#187「六千年前の真実・上」



 驚きの事実に、言葉も無かった。


「……そういえば、いろいろと驚くコトの連続で」

「終末の巨龍がなぜ淡いの異界に閉じ込められているのか、そこまで頭が回っておりませんでしたな」

「……ふふ。では、これはわたくしどもから皆様への、〝誠実さの露われ〟だと思っていただけますか?」

「──いや、闇人が終末の巨龍に伍したと聞いた時点で、そこはある程度想定の範囲内だ。変に恩を着せようとするのはやめてくれ」

「あら……」


 ユリシスが残念そうに眉を下げる。

 しかし、一度駒としていいように使われた手前、無償の善意を信じられる根拠はない。


(……ただ)


 闇人の正体が英雄現象で、過去に世界を救った神代英雄そのものだと分かったのはかなり大きい。

 残念ながら、斬撃王ヨキという名前を聞いても、心当たりのある神話は一つも無いが。

 精霊たちの口から語られる英雄の〝いわく〟──壮麗大地テラ・メエリタで成した偉業の情報があれば、どんな英雄なのかは大凡窺い知れるだろう。


 ──世界を救った一振りの斧。

 ──六千年の昔、壮麗大地テラ・メエリタの外にいたモノは誰も知らないが。

 ──終末は人知れず目覚め、世界は滅びに追い込まれていた。

 ──だがそれを、偉大なる刃が幽世へと封印した。


 具体的にどういう経緯があってそうなったかはまだ分かっていないものの、ここから想像されるのは、まさに英雄らしい英雄像だ。

 終末の巨龍にすら臆さず、世界の滅びを食い止めるため、勇敢にも立ち向かった戦士の王様。

 一振りの斧と云うからには、あの黒塗りの斧を使って斬撃王は巨龍と戦ったのだろう。

 では、その能力とは?


「……闇人の名前は分かった。でも、正体はまだ不透明なままだな」

「斬撃王ヨキ。吟遊詩人であるワタクシも寡聞にして聞かぬ名ですが、まさか単なる斬撃だけで巨龍に抗したワケではありますまい」

「先輩の死霊は、あの真っ黒い斧で斬られた時、消滅の仕方が変でしたね」

「ああ。普通と違って、あれは感じだった」


 死霊術の手応えとしても、意味不明で困惑した。

 闇人──いや、斬撃王ヨキの正体を完全解明するのであれば、英雄が英雄たる所以、その能力についても教えて貰わなければならない。

 なぜなら、今も昔も英雄とは超人の先にあるもの。


(セラスが懐かしいが……)


 超人は己が身一つで奇跡を体得し、『超人戦技』という人間離れ技を使う。

 水の上を走るとか、素手で岩を砕くとか、一本の矢で家屋を破壊し、剣の一振りで人間数人を両断するとか。

 騎士の“ウォークライ”なんかは、咆哮一つで全方位に可視化されるほどの衝撃波を飛ばすらしい。


 なので、そういった超人よりも上位。


 英雄と呼ばれる人間には、概して『英雄奥義』と呼ばれる特殊技能が備わっている場合が多い。


 もちろん、一口に英雄と言っても、中には刻印騎士団が誇る憤怒の英雄のように魔法使いもいるため、すべての英雄が英雄奥義を持っているワケではないが。

 アムニブス・イラ・グラディウスには、代わりに彼を象徴する刻印魔法があるワケで、結局は奇跡の毛色が多少異なるだけである。

 だから、


「斬撃王ヨキには、どんな超常現象が起こせるんだ?」


 俺たちの質問は、この一言に集約される。

 ユリシスは微笑んだ。


「斧使いであるあなた様には……もう分かっているのでは?」

「……いや、分からないから聞いてるんだが」

「であれば、英雄様との接触は大いに宝となるでしょう……男爵」

「はは! ヨキ様の偉業は言葉にすると荒唐無稽なものです。然れど、紛れもない真実であるからには大胆に演じましょう!」


 岩の防人スプリガン! と薔薇男爵が唐突に叫ぶ。

 すると、精霊女王の庭城を囲う環状列石クロムレックが、徐に地響きをあげて揺れ始めた。

 かと思うと、地面がモゾモゾと盛り上がり始め、薔薇男爵の足元に一本の斧が出てくる。

 何の変哲も無い普通の鉄斧だった。


「う〜、む! いつ見ても野蛮な道具ですな! とはいえ小道具にはちょうど良し! 僭越ながら演らせていただきましょう! 主演、薔薇男爵! 役名、斬撃王ヨキ! 舞台名タイトルは──」

「……『六千年前の真実』」


 ──


 気づけば精霊圏の精霊や、妖精たちもが周囲には集まっている。

 俺たちは呆気に取られながらも、どうやらこの観劇に今しばし付き合うしかないらしかった。





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 ────

 ──





 昔々、あるところに。

 今は誰もその名を覚えていない王国がありました。


 王国はどんなところだったのでしょう?


 名も失われた今となっては、後世のモノには想像するしかありません。

 分かっているのは、二万一千年以上も前の時代。

 俗に先史と呼ばれる正史黎明神代にて、王国は栄えていただろうというコトです。


 なぜ栄えていたか?


