#192「遺跡という異界」



 一度ピラミッド前まで足を運んだため、異界の門扉はそこに開いた。

 白詰草の君に授けてもらった清風の加護は、まだ菌毒を無効化している。

 さて、ブローチは身につけているが……


「英雄現象は……いないな?」

「一晩経ちましたからね」

「──フゥ。さすがに無いかな? とは思ってたけど、万が一ここで出待ちされてたらどうしようかと思ったぜ」

「ショートカット成功。良かったです!」


 おっかなびっくり辺りをうかがって、俺たちはスッと古代圏に降り立つ。

 作戦会議は終了した。

 朝はまだ早いが、薔薇男爵からバナナを貰ったのでエネルギーチャージは移動しながら済ませる。


「「モグモグ、モグモグ」」


 一家に一体、薔薇男爵。

 出てくる野菜や果物がやたらと美味いので、そんなコトを思いながら街路を進んでいく。

 昨日は例の子どもたちとリュディガー、斬撃王ヨキがいたので探索は出来なかった。


 今日は本格的に正史の遺跡に踏み入る。


 俺は男の子なので、そういう状況じゃないよな、とは思いながらも少しだけワクワクしていた。

 映画の『インディ・●ョーンズ』とか『ハム●プトラ』とか好きだったし、探検物語や冒険小説はかなり好きだったからな。

 大昔の遺跡を調査するとか、実は密かに興奮物だ。

 ピラミッド探索なんて、まさに映画そのものじゃないか?


(この世界だと、呪いや怪物も映画さながらだけどな)


 どうしよう。全身ぐるぐる巻きのミイラ男や蠍人間が出てきたら。

 古代圏のピラミッドはどっちかって云うと、エジプトよりもアステカの風情が漂っているから、スフィンクスとかよりケツァルコアトルとかが出るのかな。

 世界最大の翼竜。うわ、ってコトは竜種? 勘弁してくれ……

 なんて、益体もない思考に沈みかけていると、


「先輩」

「ん?」

「先輩は、遺跡調査ってしたコトありますか?」


 後輩から質問が飛んできた。

 遺跡調査。

 そんなもん、本格的な経験はもちろん無い。

 けど、


「セプテントリア王国時代のヤツなら、何度か見たことあるかな」

「あ、そうなんですね」

「メラネルガリア……祖国の王宮にな、なんか綺麗なヤツがあったんだよ」

「王宮……? あ、そっか! そういえば先輩は王子様でしたね!」

「柄じゃないのは知ってるだろ」


 やめてくれ、とキラキラの視線をいなしながら、もう少しだけ記憶を掘り返してみる。

 メラネルガリアを出た後の二年間。

 小国巡りの間で遺跡らしい遺跡を見つけたコトは……


(──ない、な)


 ただ、朽ちた霊廟やゴーストタウンなんか割りかし目にした。

 死界の王の加護があるせいか、俺は何かと〝死んだモノ〟との縁が強い。


「後は強いて言えば、遺跡って言うほどじゃないけど、秘文字の祠とかだな」

「じゃあ、意外と少ない? ですね」

「そうだな。そうかもしれない。フェリシアはどうなんだ?」

「私ですか? 私はですね……ふっふーん」

「ふっふーん?」

「なんと、エルダースの課程で実地研修があるので、遺跡調査は結構経験があります!」

「お、そうなのか」


 刻印騎士団はエルダース卒業を義務付けられているからな。

 学術機関として、エルダースでは考古学的な面でも教育を行っているんだろう。

 ピラミッドへ通じる道を歩き終わり、いよいよ入り口らしき横穴の前に到着する。


「じゃあ、フェリシア。これから初の遺跡調査となる俺に、何か注意事項とかはあるか?」

「そうですね。エルダースで教えられた遺跡調査の原則として、三つの注意点があります」


 少女は「三つです!」と指を三本立てた。


(……何だろう。遺跡は基本的に貴重で繊細な文化遺産だから、くれぐれも慎重に〜とかか?)


 そう思った俺はしかし、次の瞬間にはやや呆気に取られる言葉を聞いていた。


「一つ、遺跡の調査をする際には『遺跡法則』に気をつけましょう」

「遺跡法則?」

「二つ、遺跡の調査をする際には『遺跡生物』に気をつけましょう」

「遺跡生物?」

「三つ、遺跡の調査をする際には『遺跡荒らし』に気をつけましょう」

「遺跡荒らし?」


 何だよそれ。

 ぜんぜん思ってたのと違うんだが。








 困惑は実際に遺跡ピラミッドに入ってみると、すぐに解消された。


「なんだ。要は遺跡には領域レルム〉があるって話か」

「あ、はい。そうですね」


 フェリシアはしょぼーんと頷く。

 が、蓋を開けてみれば、そう驚くような話でもなかったので仕方がない。


 異界。森や山などと同じだ。


 人の手が長年入らなかった遺跡は、〝遺跡という異界〟になる。

 遺跡自体が、そもそも他とは境界を異にしている特殊な場所だからだ。

 人は古来より、住む世界が違うところに異なる景色を見た。

 こちらと違ってあちらは、野人や山怪、魔物が棲まう領域。

 では、遺跡にはどんな異界景色があると思う?


「人間の困ったところですよね。こういった大きな遺跡には、何か謎めいた秘密の仕掛けが施されていて欲しい──とか。侵入者を待ち伏せる凶悪な罠が、意思を持って稼働しているんじゃないか──とか。古の王の眠りを妨げる愚かな盗掘者が存在するはずだ──とか」


 そんなふうに、共通の景色を幻視してしまったんですから。

 遺跡という異界は、総じて人間が作り出した〈領域レルム〉だと少女は語った。


「なので、等級としては第二級に相当するんですけど、強度はそれほどでもないので第三級に近いんですよね」

「へぇ〜、フェリシア先生はさすが、物知りだぜ」

「えへへ」

 

 つまり、ここは古代圏という大きな〈領域レルム〉の中ではあるが、遺跡内部という区切られた世界では、境界を跨ぐためにまた別の異界も共存し得るようだ。

 相性の良さなどはあるだろうし、ほとんど第三級に近い浅い〈領域レルム〉だからという面もあるかもしれない。


「けど面白いな。ある特定の床を踏んだら、入り口に戻らされて最初から強制再スタートとか」

「あ、たまに置いてある不自然な〝宝箱〟なんかは、見つけても近づかないでくださいね?」

「ミミックか?」

「はい、とにかく不自然な物があったら、大抵は遺跡生物です。強制的な転移とかは遺跡法則の一種で、あとは──」

「アレか?」


 菌糸に覆われたピラミッド内部の通路。

 俺は松明が要らないが、フェリシアは暗視不可なので松明で前方を照らしていると、薄汚い身なりの如何にも愚かそうな小男が現れた。


 だが生きた人間ではない。


 小男の体には矢や石槍が刺さっていて、にもかかわらず血の一滴も流れず、それでいて苦しむ素振りもなく普通に歩いているからだ。

 黎明の民の生き残りではないだろう。


「先輩! アレが遺跡荒らしです!」

「はぁ。で、アレは具体的にどう迷惑なんだ?」

「マ、マズイですよ! 遺跡荒らしは遺跡にある罠に、ことごとく引っかかっては自滅するんです!」

「哀れな存在だな……」

「呑気に眺めている場合じゃなくてっ、遺跡荒らしは自分ひとりだけが罠にかかればいいのに、近くにいる私たちまで巻き込むんですよっ!」


 ……ほう?

 話している俺たちの前で、遺跡荒らしがズデッ! と転んで床をガコンと凹ませた。

 直後、


 ──ゴロゴロゴロ。

 ──ゴロゴロゴロゴロ。

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ──!!


 何かが完全に作動して転がって来る音がする。


(というか、回転する丸岩ローリング・ロックじゃね?)


 通路の正面、まさかの一本道。

 奥に見えるのは、次第に近づいてくる縦横幅いっぱいの物理的大質量だった。


「────うん、古典的だ」


 まさか古代圏の探索に、こんなイベントが待ち構えているとは。

 にしても、考古学者って大変な職業なんだな……道理で映画はアクションシーンが多かったワケだぜ。

 フェリシアの前に出る。


「あ、先輩っ?」

「少し耳を塞いでろ」

「え──まさか」

「そのまさか」


 呪文を唱え、人生で最も物理破壊力の高い攻撃を思い浮かべる。

 そう、巨人の銛突きとアルマンドさんの弩──


 “弩砲バッリストラ


 回転する丸岩ローリング・ロックくらい、もう慌てふためく脅威じゃない。

 罠は正面から破壊した。




────────────

tips:遺跡調査の注意事項


 ①遺跡法則:転移系、毒沼系、ギミック系の罠

 ②遺跡生物:擬態系、誘惑系、魅了系の罠

 ③遺跡荒らし:遺跡法則の罠を利用する巻き込み系の罠


 なお、遺跡荒らしの虚像は精神的にもイライラを誘うため、考古学界では地味に精神攻撃系とも呼ばれている。

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