#190「レリック 遺風残香」
翌朝になると、ユリシスが話したいコトがあると言って俺を呼び出した。
「話したいコト? 俺だけにか?」
「はい……いえ」
「どっちだよ」
「お二方にも、後でお話いただいて構わないのですが……今朝はまだ眠っていらっしゃいますので……」
どうやら気を遣って、一足先に身を起こした俺だけを呼んだようだ。
昨日のように全員一緒に聞いておくべき話ではないのか。
あるいは後で、俺の方から情報を共有して貰えばいいと思っているのか。
とりあえず、穏やかな春の暁が涼やかに昇り始めている真っ最中なので、俺は二人をまだ寝かせておくコトにした。
庭城の泉の、テキトーな岩に腰掛ける。
「それで、話って?」
「英雄様の斧についてです……」
「『森羅斬伐』?」
「はい……」
寝起きであるためか、ユリシスも昨夜よりかなり気怠げだった。
精霊に睡眠は必要ないと思うが、薔薇男爵がダウナーとまで明言した件もある。
ユリシスは個としても確立された自我を持っているようだし、見た目もかなりニンゲンに近い。
睡眠欲はあるのかもしれない。
「あの斧がどうかしたのか?」
「……実は、あの斧は二本あります」
「は?」
一瞬、意味が分からなすぎて脳が壊れたかと思った。
「ちょちょちょッ! は? いや、え、はぁ!?」
「大声……やめて……」
「どういうコトだよ!」
巨大彗星の欠片、凶つ箒星の隕鉄を素材にして鍛えられた〝世界破壊〟の斧。
黎明の民の想いを受けて、人の世界を拓くのに障害となるモノ=闇を斬り裂く英雄奥義の由縁。
(昨日は伝説の武器だと散々っぱら聞かせておいて、実は二本ありますだぁ?!)
もしや、またも謀ったのかよと思わず疑念に駆られて、つい怒鳴ってしまった。
そのせいで、少し離れたキノコ笠のベッドで、フェリシアとカプリが寝ぼけ眼を擦りながらも起き上がってしまう。「ん……先輩?」
「────」
耳に入った後輩の声に、深呼吸して気分を落ち着かせた。
「怒鳴って悪かった。でも、どういうコトだ?」
「……こちらこそ、言葉足らずで申し訳ありません。正確には、本物と偽物があるのです」
「本物と偽物?」
「ひとつは昨日お話した通り、古代圏の民たちが心血を注いで鍛え上げた本物の『森羅斬伐』……」
「もうひとつは、六千年の内に英雄現象の範囲内に含まれてしまった、言うなれば情報体の『森羅斬伐』ですな」
朝であるのを弁えているのか、薔薇男爵が声を抑えて静かに補足した。
後ろからやってきた大地精は、「女王。口下手なのですから、一人でご無理なされるな」と主君を窘める。
ユリシスは拗ねたように視線を逸らした。
多弁な薔薇男爵に比べれば、たしかにユリシスは口下手で言葉足らずなところがある。
が、
「情報体の『森羅斬伐』?」
「左様。しかし誤解なさらぬように。ヨキ様も初めの内は、たしかに本物を使っておりましたし、あの斧はこの世に一本だけでした」
「それが、だいたい千年? 二千年? を経た頃合でしょうか……」
幅がザックリし過ぎている。
「ある程度の歳月が経った頃に、本物が遺跡に置かれるようになりました。一方で、英雄現象たるヨキ様は、二振り目の斧を携行するようになっていたのです」
「恐らく……英雄様に対する信仰が、世界から〝更新〟されたのだと思われます……」
「古代圏にはヨキ様の他にも、神代の末裔がおりましたでしょう?」
「……エルクマン、か?」
然り、と。
薔薇男爵はやはりその気になれば、いつでも落ち着いた会話が可能なのか。
まるで一廉の貴族かのように、尊敬を勝ち取る雰囲気を滲ませていた。
「見て分かると思いますが、エルクマンはヨキ様たちとは別の民族……というか、別種族です」
「彼らは所謂ところの、〝まつろわぬ民〟……ヨキ様の王国には非服従の種族でした……」
「だから当然、六千年前の終末の巨龍との戦いにも参加はせず──しかしながら、彼らはヨキ様と黎明の民たちの偉業に、心から畏服したのでしょう」
以来、英雄現象『斬撃王』ヨキを信仰し、古代圏の国遺跡をジャガーマンなどの怪人類から守るようになった。
「菌界の生物に関しては、エルクマンもヨキ様の意向であると理解しています。そのため、好き放題無節操に成長させていますが、あれでも他の外来種などには厳しい態度を取りましてな?」
「現に、リュディガー・シモンの配下の者を……命を賭して排除しようとしていましたね……?」
「……アレは、そういうコトだったのか」
エルクマンはヨキを信仰し、千年単位の時間が経ったコトで英雄像にも変化が訪れた。
情報に更新が入り、英雄現象は『森羅斬伐』とセットで語られるのが当然になったのだろう。
結果、本物の『森羅斬伐』は遺跡に鎮座され、ヨキは情報体の得物を持ち歩くようになったに違いない。
「なるほどな。二本ある理由は分かったよ。でも、次からはもっと上手く説明してくれ……」
「だそうです。女王」
「……」
ぷい、と。
美女が斜を向いて拗ねた。
意外と可愛らしいところもある。
慣れない内はだいぶ振り回されそうだが、しかし今の話でちょっとした疑問も浮かんだ。
「エルクマンは神代の種族だよな? なのにどうして、エルクマンはヨキと違って現象化してないんだ?」
「アレらはまず英雄ではない、というのが一点。続いて、アレらはもう純粋な神代人ではない、というのが二点目です」
「エルクマンは
「ムーセリオン。エルクマンとは近縁種の種族です」
「ふぅん? エルフとダークエルフみたいなものか」
生まれも故郷も違うのに、〈渾天儀世界〉には近縁種が存在する。
察するにエルクマンにも、ムーセリオンという現生種族がいたんだろう。
純粋な神代人ではなく、あくまで混血の末裔だというなら、世界から矛盾のフィードバックも返らない。
理屈は通っている。
「それで? 『森羅斬伐』が二本あるってのは分かったが、それがどうかしたのか?」
「……あなた様は、レリックをご存知ですか?」
「レリック?」
「またの名を、『遺風残香』ですな」
「いや、特に聞き覚えは無いが。英雄現象と同系統の話か?」
だとすると、俺はあまり明るくない。
「──レリックは、主に英雄の遺した武器や所持品を指す言葉です」
「あ、フェリシア……悪い、起こしちゃったな」
「いえ、大丈夫ですよ先輩。どっちみち、もう朝ですもんね」
欠伸を少しだけ噛み殺しつつ、少女が花の笑顔で「おはようございます」と挨拶した。
身支度は軽く済ませ、さっぱりとした顔だった。
振り返ると、カプリはまだベッドの上で毛並みを整えている。
「おはよう。エルダース卒業生は、さすが詳しいな。英雄が遺した武器や所持品?」
「はい。多くは無形であり、通常は目視できないことがほとんどです。でも、ごく稀に伝説の古戦場や、神話のモデルとされたような土地では、すでに調査済みの場所にもかかわらず
レリックの意味は〝過去の遺物〟である。
「たまに英雄の遺体や遺骨を材料にした禁具を指してレリックと呼ぶ地域もありますけど、基本は英雄の遺風であり残香……英雄が編み出した固有の戦技などを再現可能にする武器。それがレリックです」
「? よく分からんが、英雄現象の武器だけバージョンみたいなものか?」
「少し違います」
英雄現象の場合、生きた英雄本人が情報体に変質して半ば現象化しているため、英雄は自身の物語に行動を制限される。
人間らしい自我は失われて、特定の行動パターンだけを繰り返すといった影絵の投影物に変わり果ててしまい、いつ出現するかも分からない。
「だけど、レリックの場合は現象ではなくて、本物なんです。英雄が実際に使っていた武器や道具が、英雄の遺風残香を浴びて昇華され、普通なら朽ち果てているところを当時のままの姿を保った物を云います」
「──そして、それらは英雄と同様の奥義を後継者に譲るのです!」
薔薇男爵の調子が戻ってしまった。
フェリシアが合流したコトで、気を遣う理由が失せたと判断したのだろう。
スタッカートがダークエルフの耳にはまだ辛い。
「ってコトは、古代圏の遺跡にある本物の『森羅斬伐』が、その
「女王!」
「そうです……あなた様にはオリジナルの『森羅斬伐』を、継承する資格があります……」
「! 俺に? ……斧使いっていうところ以外に、共通点があるとは思えないが……」
「その一点が、何より重要なのです……」
精霊は見透かす
「ご自身ではまだ分からないのかもしれませんが……資質は備わっています」
「ヨキ様がリュディガー・シモンの追討ではなく、途中で皆様に標的を変えたのも、恐らくは兆しを感じ取られたからに違いありません!」
「……兆し?」
「ええ! 現象ならざる本物の『森羅斬伐』を! 巨龍復活の懸念が浮上した今こそ! 託すに足る後継が現れたのやも知れぬと……!」
「それが本当なら、とんでもない買いかぶりだ」
「先輩……」
光栄ではあるが、俺は自分をそこまでの器だとは思っていない。
少なくとも精神については確信している。
(だって、自分の命を捨ててまで後に続くモノを守るとか……)
俺に出来るか? そんな献身が。
本物の偉業を知ってしまうと、芯に眠る〝ニンゲン〟の俺が足を竦ませてしまう。
「……でも、そっか」
斧。
終末の巨龍にすら打ち勝った最強の斧。
俺はずっと、そういう武器を探していたんだったよな……
「……わざわざこんな話をしたってコトは、本物の『森羅斬伐』を譲り受けても構わないって意味だよな?」
「──あなた様が、真に英雄様の後継者足り得るならば」
なら、挑戦する価値はたしかにあった。
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tips:レリック
遺風残香。
英雄の所持していた武器や道具が、英雄ゆかりの地に時を経て具現化する。
本物の遺物であるこれらは、普通ならば朽ち果てていて然るべき経年劣化を、まったく感じさせない。
千年以上経っていても、当時の姿を鮮明以上に保つ。
そして、かつての所有者であった英雄の遺風残香を浴びて、その奥義を相応しい後継者に譲る。
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