 言うまでもありません。

 偉大な王様に統治される国は、いつだって繁栄の幸福を謳歌するもの。

 第四の星は今は遠くとも、我ら精霊には依然として麗しの女王がいるように、その王国にも主柱となる王様がいたのです。


 王様は、ヨキという名です。


 ヨキはとても偉大で、黎明の時代においては、まさしく臣民誰もに頼りにされていたであろう英雄でした。


 一言で云えば、益荒男というヤツです。


 人よりも何十倍も腕っ節が強く。

 人よりも何百倍も仲間想い。

 ヨキは周りの皆のために、何千倍も働いたと云います。


 まぁ、英雄というのは得てして働きすぎな人種ワーカーホリックなものです。


 ヨキもまた、他の英雄の例に漏れず、身を粉にして〝誰かのため〟をするのが大好きだったのでしょう。

 少なくとも、それをまったく苦に思わない性格だったのは間違いありません。


 え? 具体的には何をしていたかって?


 ハッハッハッ!


 分かるワケがありません。

 ですが、とはいえそうですね、推測はできます。


 ヨキとその臣民は、皆が斧を愛用していました。


 そう! 木を伐り倒し! 緑を傷つけ! 大地を切り崩す野蛮なる人間の道具!

 我ら地精にとっては、見るのも触れるのも忌々しい!


 ……しかしながら、ヨキは人間の王様で、ヨキの民たちも当然人間でしたので、お約束の流れとはいえブーイングは程々に。


 ヨキは恐らく、開拓地の国の王様だったのです。


 いわゆる、未開の森を切り拓き、土地を開墾しては畑を耕し、人の住める環境を自分たちの手で作り出すという民族。


 原始的だと思いますか?


 ですが、ヨキたちはきっとそういう〝生き方〟を生業としていました。


 凶つ箒星によって、八つの〈廻転円環帯リングベルト〉が打ち砕かれ、その衝撃によってもたらされた渾沌は、時空間すら乱して全世界を混乱に導きましたが。

 アレによって壮麗大地テラ・メエリタに流れ着いたヨキたちは、それでも祖先からの生き方を変えることは無く。


「いくら伐り倒そうとも決して見果てぬ森、か。フン、面白い。厳しすぎる自然がたとえどれだけ人の世界を呑み込もうとも、我らは黎明の民だ」


 ──民たちよ、斧を持つがいい!

 ──森の暗黒を切り拓け!

 ──明日の輝きを識る我らには、踏破できぬ未開など無い!

 

 まさに、偉大なる王と呼ぶ他にありません。

 偉大なる黎明の民たちと、敬意を払わずにはいられません。


 彼らは正史黎明神代から、気がついたら古代の始まりへ。


 まるまる一万五千年の〈崩落の紀〉を、スキップして流れ着いた哀れなる被害者でした。

 巨大彗星衝突の渾沌は時空間を乱れさせ、神代の一部を千切り取ったのです。

 千切り取られた一部はそのまま、座標不明、証明不明、どこで宙ぶらりんになっているかまったく分からない状態で、気づいた時には未来に。


 これほど哀れな話が他にありますか?


 然れど、それにもかかわらず、偉大なる黎明の民たちは前向きでした。

 呆れた我々が事情を教えてやらなければ、それこそ獣神圏にすら突っ込んでいたでしょう。

 それほどに彼らは精強で、また明日を信じる心に溢れるモノたちでした。

 溢れすぎていて少々、いえ、かなり無謀な挑戦をする時もありましたが、人間とは時に失敗を繰り返して成長するもの。

 その輝きは、我々ですら感嘆の息を吐くほど美しかったと言えましょう。


 我々は彼らと言葉を交わして、壮麗大地テラ・メエリタでの共生の仕方を模索しました。

 

 難しい話ではありませんでした。


 人も精霊も心はあります。

 心あるモノなら、死生観の違いはあっても歩み寄るコトはできるのです。


 正史からの迷い子。

 行き場を失った哀れな人の子。

 憐れみの念が無かったと言えば嘘になりますが、彼らとの交流はとても楽しかった。

 地精である吾輩ですら、好ましいものを覚えるほどに黎明の民は爽やかだったのです。


 心が澄んでいました。

 彼らにはただ、暁の未来だけが夢でした。

 自然を壊すつもりなど無くて、過酷な世界でただ生きるコトに全力なだけでした。


 応援したい、とすら我々は思いました。


 山深き北から、獣神王は黎明の民を疎んじて、たびたび軍を送って来ていましたが。

 それらも我々と彼らが協力すれば、何というコトはありませんでした。


 事実上、二対一の〈領域合戦〉です。


 負けるはずはありませんでしたし、獣神王も先は読めていたのでしょう。

 本気での争いは、三度にわたる合戦のなかで一度として起こりませんでした。

 北からの軍は、次第に嫌がらせ程度の小競り合いに落ち着いて、我々はよく勝利を慶んだものです。


 そんなある日でした。


 世界を滅ぼす終末の巨龍が、黎明の民たちと同じく時を渡って、壮麗大地テラ・メエリタに流れ着きました。


 絶望が、始まりました。




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tips:英雄奥義


 超人から英雄へと至ったモノの奥義。

 己一つで成し遂げる究極の超常現象。

 超人戦技は現実を侵食しないが、ここからは理を食い破り始める。

 超人はやがて善にしろ悪にしろ、偉大なことを為すだろう。

 彼らは只人ならざるがゆえに、特別な運命に巻き込まれるだろう。

 すると、伝説、英雄譚が生まれるだろう。

 英雄を象徴する技や武器は、〝英雄の物語〟となって世界を捩じ伏せるだろう。

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