#191「作戦会議」



 さあ、作戦会議の時間である。

 壮麗大地テラ・メエリタで迎える三日目の朝。

 驚きの事実や恐るべき歴史が紐解かれ、ここまでに出揃った謎はおよそ解き明かされた。

 では、次に俺たちが取るべき行動とは?


「リュディガーを捕まえる」

「ですね。私たちの目的は変わりません」

「人界だけでなく、世界すらも脅かさんとする大罪人。連合王国からの依頼もありますが、この使命はもはや〝救世〟に値する難行かと」


 毛並みを整え終わり、顔を洗ったカプリが合流した。

 救世。

 たしかにこれはそうだ。

 俺たちの旅の目的は、元は単なるテロリストの捕縛だった。

 だが、今となっては〝終末の巨龍を復活させないため〟という動機も加わって、重い責任が加算されている。ふざんけんなよマジで。

 コメカミを片手で押さえながら、頭痛を堪えた。


「今、リュディガーは獣神圏にいる」

「薔薇男爵殿の言によれば、獣神王エンディアの庇護下に入ったそうですな」

「私たちが精霊圏で庇護下に入ったみたいに……」

「獣神圏側の動機と意図がよく分からないけど、太古の盟約は破棄される寸前だって考えた方が良さそうだ」


 巨龍復活を目論む大魔術師を庇護下に置くというコトは、それすなわち巨龍復活に加担しているのと同義。

 かつては古代圏と精霊圏と一緒に、巨龍の封印に協力したらしいが、何かしらの心変わりがあったのか。

 あるいは、


「獣神圏が騙されているって可能性はないんでしょうか?」

「というか、そもそも獣神が人間と意思疎通を図るものなので? 自然はただ、あるがままにそこにあるか、怒りを以ってワタクシたちに思い知らせるか」


 そのどちらかでしょう、と。

 吟遊詩人は当然の引っ掛かりを口にする。

 でも、それは壮麗大地テラ・メエリタの外の常識だった。

 フェリシアが首を振った。


「精霊女王には名前があります。獣神王にも名前があります」

「つまり、個として確立された存在規模イデア・スケールの持ち主だ」


 名があるというコトは性格があり。

 性格がある神は擬人化される。

 実際にヒトガタを持つかどうかは知らないが、古来から変わらない神の共通的な性質を思えば、獣神王エンディアが〝言葉〟を持っていても不思議は無かった。

 言葉のあるものは言葉に振り回される。


「とはいえ、相手は獣神のだ。リュディガーがどれだけ舌の回るヤツかは知らないけど、地力として人が神に劣っているのは揺るぎのない現実」

「神であり王であるモノが、そう簡単に騙されるかって話でもあります、よね……」

「なるほど……精霊や妖精ですら、人間とは視座が違いますしな」


 獣神の知覚範囲や視点が、どこまで大局的であるか次第で〝騙し騙され〟は論外になるだろう。

 魔術師が如何に世界に対する詐術のプロだとしても、獣神を相手にするのは普段と話が違うはずだ。

 したがって、


「リュディガーと獣神圏は、たぶん俺たちと精霊圏みたいに、どっかで利害が一致したんだろう」

「詳しい事情は分からないのですか?」

「残念ながら……」

「獣神王も吾輩らの目と耳は知っておりますからな! さすがに異界法則で防がれては、ザックリ! パッカリ! 大まかにしか分かりませぬ!」


 カプリに顔を向けられた精霊たちが、揃って肩を竦める。

 精霊圏と獣神圏は、もともと敵対していた勢力だ。

 互いの能力や手の内は、六千年前からある程度抑えているだろうし、精霊の精神感応能力とかいう情報戦で超絶有利な反則を、向こうが初手で防ごうと思うのは当たり前の判断だった。


