#193「欠片の通り路」
遺跡内部の構造は、予想以上に複雑だった。
一見は単純な様子だったが、見るべき箇所が多いのである。
真ん中に一本の回廊。
中心に行くと大きな吹き抜け。
そこまでは実に単純で、遺跡荒らしや遺跡法則、面倒な障害は度々あったものの、転移系の罠に気をつけてさえいればフェリシアと二人、問題なく探索を進められた。
しかし、吹き抜け。
見上げれば上層は高く、見下ろせば下層は深く。
アビスのように空いた空洞は、まるで
三角錐の構造上、各
下は台地をさらに掘り進めたのか、あるいは〝巨大彗星の欠片が深く突き刺さった〟という件で深い空間が出来上がってしまったのか。
ピラミッドの構造とは関係無しに、やや斜めに広いフロアが続いている。
各フロア間には崩れ落ちたと思しい階段の名残や、中途半端な位置で停止している円盤型の昇降機があった。
上に向かうにしろ下に向かうにしろ、移動するにはアレらへ飛び移れば問題は無さそうに見える。
「私は上に行きますね」
「ん、分かった。足跡は追えそうか?」
「意外とハッキリ残っているので、大丈夫そうです」
「じゃあ、俺は下に行ってくる」
「はい。お気をつけください先輩」
フェリシアは軽快な足取りで上層の調査を開始した。
最初、少女は遺跡荒らしの巻き込み系トラップに少なくない動揺を見せていたが、探索を続ける内に分かったらしい。
今の自分にとって、あのくらいの障害は大した脅威ではないと。
あらかじめ雌狼の群れを先行させておけば、不意打ち系の罠はほとんど潰せる。
(たぶん、学生時代の先入観でオーバーなリアクションを取っちまったんだろうな)
俺が
真新しい足跡。
恐らくはリュディガーのものと思しい痕跡を見つけてからは、フェリシアは自分の役割に至極集中している。
どうやら灰色の魔術師は、下層には足を運ばなかったようだ。
であれば、俺とフェリシアはいったんここで二手に分かれた方がいいだろう。
松明が不要である俺は、フェリシアよりも身軽に吹き抜けの下層へ跳んだ。
死霊術が使えるおかげで、探索の効率は良い。
フェリシアが雌狼を先行させているように、俺も千ほどの死霊を放っている。
下層だけでなく、上層にもそれぞれ千。
獣神圏への派遣も含めると、現状は万を超える動員数か。
だが、全体の規模感が分からない内と、何が潜んでいるか分からない間は、英雄現象ヨキのような例もある。
戦力は小出しにしていく方向で考えていた。
(フェリシアは気にするかな……)
死霊を上層にも先行させているのは、無論のこと『森羅斬伐』が下層にあるとは限らないためだ。
プラス、フェリシアの身に万が一何かがあったら、その異変がすぐに俺の元に伝わるようにするため。
フェリシアの実力を信頼していないワケではないのだが、こればかりは仕方がない。
最善の手を打っておく。
出来るコトがある以上、それをしない失敗は無しにしたかった。
ただ、そのせいで今頃、フェリシアは自己評価が低いため〝心配されている〟イコール〝信頼されていない〟と受け取っているかもしれなかったが。
ま、賢い少女だ。
頭では俺の判断を汲んでくれているだろう。
(……深いな)
下層の底は見えない。
だが、菌界の景色が続いていくのは変わらない。
キノコは日光が苦手だと云う。
陽の光の届かないこういった環境では、神代のキノコも余計に育ちやすいのかもしれなかった。
シトシトとした冷ややかな湿気が、そこかしこから漂ってくる。
「っ、と」
足がヌルッと滑りかけた。
落下死しないよう足元には注意が必要である。
一応、俺は最下層までは行ってみるつもりだった。
森羅斬伐は巨大彗星の欠片を素材にしている。
でも、その欠片はピラミッドに深く〝突き刺さったまま〟らしい。
(精霊たちの観劇じゃ、欠片はかなりデカかったらしいからな)
森羅斬伐を作るのにどれだけの隕鉄を使ったのかは分からないが、英雄現象と会敵した際、斧は俺の目にも充分大型だったが、サイズは人間が持てる範囲だった。
(ってコトは、欠片は十中八九、ほとんどが手付かずで残されているはずだ)
森羅斬伐を求めるにあたって、来歴の一端をこの目で直接確認しておきたい。
