#178「ホムンクルス教会」
街の名はクインティン。
トライミッド連合王国の西方南部にある城塞都市。
名の由来はリンデンと同じで、領主の氏族名から取られている。
城塞都市の多いトライミッドでも、それなりに珍しい星型要塞都市であり、クインティンには五つの稜堡があった。
これは余談だが約1000年ほど前、俗に併呑戦争時代と呼ばれる時期に流行った築城様式らしい。
──父上にも困ったものです。私はもっと小さな町か、田舎の村の教会で良かったのに。
親の七光り。
権力者の威光。
ゼノギアは神父となり、チェーザレ家の跡取り息子ではなくなったが、それでも血の繋がりが無くなったワケではない。
宰相ザディアの息子である事実は変わらないもの。
そしてザディアは、王国の教会上層部と昔から懇意にしているため、せめて息子の赴任先は大きな街の教会にしようと、要らぬ手回しをしたのだろう。
──まぁ、確証は無いのですが……
問い詰めてもシラを切られるだけだと分かっていたので、ゼノギアは嘆息一つを零してクインティンへの赴任を受け入れた。
何はともあれ、今日からはこの街の一員。
──市民の皆さんの悩みや問題に寄り添って、一刻も早く信頼してもらえるよう頑張りましょう。
やる気に満ち溢れ、希望に満ち溢れ、ゼノギアは意気揚々と都市の門を潜った。
そして、まずは同僚たちとの挨拶。
気に入ってもらえるかは分からなかったが、ゼノギアは幼い頃から母親譲りの穏やかな笑顔に自信がある。
笑っていれば愛想は良いはずだから、人当たりよく謙虚に自己紹介をしましょう。
手鏡で身嗜みを整え、咳払いをして声の調子もチェック。
ゼノギアは元気にクインティン教会の扉をノックして──
「ようこそお越しくださいました。新しい神父さま。当教会はあなたを歓迎します」
「……え?」
予想もしていなかった出迎えに、目をパチクリさせて呆気に取られるしかなかった。
クインティンの教会で待っていたのは、
培養槽人間。
錬金術によって作り出される人工生命体である。
女の胎からではなく、培養槽から生まれたモノ。
容貌は一見、普通の人間と変わらない。
いや、銀髪銀瞳の美人であるから、一概に普通と言って差し支えないかは、人によって審議の分かれるところかも知れないものの。
色の違いが多少あるだけで、それ以外は至って尋常の人間と姿カタチが変わらない。
では、なぜゼノギアが一目見ただけで女をホムンクルスだと判断したかだが。
ホムンクルスには極めて顕著な特徴があるためだった。
錬金術は〝この世にないモノを物質化させる〟学問であり技術の総称。
しかし、その理──成立背景──が、古くは〈
〈
己が尾を食む蛇神のコスモロジー。
第一の神のカラダには、赤い血でなく銀の血が流れていたとされる。
よって、メルクミツハ神話におけるホムンクルス誕生の一節。
蛇神が自身の体液(血液もしくは精液という説もある)から〝人間〟を作り出したという根拠に則って。
錬金術師がホムンクルスを作成するレシピには、大前提として水銀が必要不可欠。
だからかは分からないが、全てのホムンクルスには銀髪銀瞳。
そして、銀の光沢に輝く爪が備わっていると云う。
高名な錬金術師を抱える貴族の屋敷では、ごくたまにホムンクルスが召使の仕事をしているコトもある。
ゼノギアは過去に幾度か、そういったホムンクルスを目にする機会があった。
倫理的にどうなんだという議論は大昔からあり、歴史を辿ると一時期は禁忌と見なされていた時代もあるようだ。
だが、現代のトライミッドでは〈目録〉の基準に従って、ホムンクルスの製造を禁術登録はしていない。
恐らく、諸外国も同様だろう。
人道的に眉を顰める者もいるため、あまり大っぴらに認められた存在ではないが、節度を持ってひっそり作り出す分にはお咎めなし。そのような暗黙のルールが広がっている。
なので、
「えっと……貴方は?」
「私はユーリ。当教会のシスターです。新しい神父さま。よろしければ、お名前をお願いいたします」
「あ、し、失礼。私はゼノギアと申します……」
「ブラザー・ゼノギアですね。銘記しました。ではどうぞ」
クインティン教会から現れた女性。
シスター服に身を包んだホムンクルスに、ゼノギアは呆気に取られるしかなかった。
街の規模や教会の大きさから言って、ここには多くの信徒が通い詰めているはず。
なのに、たくさんの人の目につく場所──しかも教会──で、どうしてホムンクルスが働いているのか。