「何にしても、リュディガーは獣神圏と協力体制にあるって仮定で動いていこう」

「となると、問題は獣神の戦力がどの程度のものかですね」

「俺たちはリュディガーを捕まえて、さっさと壮麗大地テラ・メエリタから引き上げたい」

「だがその目的を達成するには、障害が増えたワケですなぁ」


 一つ、獣神圏のどこにリュディガーがいるか。

 二つ、リュディガーを捕まえるために獣神圏に向かえば、当のリュディガー本人は無論のこと、五百人の火の玉使い、獣神王、獣神王の配下と戦闘が免れない公算が高い。


「リュディガーの居場所を探るのは、死霊術さえ制限されないならローラー作戦でどうにかなる」

「許可します。皆には触れを出しましょう……」


 ユリシスが大々的に保証してくれた。

 頷いて、よろしく頼むと念を押す。

 しかし、重要な問題は二つ目の敵戦力の方だ。


「この際、リュディガーとあの五百人については、いったん度外視しよう。垣間見た能力はかなり凄かったけど」

「先輩に、いえ、白嶺の魔女には敵わない?」

「──ああ。たぶんだけどな」


 リュディガーの想定脅威レベルは、憤怒の英雄に一歩劣る準英雄級。

 そこに五百人の子どもたちを加えたとしても、数の差は死霊術の前に無意味であり、リュディガー単体ならベアトリクスの方が上なのは決まっている。

 たとえどんな大魔術が待ち構えていても、ニンゲン個人の寿命で叶えられる超常現象には奇跡のストップ高がある。


「ニンゲンの悲しき非力。彼奴等には同情しましょう」

「それでも、獣神王とその配下が出てくれば話は別だ」


 獣神王は精霊女王と同格。

 配下の獣神は何体いるか分からないが、一体一体は薔薇男爵と同格だと考えられる。


「認識に相違はあるか?」

「ありませぬ! もっとも、吾輩はヤツらの三柱に比肩しますがな!」

「男爵……見栄を張らないように……」

「ええ!?」


 真偽はともかく、つまり圧倒的な上位存在が信じられないほどわんさかいる。

 壮麗大地テラ・メエリタはまさしく人外魔境そのものだ。

 この事実を踏まえると、獣神圏との戦いはかなり厳しくなる。


「まず、俺は格で負けてるからベアトリクスの力を抑圧される。少なくとも獣神王がじきじきに出てくれば、後は寄って集ってフルボッコにされる」


 死ではなく、自然に還るという形で生き方を変えられた場合でも、秘紋は俺を元の形に蘇生してくれるだろうか。


「先輩が敵わなければ、私だって敵いません」

「一介の吟遊詩人も無力」

「つまり詰み」


 現状の戦力では、百回挑んで百回負ける未来しか訪れない。


「……まぁ、ゼノギアは助けられるかもしれないけど」

「神父殿は暴走し、リュディガー・シモンを追って行った」

「先輩が死霊術で大罪人の所在を明らかにすれば、その途中でゼノギア神父も見つかる可能性が高いですよね」

「ゼノギアがまだ生きてれば、だけどな」

「触れは出し終わりました。第八の技、どうぞご自由にお使いください……」


 ユリシスの言葉に腕を魔女化させる。

 途端、庭城の周りにいた精霊たちがムッとした気配を醸しながらも、しかし文句は言って来なかった。

 死霊術の解禁。

 さっそくローラー作戦を開始する。


「おお……」

「死と冬の女王の下僕! 吾輩らとはまさに相容れぬ力!」


 どよめく反応に軽くかぶりを振りつつ、話を元に戻す。


「捜索と捕捉はこれでいいとして、俺たちの戦力についてだけど」

「ぶっちゃけ、ワタクシは完全な非戦闘員ですので、今日からは精霊圏に留まろうかと思います。なので、ノーカウントでお願いいたしますぞ」

「え? あ、いや、分かってますけど……」


 カプリは苦笑で頭を掻いた。


「吟遊詩人は戦う力を持ちませぬ。今日に至り、さすがに自分なりに結論を出しました。メラン殿たちのサポート係として、ワタクシは何をすべきか? 答えはここで、楽器でも弄りながら大人しくしているコトです」

