#185「再整理と認識の擦り合わせ」
「率直に申しますと、〝古代圏の王〟についてあなた方に黙っていたのは、
「……
「そうです……彼の御方は
正面から対峙すれば、それは約束された滅びに立ち向かうにも等しい黄金の経験になりましょう。
サラリと発せられるとんでもない発言に、俺たちは三人揃って「は?」と口を開けてしまった。
「ちょ、ちょっと待って欲しい。あの闇人が、終末の巨龍と同格だって言ったのか……?」
「……やや語弊はありますが、概ねその認識で問題ありません」
「皆様にはあの影法師と直接出会っていただき、改めて吾輩らの
大仰な舞台役者も顔負けに、薔薇男爵は地面に膝を着くや「おお……!」とセルフ感嘆して天を仰いだ。
黒革の手袋に包まれた両手が、どこからともなく薔薇の花弁を虚空に舞わせる。
気になるフレーズが次々に出てきて、俺は眉間にシワを寄せた。
しかし、ここは順を追って理解に努めていくしかない。
「
「私たちに、心の準備をさせておこうって思ったんですか?」
「……精霊圏はすでに、それだけ巨龍復活の可能性が高いと判断していると?」
「残念ながら、肯定せざるを得ない状況です……」
ユリシスはコクリと、気鬱げに首肯した。
「ですが、もちろんそれだけではありません……失礼ながら、これは賭けでもありました……」
「皆様が彼の王と相対し、命を拾うか否か! 拾ったとしても、心折れて
「そもそも、充分な資格を備えているのか……」
古代圏は試金石でもあり、無事に戻って来られたのは合格の証。
精霊たちは「結果は良きものでした」と賛辞を口にし、拍手を鳴らした。
(……要するに、精霊たちも精霊たちで、俺らを信頼してはいなかったってコトか)
心の内を見透かせる精神霊であるがゆえに、人間の心がどれだけ簡単に裏返るかを知っているんだろう。
とりあえず、お互い様だったと理解はして納得は可能だった。
フェリシアやカプリも、苦い顔はしつつも理を認めて唸っている。
たしかに、あの闇人が
もっとも、比較基準がバカみたいに高いので、あまり安心を寄せられる感覚じゃないのは、人間的にかなり困ったところだ。
(インフレが激しすぎる……けど、さすがにあれ以上は無いと思えば、気休めくらいにはなるか……)
ユリシスや薔薇男爵のコトも、現に最初に目にした時よりかは〝小さく〟見えている。
相対的な感覚の麻痺。
自覚できる錯覚だが、精神衛生上は遥かに健康的になった……かもしれない。
精霊たちの〝試し行為〟によって、俺たちは奇しくも戦士としての気構えや覚悟を研ぎ澄ますコトに成功してしまった。
この土地で〝戦うコト〟の意味を、思い知らされたと言い換えても良い。
(──だからって、感謝はしないけどな)
できるワケがない。
あの闇人が本当に終末の巨龍に伍するほどの存在なら、精霊たちは俺たちを死地に追いやったのと同じだ。
何も知らない俺たちの命を、
まさに──人外。
こうして意思疎通は可能でも、物の見方や考え方に関しては人とは隔絶したところにある。
魔物と違って精霊は必ずしも人間に敵対的ではないが、誤認してはいけない。
エレメンタルは化け物で、境界を異にしている。
その時点で、俺たちとコイツらの命の秤は対等じゃない──ああ、充分に理解したとも。
「お眼鏡に適ったようなら
「誠実さに欠けた非礼に関しては、心よりお詫びを……」
「別に構わない。これは俺たちとアンタらの価値観の違いだ。人間と人間でないモノとの違いでもあった。思うところはあっても、それを理由にこれ以上文句を言うつもりは無い。……二人も、それで良いですよね?」
「仕方がありますまい。異論は無しです」
「……はい。私も」
フェリシアはまだ思うところがありそうな様子だったが、いったんは不満を飲み込んだようだ。
「
「カモミールをどうぞ!」
ユリシスが頭を下げ、薔薇男爵も頭を下げる。
カモミールの意味は分からないが、とりあえず精霊側も表向きの謝意を示す程度の友好性はあるようだ。
(……ってか、精霊女王も薔薇男爵も、精霊としてはかなり
そもそもそうでなければ、寛大さの理由も見つからない。
わざわざこうして対話による相互理解の場を設けているコトからも、二体の精霊からは人間に対してかなり歩み寄りの姿勢を感じられた──さて。
「それでは、そろそろ……」
「建設的な話題に進むといたしましょう!」
信頼に足る誠実。
協力関係を維持するに足る相互理解。
二つの壁をクリアしたコトで、改めて
水精と地精は、とても通る声で言の葉を紡ぎ出した。
「「事の始まりは、六千年前にまで遡ります」」
ですが。
「その前に、
「皆様にとって何が謎で何が問題なのか! 吾輩らは視座が違うため、分からないところがあります! ゆえに!」
これもまた相互理解のため。
蝶翅の異形と薔薇の異形は、認識の擦り合わせをさせてくれと頼んで来る。
もちろん、反対する理由は無かった。
俺たちは頷いて、まずは一つずつ情報を確認していく。
【時系列】────────────────
▼渾天儀暦6028年1月10日
・
・薔薇男爵によって
・精霊圏を移動。
・精霊女王から四竦みの説明を受ける。
・リュディガーの行方は古代圏にありと判明。
・リュディガーの目的が封印された巨龍の復活だとも教えられる。
・戸惑いは大きいながらも、利害の一致により協力関係を受け入れる。
▼渾天儀暦6028年1月11日
・古代圏の探索開始、古代圏=菌界と判明。
・菌糸人類との遭遇戦を経ながら峡谷を移動。
・台地上の都市遺跡を探索。
・ピラミッドへ通じる道で謎の子どもたちを発見。
・エルクマンが惨殺される戦争景色を目撃。
・ゼノギアが魔物化して暴走。
・リュディガーが現れる。
・子どもたちは姿を眩まし、ゼノギアと大魔術師の遭遇戦。
・ゼノギア敗北。
・リュディガーは逃走、ゼノギアは追走。
・正体不明の闇人、ピラミッドより降り立つ。
・残された俺たちは余儀なき撤退。
───────────────────
「ここまでが、俺たち視点での
「ええと、〝浮上した問題〟は解明済みのものも含めると、全部でこんな感じでしょうか?」
【浮上した問題】────────────────
▼渾天儀暦6028年1月10日
1:東方大陸に着くなり、いきなり拉致された理由は?
