#179「培養混血児」



 五人のホムンクルス。

 その子どもたちもまた、クインティン教会にいる二十七人の子どもたちと同様、成長を途中で止められた不完全なホムンクルスだった。


 名前はアノス、クゥナ、ネイト、ミレイ、ヨルン。


 首からぶら下げた識別票に、丁寧にまで印字されて。

 教会に訪れた理由は、創造者から逃げて来たのだとゼノギアたちは推測した。


 五人はひどい状態だった。


 身につけていたものは服とも呼べないボロ布。

 手足はもちろん擦り傷だらけ。

 全身の打撲と炎症。

 足は特にひどく、半ば凍傷になりかけ黒く変色しつつあった。

 北方の人間なら誰が見ても分かる。


 壊死する寸前。


「ひどい……! どうしてこんなになるまで……!」


 あまりの惨状に、動揺は抑え切れなかった。

 五人がなぜクインティンの教会にやって来たのか。

 理由は考えるまでもなく明白で、虐待を受けていたとしか思えない。

 その証拠に、五人の口からは歯が抜かれていて、満足に言葉も話せない状態にさせられていた。


 ──これが虐待でなくて、他の何だと言うのだろう?


 ホムンクルスは基本的に、創造者に逆らわない。

 自らが被造物であることを理解している彼らは、自分たちが生み出された理由は創造者の目的を果たすためだと考える。

 何故ならそれが客観的な事実だからだ。

 ゆえに創造者が死ねば、自らの存在意義も消滅したと考え延命を図ろうとはしない。


 だが、ゼノギアはクインティン教会のホムンクルスを知って、それは誤りだと気づいた。


 たとえ創造者が失われたとしても。

 ホムンクルスは、生きようと思えば生きられる。

 やり方は簡単だ。

 周囲の人間が彼らを見殺しにせず、一言〝生きろ〟と伝えてやればいいだけ。


 ──だって、そうでなければ……


 老神父はどうして、二十七人ものホムンクルスを救えた?