「カプリさん……」

「なに。精霊には及ばずとも、ワタクシも耳は良いですからな。ご活躍には常に耳を澄ませていますよ」


 なので、旅の仲間の飛び入り参加であるワタクシのコトは、どうか気にかけずに行動してください。

 白毛と緑衣の羊頭人シーピリアンは、微笑んで身を下がらせた。

 一歩だけの行動だが、カプリなりの最大限の協力方法だと態度で伝えられた。


「……ありがとうございます」

「私も、先輩に比べたらカプリさんと同じくらい、弱っちいんですけどね……」

「フェリシア殿は大丈夫でしょう。勇敢で聡明な少女騎士は、いつだって歌物語では華ですからな」

「……ええ? なんですか、それ?」


 フェリシアが笑って、頷いた。

 戦力の話をすれば、少女が自分を足手纏いだと思うのは分かっていた。

 しかし、フェリシアはそれでも、カプリのように〝戦いから離脱〟はしない。

 この娘は旅の最初から今日に至るまで、ずっと〝自分にできる限りのやり方〟で俺の助けとなる姿勢コトを貫いている。


 どちらにも、ありがたいという想いしか無い。


「……俺たちの戦力は、俺、フェリシア、そして精霊。ただし」

「わたくしたちは実際に太古の盟約が破られるまでは……」

「こちらから禁を破るコトはありませぬ!」


 精霊女王の意志は固いだろう。

 古代圏の王、斬撃王ヨキへと向けた想いの丈。

 自分たちの手で火蓋を切るのは、精霊圏に限って有り得ない選択。


 よって、現状の戦力は著しく低いと言わざるを得ない。


「そこで考えられるのが、二つの意味を持つ作戦行動だ」

「何かいい考えが浮かんだんですか、先輩?」

「とりあえず、現状の俺たちに取り得るベストな選択だとは思ってる」

「して、その考えとは?」

「当然、戦力の補強と敵への嫌がらせだ」


 今朝、お誂え向きにもユリシスから提案があった。

 古代圏の遺跡にはオリジナルの『森羅斬伐』があり、あの斧を継承すれば俺には巨龍にすら通用する武器が手に入る。

 世界を破壊する斬撃は〈領域レルム〉すら斬り裂く英雄奥義を秘め、それがあれば格がどうこうという問題は一気に解決だ。

 むしろ、相手の格が高ければ高いほどに『森羅斬伐』は相手にとって致命的になり、正直、話を聞いた瞬間から是が非でも欲しくて堪らなかった。


「獣神圏への直接行動を起こす前に、古代圏にもう一回行く。んで、俺は英雄の斧を──遺風残香レリックを譲り受ける」

「けど、あそこには英雄現象が……」

「遺跡を探索するとしても、途中でバッタリ斬撃王が現れたらどうするのです?」


 英雄現象は神出鬼没。

 いつ現れて何処に消えて、何が切っ掛けで浮上するか分からない。


「それにエルクマンだって、遺跡へ入ろうとしたらきっと怒りますよね……?」

「その点に関しては、ご心配ありません……男爵」

「はは! 皆様、こちらのブローチをどうぞ!」


 ユリシスの合図で、薔薇男爵がアクセサリーを運んで来た。

 青黒い翅の蝶を模したブローチだった。


「それはかつて、古代圏から精霊圏へ友好の証として贈られた品です……」

「美しい造形! 見事な仕事! 黎明の民は手先が器用でした!」

「なので……ブローチを身につけている限り、英雄様やエルクマンが皆様を襲うコトはないでしょう……」

「確約できる品なのですかな?」

「……遺跡の探索をする程度であれば、そう思っていただいて構いません」


 だったら、初めからこれを寄越して欲しかった。

 カプリは無言でそんな顔を作りながら、不満を飲み込んでいた。


「綺麗……でも」

「ブローチをつけていても、さすがにオリジナルの『森羅斬伐』を手に取れば英雄現象は出てくる。そういう話だったな?」

「はい」

「さながら聖剣を抜いた王のごとく! 後継たる資格を問う試練の時は必ず来たれり!」


 ブローチは道中の安全を保証するお守りアイテムに過ぎない。

 無いより有った方がマシとはいえ、ボス戦は不可避という話だ。


「先輩。だけど、どうやって勝つんですか?」


 フェリシアの心配も無理はない。


「……ま、考えはある。上手くいかなかったら、即逃げ帰ってくるけど」

「え、そう、なんですか……?」

「信じてくれるか?」

「……先輩がそうおっしゃるなら、私は信じます」

「うん」


 健気な後輩は本当に得難い。


「でだ。俺が『森羅斬伐』を探したり英雄現象と戦いになったりしてる間、フェリシアにはリュディガーの嫌がらせをお願いしたい」

「! どうやってですか?」

「あの魔術師は古代圏のピラミッドで、何かをしてただろ?」


 恐らくは巨龍の封印を解くにあたっての何かを。


「んで、魔術師が奇跡を起こすのに色々と準備をかけるのは、だいたい〝記号集め〟が一番重要だって相場が決まってる」

「術式を構築するのに必要な、触媒や魔力源の調達ですね」

「そうだ。だから、リュディガーが構築しようとしている術式を成り立たせないよう妨害さえできれば、巨龍は復活なんてしない」

「ってコトは、私は大罪人が作ろうとしてる術式の完成形を推測して、必要なピースを揃わせないよう邪魔をする……これなら、私にもできます!」


 ふんすっ! と。

 フェリシアがやる気に漲った。


「差し当たっては古代圏のピラミッドで、大罪人が何をしていたか調査ですね!」

「あ、ああ」

「……いやはや」


 カプリと一緒に、思わず笑みを溢す。

 フェリシアは頭のキレが早い。

 そのせいで頼もうとしていた内容を、こちらが声に出して説明するより先回りして理解されてしまった。

 話が早くて助かるが、こういう資質を本人はどれだけ自覚しているのか。

 有能である証は、何も戦闘能力だけには限らない。


「作戦会議は、終わったようですね……」

「では皆様、ご武運を!」


 異界の門扉を開き、古代圏へと再び赴く。





────────────

tips:精霊女王のブローチ


 古代圏から精霊圏に贈られた友好の証。

 精霊女王ディーネ=ユリシスをモチーフにした青黒い蝶の翅飾りである。

 斬撃王ヨキが国一番の細工師に作らせた物で、六枚翅の数だけある。

 ユリシスの宝物。

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