世界を破壊し、世界を今の形にした原因そのもの。
たとえ欠片でも、巨大彗星と直に対面できる機会があるなら、実際に見てみたいという思いもあった。
死霊たちから連絡は無い。
「──フゥ」
やがて、小一時間ほど跳び降り続け、俺はようやく吹き抜けの最下層に辿り着いた。
最下層は不思議な形だった。
いや、最下層にある妙な構造物が不思議な形なのか。
パッと見た印象は、縦に長いカプセル状の薬みたいな箱。
上部と下部が楕円形に丸みを帯びていて、とてつもなく大きい。
小さなビルくらいは、たぶんだが容易に飲み込めてしまうだろう。
とりあえず上部に足を下ろしてみる。
「……なんだ、これ?」
足裏で感触を確かめてみるが、分かったのは滑らかな感触と人工物であるコト。この箱だけ菌類が生えていないコト。
「……」
俺はてっきり、ダーツ状の隕石が剥き出しの状態で地下深くに鎮座しているものかと思っていたのだが、待っていたのは謎のオーパーツ。
しかし、その正体はすぐに判明した。
「っ、古エルノス語か……?」
壁面を下っていくと、途中で板金技術で印字された古語があったのだ。
古語は俺の知っているエルノス語の古語と微妙に差異があり、ところどころ読みにくいものもあったが、少しすると意味を掴めた。
そして、
「──
俺はすぐに跳び降りた。
自分が足を置いていたものが、偉大なる先人の墓であり功績そのものだと分かったからである。
床に着地し、すぐに頭を下げた。
「……非礼をお詫びします」
まさか、吹き抜けの最下層に炉が置かれているとは。
しかし、これは考えてみると当然だった。
巨大彗星の欠片を鋳溶かして、隕鉄を素材に森羅斬伐を鍛える。
言葉の上では簡単に聞こえるが、欠片を通常の鍛冶場でどうこうできたはずがない。
そもそも削るためのハンマーやピッケルが無かっただろうし、鋳溶かすには炉心の方を欠片の周りに作る必要があったのだ。
これは、要するにそういう
忘れ去られた王国。
名もなき救世の民たち。
終末に抗った気高き先人。
(彼らはここで身を投げ、その命と魂を燃やし尽くした……)
畏敬を抱くのは当たり前だ。
しかし、そうなると、巨大彗星の欠片は炉の中に隠されてしまっていて対面は不可なのだろうか?
残念、と落胆しかけた俺だったが、外周を確認すると炉には扉があった。
鍵はかかっていなかい。
墓を暴くようで気は引けたが、ここまで来て躊躇はできなかった。
意を決して扉を開けると──
「……そっか」
中には、巨大彗星の欠片を取り囲むようにして、渦状に線を敷かれたレールがあった。
欠片から溶けた隕鉄を受け取って、ゴールへと流し込むための専用の道。
どのレールも一つの鋳型に流れ着いていて、鋳型は言うまでもなく斧のカタチをしている。
中心に聳え立つ欠片は、驚くほど大きい。
一つの王国の民が、漏れなくその命を差し出さなければ溶けなかったという凶つ星。
国一つ捧げられて、それでもなおこれだけの威容を誇る。
小さなビルという最初の印象は、まったく誇張でも何でも無かった。
これで欠片だというのだから、本体はどれだけ大きかったのだろう?
「世界を壊すのも納得だな……」
感嘆とも畏怖とも、戦慄とも言えない妙な気持ちを味わって、炉から出る。
燃え滓ひとつ、灰の一粒たりとも残っていない。
亡者の念、死者の影、青の瞳に映る未練は何も無かった。
(まさか、此処でもそうだとは……)
自らの意思で終末に抗い、託した想いを王が果たし。
一つの王国に値する武器。
世界最強の斧をも鍛え、星の最強種に勝利を刻んだ黎明の民。
未練は無いと言うのか。
後悔は毛程も無いと?
だとすれば、なんて凄絶な生き様──
「…………」
これから挑戦しようとしている
そんな俺に、死霊の一体から連絡が入る。
上層にて斧を見つけた、と。
────────────
tips:古代圏のピラミッド地下
遺跡の中心には大きな吹き抜けがある。
吹き抜けはかつて、宙より来たりし彗星の欠片が深々と刺さり抜けた通り路のようだ。
今では王国の民の墓であり、偉業の証跡たる『炉』を底に残している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます