
「ああッ、望むッ!!」
言葉が以前より分かるのは何故だろう?
考える余裕はなくて、大振りで落とされる大上段に下からの斬り上げで激突した。
世界を破壊し合う斬撃のぶつかり合い。
初撃は拮抗。
然れど、彼我の差を改めて識るにはそれにて終い。
同じ武器を使っても、担い手の性能に差がある事実を改めて思い知らされる。
斧使いであるがゆえの痛感。
だが、だが──!
(
魔女化に頼らず、初撃を防げたコトこそ
ベアトリクスの力を頼っても、逃げる以外に優位を得られなかったのは昨日の時点で分かっている。
なら、魔女の霊威は必要ない。
俺は今この瞬間、ただ自分だけの力で神代英雄に抗った。
(後はただ、この勝算をどこまで深められるか──!)
魔法も秘紋も今は捨てる。
余分なモノは選択肢から
俺がこの世界で、最も初めに手にした力だけを!
「ウオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォァァァァァァァァァァァ──ッッ!!」
「────!」
斬撃を弾き返し、斬撃王がズズリッ! と足を滑らせ後退した。
ブラックホールがよろめき、光と空間が揺れ動いて屈折する。
あらゆる闇を斬り払い、あらゆる闇と真向かって来た男だからこそ、この地上で最も深い闇に呑まれてその化身となった。
英雄現象ヨキは、恐らく俺たちと同じ時間感覚に属していない。
ブラックホールは重力が強すぎるがゆえに、その中心に近づけば近づくだけ時空間が乱れ、時の針が緩やかになると云う。
それどころか、ある到達地点に達すれば時間停止すらも有り得ると考えられたはずだ。
光すら辿り着けず、光すら抜け出せない暗黒の穿孔。
こちらが振りかざす刃は向こうに届くまでに何時間もかかり、向こうが振りかざす刃は恐らくその逆。
何故なら、英雄が握る黒塗りの斧だけは、あらゆる法則を破却する世界破壊の刃。
王国一つに値し、黎明を信じた無辜の民の心血そのもの!
今だから分かる。
森羅斬伐は〝黒い〟んじゃない。
(コイツは──〝黎い〟んだ……!)
夜のように。
暗い空を表す黎色。
であれば、俺の目には
たとえどれだけ速い刃の軌跡でも、それが夜である時点で息吐く暇なく浮かび上がらせる。
そうして捉えた後は、
「二撃目ッ──三撃目ッ──!!」
「!!」
弾き、いなし、同じ武器を使っているんだ。
最大限の緊張と最大限の集中を以って、
そして
(────まだだ!)
ここからが、俺の本当の勝算の始まり。
生まれつきの呪いはあくまでも、戦闘を可能にするだけの前提条件。
俺が手にした最初の力、この世界で生きるために幾度と磨き上げた力の本質こそ、斬撃王へ真価を証す何よりの切り札。
さあ、今こそ深く深く身を沈み込ませろ……!
文字通りの死線。
世界破壊の斬撃は、恐らく蘇生すら叶わない。
生命の脅かされる
何も分からず何も知らず、ジワジワと死に瀕するしかなかったあの原風景を。
この身は、何を
手にしている武器は、間違いなく世界最高。
握り締めた手のひらから、熱く感じ取る幾一百億の魂。
何を重ねて
「だから神秘の触覚よ伸びろ!」
これは魔術師ではない俺が、唯一成せる最大の魔術。
(
今この刹那に掌握する──!
────────────
tips:神秘の触覚
魔術師が奇跡を為すために後天的に備える触覚。
本数、強度、速度で以って魔術の質や成功率が変わる。
魔術の修練さえすれば誰にでも得られる。
ただし、知覚可能になる域に到達するのは難しい。
才能が無ければ、人生を懸けた術式でようやく。
以下は『魔法使いと魔術師』より抜粋。
〇~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本数:
・
・本数が少なくても、太ければ劣るものではない。
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