疑問に襲われたゼノギアは、理由を訊ねようとしてさらなる疑問に直面した。
「ユーリ姉が男を連れて来た!」
「違うよ! きっと新しい神父さまだよ!」
「なんか、うさんくさくない?」
「若そうだけど、大丈夫かなぁ?」
「誰だぁ、アレ?」
「シスター・ユーリ。そのひとはー?」
「皆さん、ご注目を。こちらはブラザー・ゼノギア。今日からここクインティン教会の新たな神父さまです」
「子ども……?」
案内されて入った教会内には、たくさんの子どもがいた。
幼い子どもたちだ。
下はまだ四歳から五歳といった幼子から、上は恐らく八歳から十歳までといった幼童。
男の子もいれば女の子もいる。
人数は十、二十、三十近くいるか。
ゼノギアはすぐに思い至った。
「もしや、ここは孤児院も兼ねて……?」
「はい」
簡潔な返答は、もちろんホムンクルスのシスターから。
しかし、
「ど、どういうコトです? ここにいる子たちは──いえ、貴方も含めて!」
「どうやら、お気づきになられましたか」
「そりゃ気づきますよ!」
なぜなら、教会にいる人間は全員ホムンクルスだった。
銀髪銀瞳銀爪の集まり。
大貴族の跡取り息子だったゼノギアでも、動揺は避けられない数。
ワケを聞かない選択肢は無かった。
ユーリは語った。
「ここクインティン教会の前任の神父さまは、私どものような存在を受け入れてくださった方なのです」
「……というと?」
「私どもは皆、行き場を失いました。理由は個々によって違いますが、共通しているのはマエストロを失った点です」
ホムンクルスは自身の創造者を、マエストロと呼ぶ。
仮にも〝人間〟を作り出すほどの錬金術師は、巨匠に違いないという理由かもしれない。
それはさておき、ユーリの話ではクインティン教会のホムンクルスは、皆が創造者を失ったようだ。
「大半は培養途中で成長を中止されたモノです。
私はマエストロを病によって亡くし、マエストロのご家族から廃棄されるところだったのを、当教会に引き取っていただきました」
「……通常、創造者を失ったホムンクルスは生命活動の延長に支障を来たすと耳にしたコトがあります」
「はい。ですので、通常はマエストロを失った時点で、私どもは寿命を迎えたものと考えます」
けれど、ホムンクルスたちは今も生きている。
「つまり、私の前任者──」
「ブラザー・ロレンスさまです」
「失礼。ブラザー・ロレンスには、錬金術の知識があった?」
「正解です。残念ながら、ブラザー・ロレンスさまは老衰によりお亡くなりになられましたが」
「なるほど……貴方がたの延命処置法については、残されて逝ったのですね」
「はい」
「……事情は把握しました。最初は面食らいましたが、そういうコトであれば納得です。ブラザー・ロレンスにも、できれば生前にお会いしたかった。どうやらとても、尊敬できる方だったみたいだ」
「──ありがとうございます」
感謝の言葉は、前任者に対する賛辞を受け止めてのものか。
ユーリというホムンクルスは、他のホムンクルスと比べて年齢が成人女性に達している。
ホムンクルスとしての完成度がより高いため、子どもたちに比べると非人間的な声音が目立ったが、人間らしい情動、感情面。
心はたしかに、備わっている様子だった。
……そこからのゼノギアは、覚悟を決めてクインティンの教会で働いた。
行き場を失ったホムンクルスを救うためとはいえ、教会が〝銀の血〟を保護している。
想定していた通り、都市の中での風当たりは甘くなく。
敬虔な信徒の中には、倫理と人道を重んじる者も多いため、信徒だからこそ余計に否定的な態度を取る者もいた。
それでも、たとえ人工的に作られた偽りの生命だったとしても。
人間の都合で勝手に生み落とされ、都合が悪くなったからと死に追いやる。
それはとんでもない自分勝手だと思えたし、前任者の働きに悪があったとは思えない。
ブラザー・ロレンスの穴を埋める形で赴任した以上、ゼノギアはクインティン教会のすべてを引き継ぐべきと考えた。
後から来た者が先にいた者の暮らしを壊してはいけない。
ブラザー・ロレンス亡き後。
クインティン教会は街との折り合いに非常に苦労していた。
ユーリがシスターとなり教会の仕事を引き受けていたが、ホムンクルスである彼女に街の人々は信頼を寄せられなかったのだ。
──人ではない生き物が、どうして人を愛する女神様の教えを説けるのか?
信者は日に日に減っていき、経済的にも困窮し始めていた頃。
正真正銘の人間、新しい神父。
すなわちゼノギアがやって来た。
であれば、ゼノギアが負うべき役割は至極単純だった。
ブラザー・ロレンスがそうしていたように、教会の顔として表に立って、都市の人々と話をする。
ホムンクルスへの不理解を示す相手にも、根気強く対話を持ちかけ彼らの〝生きる権利〟を説く。
──錬金術も人の文明の一部です。
──
──だからホムンクルスも、大きな視点で捉えれば我々と同じなんですよ。
人の営みから生まれたモノ。
文明の一部。
父親譲りの弁舌で、ゼノギアは次第に信徒を増やす──取り戻すコトにも成功していった。
「ゼノギアの兄ちゃんって、すごいヤツだったんだなー」
「ワタシ、神父さま好きかも!」
「メガネの趣味は悪いケド」
「今もずっとうさんくさいままだケド」
「ゼノギア兄が来てから、スープの具が三個も増えたよ!」
「服もビッタリのサイズになったよね」
「ユーリ姉も元気になった!」
「皆さん、ブラザー・ゼノギアに失礼です」
「タハハ……」
結果、子どもたちにはかなり気に入られた。
ホムンクルスは普通の人間より、精神活動がかなり純粋なようだ。
良いことをされたら素直に喜び、思ったコトをそのまま口にする。
あるいは、それは完全なホムンクルスではないがゆえの、欠点だったのかもしれないが。
ゼノギアにとっては、子どもたちの言動は自分の成果をシンプルに確認できる一種の指標だったので、好ましい性質だと受け止めていた。
とはいえ、やはりホムンクルスならではの想定外の言動などはあった。
ホムンクルスは個体差もあるが、ニンゲンよりも身体能力が高い。
端的に表現すれば、子どもの見た目でも大人三人分くらいの腕力があり、そのうえ常に大量の食事を必要とした。
恐らく、エネルギーの消費速度が違うのだ。
クインティン教会に赴任して最もゼノギアの頭を悩ませたのは、ホムンクルスの生命活動にも直結する食料調達の問題だった。
「これまでは、どうやって全員の食事を?」
「基本はブラザー・ロレンスさまが、商人の方と交渉をされていました。それでも足りない場合は、狩りで」
「狩り?」
「ブラザー・ロレンスさまは、弓の名手でもありましたから」
「異色の経歴ですね」
錬金術の知識もあり、なおかつ弓での狩猟にも長けた老神父。
いったいどんな人物だったのだろう? とゼノギアはイメージ像に困惑しながら、それでも狩りは〝有り〟だと思った。
実は城塞都市クインティンの周りには平野があり、そこには
クインティンでは何年か前から
「マンモスを獲れれば、食料問題は一気に解決です」
「ですが、マンモスの狩猟は難しいと聞きます」
「ユーリならきっと、大丈夫ですよ」
「……?」
ゼノギアはホムンクルスの、とんでもない馬鹿力に注目した。
マンモス猟は大の男が複数人がかりでやっても困難を極める。
だが、ホムンクルスが大弓を携え、遠くから矢を射掛ければ?
未成熟な幼ホムンクルスですら、大人三人以上の膂力を持つのだ。
成熟した大人ホムンクルスであるユーリに、ゼノギアはクインティンで一番頑丈だという大弓を買ってみた。
すると、驚くほど上手くいった。
「──マンモス、仕留めました」
「いやぁ……はじめて弓矢を扱ったとは思えない正確さですね」
「私も驚きましたが、こういった特定の動作を繰り返すだけであれば、ホムンクルスは何より得意としているところです」
「あれ、少しドヤってます?」
「ブラザー・ゼノギア、贈り物に感謝を」
「……フフ。ま、ユーリが気に入ってくれたなら良かったです」
「はい」
ゼノギアが赴任するまでの間、ユーリはシスターとしてクインティン教会を預かっていた。
だが、彼女はホムンクルスであるがゆえに、次第に困窮に陥っていく教会を救う手だてを持たなかった。
ゼノギアからのプレゼントは、ユーリが教会の助けになるための明確な手段となって、彼女の心を晴らしたのである。
……そうして、だいたい八ヶ月ほどの月日が経った頃だろうか。
運命の分かれ道。
クインティン教会に、
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tips:ホムンクルス
培養槽人間。
女の胎からでなく、培養槽から生まれるモノ。
錬金術によって作り出された人工生命体。
銀の髪と銀の瞳、銀の爪を持つ。
カラダに流れる血は水銀。
造られた生き物であるため見た目は美しい。
力が強く、食欲旺盛で、〝調整〟が無ければ生きられない。
美しくも儚きしろがねのヒト。
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