2:精霊たちはどうしてこちらの事情を知っている?
3:手がかりが無いため精霊の言葉を信じるしかないが、本当にリュディガーは古代圏にいるのか?
4:終末の巨龍を封印から解放するのがリュディガーの目的?
5:巨龍は淡いの異界に閉じ込められている?
6:だとすれば、リュディガーはどうやって封印を解くつもりだろうか?
7:精霊たちは『太古の盟約』によって自分たちの〈
8:古代圏が
▼渾天儀暦6028年1月11日
9:古代圏=菌界なのは何故なのか?
10:正史黎明神代の遺跡が中核なのに、呼び名が神代圏ではなく古代圏なワケは?
11:小隊規模の子どもたちはリュディガーの仲間でいいのか?
12:
13:リュディガーはピラミッドで何をしていたのか?
14:古代圏を拠点にしていないなら、リュディガーは何処に活動の拠点を?
15:ゼノギアとリュディガーの因縁とは何なのか?
16:古代圏の王、闇人の正体とは?
17:精霊たちは何故、情報を伏せたまま古代圏に俺たちを行かせた?
───────────────────
「こうして見ると、たった一日半で見事に謎だらけですな」
「でも、現時点で解明済みなモノもあるので、残っているのは今のところこれくらいです」
フェリシアが杖を抜くと、〝浮上した問題〟を再整理し始めた。
指揮者の棒振りに従って、空中に並ぶエルノス語の文字列。
無色の魔力運用に長ける刻印騎士団には、なるほど、こういった特技もあるらしい。
【解明済み】────────────────
1:東方大陸に着くなり、いきなり拉致された理由は?
⇒私たちがリュディガー・シモン捕縛を目的に海を航って来た人間で、精霊視点では利害が一致していたため。
2:精霊たちはどうしてこちらの事情を知っている?
⇒集合的無意識から五大元素を受け皿に発生する精神霊には、精神感応能力があるから。
(風の精霊に限らず、ほとんどの精霊に隠し事は無意味!)
3:手がかりが無いため精霊の言葉を信じるしかないが、本当にリュディガーは古代圏にいるのか?
⇒いた。(=精霊を信じる根拠に繋がる)
8:古代圏が
⇒古代圏の王がいるから。
14:古代圏を拠点にしていないなら、リュディガーは何処に活動の拠点を?
⇒獣神圏。精霊たちの証言および状況証拠からもほぼ間違いなし。
17:精霊たちは何故、情報を伏せたまま古代圏に俺たちを行かせた?
⇒信頼関係が不足していたため。
利害関係が一致していても、
───────────────────
「十七個あった謎の内、明確に答えが与えられたのは六つだけですね」
「とはいえ、残りが全て、まったくの手掛かり無しというワケでもありますまい」
カプリの言う通り、仮説や推測を立てるに足るヒントは多少得ている。
そういった〝未確証〟に関しては、
【未確証】────────────────
4:終末の巨龍を封印から解放するのがリュディガーの目的?
⇒連合王国での証言と一致するため、恐らく真実。
5:巨龍は淡いの異界に閉じ込められている?
⇒状況証拠的に恐らく真実。
11:小隊規模の子どもたちはリュディガーの仲間でいいのか?
⇒指示に従っているところを目撃したため、恐らくそう。
12:
⇒不明だが、恐らくリュディガーがピラミッドでしていた行動に関連している。
13:リュディガーはピラミッドで何をしていたのか?
⇒不明だが、恐らく巨龍復活のための何かしらと思われる。
15:ゼノギアとリュディガーの因縁とは何なのか?
⇒不明だが、恐らく子どもたちが関係している気がする。
───────────────────
「──とまぁ、こんなものだよな」
「計六つ……」
「なるほど! これらは皆様の中で確証こそ得られていないものの、手掛かりを辿っていけばどうにか解明できそうな問題……そういう理解でよろしいですかな!?」
「知ってるなら、もちろん教えて欲しいが」
「とはいえ、問題なのは残りの五つです」
情報ゼロ。
仮説も推測も立てられない不明点。
【不明点】────────────────
6:だとすれば、リュディガーはどうやって封印を解くつもりだろうか?
7:精霊たちは『太古の盟約』によって自分たちの〈
9:古代圏=菌界なのは何故なのか?
10:正史黎明神代の遺跡が中核なのに、呼び名が神代圏ではなく古代圏なワケは?
16:古代圏の王、闇人の正体とは?
───────────────────
「隠し事は無しにして欲しい。俺たちばかり秘密を知られてるのも、だいたい不公平な話だろ」
「女王!」
「……はい。貴重な時間をいただいたのです。すべてお話します」
人と人ならざるモノとの認識の擦り合わせ。
精霊の女王は俺たちの状況を理解したのか、澱みなく言葉を続けた。
────────────
tips:カモミール
花言葉は「仲直り」「逆境で生まれる力」「親交」
「詫び」や「平穏」なども意味する。
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