 ホムンクルスは知らないだけなのだ。

 この世に生まれ落ちた命には、別に存在意義なんて備わっていない。

 存在意義というのは、ただ生きていく内にその生命が自ずと見出していくもの。

 もしくは、すべての生命はそれを獲得するためにこそ生きていくもの。


 最初から存在意義創造理由が明白に与えられているホムンクルスは、そこを誤解している。


 だがそれは仕方がない。

 世界から与えられたものを、純粋に受け入れてしまう。

 それは世界の在り様を、人生の意味を。

 ホムンクルスの幼い魂は、学ぶ機会をそもそも得られていないのだ。


 だからこそ、ブラザー・ロレンスは二十七人に教えたはず。


 ──生きていていい。いや、むしろ生きなさい。


 〝なぜならオマエたちは、この世に生まれ落ちたその時点で立派な命なのだから〟


 ……それを、ゼノギアはクインティン教会のホムンクルスたちと暮らしていく内に、自然と感じ取れた。

 前任者が何を思ってホムンクルスを助け、どのような理念で彼らの命を生きながらえさせていたのか。


 ユーリや他の子どもたちと暮らしていれば、心から敬服するのは当たり前で。


 叶うことなら、自分もこんな立派な神父になりたい。

 そういう思いを日に日に強めていたゼノギアだからこそ、五人を保護して残虐な創造者から匿う決断をするのに時間は必要としなかった。


「ユーリ。この子たちですが……」

「承知いたしました。警戒レベルは戦時に設定します」

「……物騒ですね。でも、その方針で」

「はい」


 保護して最初の一〜二週間は、ユーリと一緒に怪しい人物が教会に近づかないか、マンモス狩り用の大弓を背負って常時威嚇行動を続けた。

 もちろん、その間に五人の治療や世話も怠らなかった。

 街の人たちにも事情を話して協力してもらい、治療薬院ケヒトからは薬や包帯も融通してもらって。


 やがて、警戒していた創造者が一向に現れる様子がないと分かると、ゼノギアたちは拍子抜けした。


「……これだけ経っても、まったく何も起きませんね」

「はい。不審な人影の目撃情報も皆無です」

「五人の創造者は、あの子たちを取り戻す気がない?」

「あるいは、当教会に五人が保護されているコトを知らない可能性もあるのでは」

「……知っていて、手出しを諦めている線もあるでしょうが……」


 どうあれ、五人を取り戻そうとする非道の錬金術師は現れなかった。

 現れなかったのなら、どうするコトもない。

 ゼノギアは新たに加わった五人の子どもたちを、最初からいた二十七人と同じように面倒を見ると決めた。


 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と経つと。


 五人も回復し、命に別状は無くなり。

 薬によって歯も生えた。


 ……残念ながら、心の傷だけは治りが遅く。


 五人に笑顔が浮かぶコトは一度として無かったが、それでもたぶん、同じ年頃のホムンクルスがたくさんいたからだろう。


 教会内の日常生活では、五人は新しい環境に恐る恐るながらも順応を始め、周りもそれを喜ばしく受け入れている様子だった。



 王都の教会から、呼び出しがかかったのはそんな折り。



「父上が危篤……?」

「どうされましたか、ブラザー・ゼノギア」

「ユーリ。それが、王都の教会から私宛に手紙が届きまして……」

「お父君に何かが?」

「……分かりません。慌てて書かれたものなのか、文章が少し要領を掴めないのです……ただ」

「ただ?」

「とにかく私の父が危篤だから、急いで戻って来いといった内容のようです」

「一大事ではありませんか。では、今すぐ発たれた方が良いかと」

「いや、でも……どうして王都の教会から……」


 トライミッド連合王国の宰相、ザディアの身に本当に何かがあったのなら、ゼノギアは実の息子である。

 連絡が発出される経路として、わざわざ王都の教会を経由する理由が分からない。

 実家あるいは王家から。

 もしくは親交のあった幼馴染の家から、手紙が来るのが普通のはず。

 要領を掴めない文面といい、手紙には不審な点があった。


 しかし、


「ブラザー・ゼノギア。少しの間くらいなら大丈夫です」

「ユーリ?」

「当教会はあなたのおかげで、困窮した状況からは脱却しました。ですのでどうか心配なさらず、そのような手紙を受け取ってしまったなら、ご家族のために迷わず王都へ向かってください」

「……しかし」

「しかし、ではありません。その手紙が、もし本当にお父君の危篤を伝えるものであったら、あなたは後悔なさいます」

「っ」


 ユーリの言う通りだった。

 ゼノギアは少しの逡巡の後に、


「……すいません、では留守を任せても?」

「もちろんです」

「……ありがとう」


 頼れる同僚にして、友からの厚意。

 父の安否にも万が一がある。

 王都へ戻るため、クインティンの教会を一時離れる選択をした。






 ……取り返しのつかない失敗だった。






 王都に戻ったゼノギアを待っていたのは、危篤でも何でもなく、ピンピンしているザディアの姿だったのだ。


 ──危篤? 私が? 教会からの手紙だと?

 ──はい。この通り、言われた通りに慌てて帰って来たのですが。

 ──知らんな。何かの行き違いではないか?

 ──……そう、ですか。いえ、そうなら良いのです。父上がお元気なら問題ありません。私はクインティンに戻ります。

 ──あっ、こら! せっかく帰って来たのだ、もう少しゆっくり……!


 王都での久々の親子会話もそこそこに、ゼノギアはザディアの無事を確かめた後、トンボ帰りでクインティンに戻った。

 何しろ、王都からクインティンまでには馬で二ヶ月もかかるのだ。

 往復で最低四ヶ月も留守にしてしまうと分かっていたため、ゼノギアは一刻も早くホムンクルスたちの元に帰って安心したかったのである。


 自分が留守にしている間、子どもたちは怪我や病気をしていないだろうか?

 ユーリは一人でも、怪我なくマンモスを狩れているだろうか?

 神父であるゼノギアが不在になったコトで、街の人たちとの折り合いは悪化したりはしていないか。


 心配の種は王都までの途上でたくさん脳裏に過ぎり、そのほとんどが杞憂だろうとは思いつつも、帰路を急ぐ足を止められなかった。


 いつの間にか、ゼノギアはそれだけホムンクルスたちを気にかけるようになっていたのである。



 二ヶ月後、クインティンに戻ったゼノギアが教会のドアを開くと、



「……あれ? ユーリ? 皆んな……?」


 返ってくる声は無かった。

 ホムンクルスとはいえ、三十人以上の子どもがいる教会。

 喧騒に包まれていない時間の方が珍しく、日が昇っている間は常に誰かしらの声が聞こえたものなのに。

 ゼノギアを迎えに来るホムンクルスは、一人もいなかった。


「全員で外出中……?」


 しかし、玄関は戸締りもされておらず。

 教会の中は荒れていた。

 テーブルや椅子が横に倒れていたり、窓ガラスが割れて破片が床に散らばっていたり。

 屋内を検めれば検めていくほどに、何か不穏な出来事が起こったのだと胸中は焦りに満たされた。


「いったい、何が……!」


 ゼノギアが激しい動揺と困惑に襲われていると、ギィィ、と背後から音がした。

 クローゼットの扉。

 振り返れば、中には衰弱し意識を失った子どもが一人。

 名前は、


「アノス!」


 七ヶ月ほど前、ゼノギアたちが保護した五人のホムンクルスの内の一人。

 幼童はクローゼットの中で、事切れた人形のように倒れていた。

 いいや、そうではない。

 クローゼットの戸は、アノスが倒れる衝撃によって開かれたのだ。

 ゼノギアは慌てて駆け寄ると、アノスへ必死に呼びかけを行った。

 

「アノス! 大丈夫ですか? 何があったのです!」

「ぅ、ぁ……」

「何です? 水? 水が欲しいのですかっ?」


 朦朧とした意識のなか、アノスは薄く目蓋を開けると、ゼノギアが腰に吊るしていた水筒に震えながら手を伸ばした。

 唇が乾いて、口の中も乾燥していた。

 もう何日も飲まず食わずなのだと分かった。

 戦慄したゼノギアは、アノスの口元へ慎重に水筒をあてがい、ゆっくり少しずつ水を飲ませた。

 

「ぁっ、うッ、う!」

「大丈夫です。落ち着いて、ゆっくりで構いません……」


 噎せたアノスの背中をさすり、身体を抱き上げ。

 ゼノギアはまず看病を行った。

 クインティン教会に何があったのか。

 状況はまるで何一つとして掴めていなかったものの、目の前で危急に喘ぐ幼子を見過ごすワケにはいかない。

 まずはアノスを回復させ、その後で話を聞く。

 逸る気持ちにジワジワと精神を締め付けられながら、ゼノギアは必死に自身に言い聞かせた。


 そして、翌日。


 アノスの体調がいったんの落ち着きを見せ、少しの会話なら可能になったと判断できた頃。

 ゼノギアは改めて異変に気がついた。


「──ツノ?」


 アノスの頭から、小さいがたしかに存在感を主張しているツノが生えていたのだ。

 婉曲し、天へと折れ曲がりながらも伸びる異形の証。

 そればかりか、ホムンクルスの銀の髪の毛に混じって、も。


 分かりにくかったが、一度気がつけば無視はできない異変だった。


 アノスもまた、ゼノギアが気がついたコトに気づいたのだろう。

 ビクリと震えてゼノギアを恐れ、髪の毛やツノを手で隠そうとした。

 普通のホムンクルスではないのは明らかだったが、ゼノギアは動揺を噛み殺しアノスを安心させた。


「大丈夫です、アノス。私は貴方を見捨てません。たしかに驚きましたが、ツノの生えた種族なんて珍しくはありませんよ」

「……ほ、んと?」

「ええ」


 教会の書棚から何冊かの本も捲って、有角種族について例を挙げて説明した。

 南方大陸には特に有角種族が多い。

 金翠羊サテュラ聖牛族ハトホリア、エトセトラエトセトラ。

 実際に名前を並べて教えると、アノスも落ち着き、やがておずおずと事情を話し始めてくれた。


 『カムビヨン』


 アノスたち五人のホムンクルスは、実はなのだと云う。


 半魔。


 半魔物。


 人と魔物が交わり、両親のどちらかが魔物であるモノ。

 祖先が魔物の血を引いていれば、ごく稀に隔世遺伝によっても誕生する。


 一番有名なのは、エルフと淫魔サキュバスのハーフ(あるいはハーフ同士による末裔)とされるニンフだ。


 魔物は基本的に、人間とは境界を異にしている。


 そのため、半魔の出生率は決して多くはないが、魔物の中にはサキュバスのように、人間との交合を好んで望むモノもいる。

 サキュバスがあまりにその筆頭であるため、半魔と聞けばイコール、片親がサキュバスであるといった偏見もあるが。

 いずれにせよ、半魔のカラダには半分かそれ以下か、魔物の血が流れている。


 そして人々は、半魔を昔から〝カムビヨンの仔ら〟と呼んで来た。

 

 夢魔インキュバス淫魔サキュバスとの間に生まれた子ども。

 カムビヨンとは本来、魔物が魔物と交合した末に生まれた純魔を指す名詞なのだが。

 インキュバスとサキュバスとの間に生まれる子どもは、両親どちらもが美しい見た目をしているのに、とてつもなく醜いカタチで生まれるらしい。


 魔物は所詮、魔物というコトか。


 人間の欲望や劣情を食い物にする両親から生まれたがために、醜く生まれてしまうのか。

 ともあれ、カムビヨンは魔物の中でも、特別に醜悪な外見だと人々は囁く。

 そこには出生のおぞましさや、忌避の念も含まれているだろう。


 だから、人と魔物が交わって生まれてきたにも、同種の嫌悪感や恐怖が注ぎ込まれて来た。


 この世界ではいつしか、カムビヨンという言葉が半魔の俗称となってしまったのだ。


「ですが、貴方はホムンクルスでは……?」

「……ち、ちが。ほん、とは…… ……ま、まえすとろは、そう呼んで、た」

「ほむびよん……」


 すなわち、ホムンクルス・カムビヨンの略。

 ゼノギアは察したが、しかし聞いたコトもない呼び名だった。


 ──ホムンクルスは錬金術によって人工的に生み出される種族です。ならば、ホムビヨンとは半魔のホムンクルス……


「──まさか」


 ゼノギアは愕然と打ち震えた。

 目の前の子どもが本当に名乗りの通りの〝新種族〟であるならば。

 ホムンクルス・カムビヨン。

 ホムビヨンを生み出す技術とは、すなわちに他ならない。


 世に明るみになれば、世界中から欲しがられる。


 なぜなら、魔法使いの出生率を爆発的に向上させられるかもしれない技術だからだ。

 錬金術の産物である以上、製法レシピは必ず存在し、ノウハウもまた莫大な価値を持ってケタは数え切れない。

 錬金術師本人に至っては、その身柄を求めて多数の国が戦争を起こすだろう。


 ──なんという……!


 ゼノギアは正直、パニックに陥りかけた。

 自分が知らず知らずの内に、とんでもない大事件に巻き込まれていたかもしれない。

 いいや、これはもう確実に巻き込まれているだろう。

 その事実が頭の中で固まった時点で、天地は揺らいだ。

 心臓の鼓動と脂汗。

 立っているのもやっとになった。

 ──けれど。


「アノス。いまの話は、これからはもう誰にも言ってはいけませんよ?」

「……ぇ?」

「私との約束です。それと、フードを被りましょう。貴方の身を守るために」


 ゼノギアは、平静を取り繕った。

 大人である自分が動揺を露わにすれば、子どもであるアノスも間違いなく動揺する。

 上手く出来ているかは自信を持てなかったが、クインティン教会の〝ブラザー・ゼノギア〟として、全力で落ち着いているフリをした。


 世界を揺るがしかねない事実と直面したとしても、今の自分が為すべきなのは教会の問題を解決するコト。


 アノス以外の子どもたちは何処へ消えたのか。

 教会はどうして荒らされていて、ユーリの姿は何故どこにも無いのか。


 ──大丈夫、大丈夫……


 きっと大丈夫だからと、ゼノギアはアノスに話の続きを促して……

 つっかえつっかえな説明は、ところどころで時系列が前後し要領を掴めない点もあったが……


「────ありがとうございます、アノス」


 根気強く。

 辛抱強く。

 自分の中で話を再構成して、数時間がかりで事実を把握した。


 どうやら、ホムンクルスたちは領主の命で、城へ連れ去られたらしかった。





────────────

tips:カムビヨンの仔ら


 半魔、混血児。

 魔物の血を引くモノ。

 最初は普通の人間と変わりないが、成長するにつれて徐々に魔物の特徴がカラダに現れる。

 種族として確立されたモノに、ニンフ、ダンピール、ルナールなどがいて、半魔であると分かったモノには例外なく魔力が宿っているのも知られている。

 ゆえに、多くの人々が恐れた。

 ──コイツらは人間のフリをしているだけで、本性は魔物に違いない、と。

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