#186「闇人の正体 英雄現象」



「未確証に分類されたものについては、すべてご認識の通りです……」

「分析、考察、推測、仮説思考! 総じて的外れなく!」

「わたくしどもの識見とも、一切のズレはございません……一部、皆様のなかでまだ、わたくしたちを信じきれないがゆえに確信を持てていない……そういうものもあるようですが……」

「それらは時が来れば、自ずと真実が明るみになりましょう! ゆえに吾輩らの立場としては、いずれも! 正解! ここで太鼓判を押しておきます! ハッハッハ! 吾輩、実際の太鼓判など一つも持っておりませんが!」

「……」


 ユリシスが少しだけ、煩わしそうな雰囲気を薔薇男爵に向けた。

 建設的な話を進めようとした矢先に、要らぬノイズを混ぜ込む臣下の性質。

 慣れた様子ではあっても、女王とて時にはムッとしてしまうのかもしれない。

 反応すると余計に脱線なのだろう。

 ユリシスは一呼吸挟むと、フェリシアが作った空中の文字列を自分の傍に手繰り寄せた。


「ぁ」

「六番、七番、九番、十番、十六番……皆様が不明点として挙げられたこれらは、たしかに説明が疎かになっていたものと……」

「敢えて伏せさせていただいていたもの! しかしながら、六番に関しては吾輩らも分かりませぬ!」

「なに?」


 リュディガー・シモンが、どうやって巨龍の封印を解くつもりなのか。

 淡いの異界に閉じ込められているという終末を、どんな企みで現世に復活させるつもりなのか。

 精霊ならばもちろん、リュディガーの心を見透かしてとっくに種を押さえているかと思っていたが。

 大精霊二体は、揃って首を横に振る。


「残念ながら、彼の魔術師の心は閉じられています……」

「げに恐ろしきは灰色の男! あの者の精神はもう三十年以上も灰色の凪! 打てども響かぬ迷子の空礫!」

「……よく分からないんだが、つまり、リュディガーは精霊アンタらの精神感応能力が効かない、って理解で合ってるか?」

「小癪ながら!」

「ふむ。まぁ、不思議はありますまい。舌鳴らし一つで雷すら落とす魔術師ならば、自らの心を覆い隠す何らかの術を使っている可能性もありましょう」

「でも、ならどうやってリュディガー・シモンの目的が?」


 フェリシアの疑問に、ユリシスが「簡単なコトです」と答えた。


「灰色の男の心は分からずとも、彼の周囲にいる者なら……」

「総勢五百人の無垢なる者たち! 幼き心は実に無防備そのもの!」

「五百人?」

「リュディガー・シモンに付き従う、例の子どもたちですな?」

「然り!」


 なるほど、と。

 フェリシアも俺も納得した。

 だが、五百人……?


「古代圏にいたのは、あれでも十分の一だったのかよ……」

「戦力が多いですね……」

壮麗大地テラ・メエリタに踏み入るに当たって、やはり向こうも無策では無かったというコトでしょうなぁ」

「大罪人の由縁も、たった一人で成し遂げられたワケじゃ無さそうです……」


 ともあれ、六番が精霊たちにも不明な理由は分かった。

 リュディガーは恐らく、巨龍復活のため構築する術式をまだ周囲には伝えていないのだ。


(もしくは、術式はまだ未完成で、リュディガー自身にも完成形が見えていないとかな)


 希望的観測だが、可能性としては有り得る。

 何故なら、ここは最果ての大樹海、禁忌たる壮麗大地テラ・メエリタ

 どんなに凄い大魔術師だろうと、簡単に奇跡を起こせるような場所じゃない。

 その証拠は、まさにこれから大いに詳らかにされていくだろう。

 ユリシスが六番を遠のける。

 そして、残った四つを下から順に並べ替えた。


「……では、十六番から」

「古代圏の王! 皆様が奇しくも、『闇人』と呼ぶアレの正体!」


 人外魔境たる壮麗大地テラ・メエリタにおいて、終末の巨龍に唯一とまで精霊たちが断言し、過去形の畏怖を謳うモノ。

 魔物でもなく精霊でもなく、ましてや龍種であるはずもなく。

 しかして大魔の〈領域〉プレッシャーにすら勝る存在規模イデア・スケールを誇るモノ。

 その正体とは何なのか?


「……端的に云えば、あれは『』です」

「! え、英雄現象!?」

「知ってるのか? フェリシア?」

「……は、はい、先輩。知識だけですけど……」


 瞠目する少女の驚愕は、しかしそれでも充分以上に大きかった。

 俺は聞いたコトの無い単語なので、フェリシアが何故そこまで驚いているのか分からない。

 ただ、フェリシアの横でカプリもまた神妙に唸っている。

 どうやら知識が無いのは俺だけで、後は全員知っているらしい。ゼノギアがいればどうだったろうか。

 薔薇男爵がズズイと前へ出る。


「彷徨の子よ、知らぬならば教えましょう! 英雄現象とは文字通り、英雄を表す現象!」

「世界には数々の神話や伝説、物語がございますね……?」

「史実に即したもの! あるいは出典も不確かな街談巷説から生まれしもの!」

「その中には、種々様々な登場人物がおります……」

「主役、脇役、敵役、端役! 何にしても、語り継がれるべきを持ち、後の世のモノたちにいつだって夢や希望を抱かせ続ける憧憬の星!」

「あなた様も、一度は聞き及んだコトがあるのでは無いですか……?」


 古代英雄。

 または神代英雄。


 そのフレーズは、たしかに耳覚えがある。


 けれど、


「要は、過去の偉人のコトだろ……?」


 とっくに死んだ人間。

 鷲獅子退治や、龍退治なんかで名を馳せた(とされている)大昔の英雄。


 でも、死者は決して蘇らない。


 伝承の再生。

 魔物への転生。

 生前の情報を引き継いで、違う存在に生まれ変わるコトはできたとしても。

 まったく同じモノが綺麗にそのまま生き返るなんて、この世界はそんなご都合主義を許しちゃくれない。

 例外は世界の方を改変する秘文字の奇蹟くらいだろう。

 であれば、


「英雄現象……現象って云うからには、〝英雄本人ではない〟って理解でいいな?」

「正解です。そして、不正解です」

「は?」


 要領を得ない回答に、思わず顔を顰める。

 すると、そんな俺にフェリシアがワケを説明した。


「先輩。英雄現象というのは、

「──死を、剥奪?」

「はい。例えば、私たちエルノス人にとって、種族誕生の切っ掛けは『三兄弟三姉妹の神話』で語られていますよね?」

「ああ」

「でも、これは神話であるのと同時に、歴とした史実でもあるんです」


 神話=史実。

 三兄弟三姉妹が世界神エル・ヌメノスの子どもであり、その末裔たる半神が恐らくは神の落とし子デーヴァリングの祖だとすれば、俺は実物を知っている。

 だからもちろん、神々の実在と神話の史実性にも、今さら否定的な態度を取るつもりはない。

 そもそもエルフの中には、長老エルダー世代と呼ばれる〝生き残り〟がいるらしいし、西の魔法魔術賢哲学院エルダース長老エルダーが集まって開府したのが創立の由縁だそうだ。名前からして明白だな。


 思考が脇道に逸れた。


「つまり?」

「神話の中には、過去この星で実際に起きた出来事が、現代では『神話』という形で語り継がれている場合があるんです」

退

「……え?」


 ポロロン。

 カプリがリュートハープを鳴らし、唄うように言った。


「お気づきになられませんか? メラン殿」

「巨大彗星衝突の〈崩落の轟〉によって、正史黎明神代……〈はじまりの紀〉は終わったんです」

「知ってるよ。だから、暗黒神話時代って呼ばれてる〈崩落の紀〉が始まって……」


 世界が混沌から仮初の秩序を取り戻すまで、約一万五千年。

 それだけの長い年月をかけて、ようやく今現在の〈壊れた星の紀〉に到達した。

 渾天儀暦六千年の歴史は、そこからのカウントである。


「では、?」

「…………! そういうコトか!」


 カプリとフェリシアのおかげで、言いたいことがようやく分かった。

 世界はもう神代ではない。

 なのに、壮麗大地テラ・メエリタには未だ〝神話の時代の〈領域レルム〉〟が残っている。


 矛盾。


 これは、世界に対する大きな矛盾だ。


 滅びていなければおかしいもの。

 死んでいなければおかしいもの。


 しかし、実際にそこで暮らしていたモノたちが、当時、もうオマエたちの時代は終わったんだと告げられて、だからもう〝さっさといなくなってくれよ!〟なんて頼まれたとしても。


(それですんなり、首を括れるはずがない……!)


 平成が終わって令和になったから、平成生まれは死ね?

 そんな理不尽、誰も受け入れられないのと同じだ。

 ゆえにこそ、〈渾天儀世界〉の神々は己が神話世界ごと地上からの退去を選択した。

 自身と仲間である神話世界の住人を守るため。

 要は、そういう話なんじゃないか?

 とすると、


「……居残り組──古代圏は、さてはかなり悲惨だな?」

「はい。そういうコトです……」

「英雄現象とは、矛盾の果てに狂いし、かつての英雄の影法師!」


 神代は終わり、正しい棲家であった『神話故郷』は地上から失われ。

 世界からは常に矛盾のフィードバックを与えられて〝いないもの〟としてラベルを貼られる。


 だが、英雄は強者だ。

 存在の強者。


 強く、深く、広く、長く、星に名を刻むモノ。

 結果、滅びるコトは許されず。

 伝説の〝マスターピース〟であるがゆえに、生きながらえ。

 やがて『情報体』として変質せざるを得なかった──半現象化した英雄本人。


「ゆえに、誰が言ったか!」


 


「……古代圏が具体的に、何という名の神話からの稀他人まれびとだったかは分かっていません……」

「六千年前、吾輩らが出会ったその時すでに! 彼の王の国は名を失っていました!」

「王も臣民も、ゆえに思い出すコトすらできなくなっていたようです……」


 でも、と。

 ユリシスは古代圏の方角を見上げると、大切なモノを想う面持ちになって言った。

 目を細め、遠い昔日を思い出すかのように彼方を見つめ──


「ただ、英雄様の名だけは……」

「吾輩らは今も、覚えておりますとも!」


 古代圏の王、闇人の正体。


「「名は──『──!!」」


 世界を救った一振りの斧。

 六千年の昔、壮麗大地テラ・メエリタの外にいたモノは誰も知らないが。

 終末は人知れず目覚め、世界は滅びに追い込まれていた。

 だがそれを、偉大なる刃が幽世へと封印した。


「終末の巨龍を淡いの異界に封じたのは……」

「何を隠そう! 他ならぬヨキ様なのです!」




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tips:英雄現象


 神代英雄の場合。

 何らかの理由によって地上から退去不可となった英雄が、世界から〝あってはならないもの〟として非存在のラベルを貼られる一方で。

 生命としては実際終わりを迎えておらず、まだ生きているものを勝手に終わらせるコトは〈壊れた星の紀〉ではできなかった。

 ただ、その矛盾を矛盾のままに放置するワケにもいかず。

 バグを修正するため、英雄には次のようなアジャスターがかけられた。


 情報体への変質である。


 成し遂げた功績が偉大すぎるあまり、現代人の記憶から英雄譚は風化しない。

 信仰や憧憬はいつまでも抱かれ続ける。

 ならば、〝失われたものが後の世にも残り続ける〟という特性を、英雄本人にも当て込んでしまえばいい。

 生きながらの現象化。

 英雄現象とは斯くして矛盾の果てに生み出された。

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