#163「海賊たちの自業自得」
さて、夜が来た。
海賊島ガルドゥーガの秘密に触れよう。
この島はかつて、大魔の
黄金に魅入られし
海の魔物というのは一箇所に留まらず、移動を続ける性質を持つモノが多いのだが。
この大魔は海賊という生前を持つため、死後においても海賊行為を繰り返す業に囚われていた。
そして、海賊は何処かに縄張りを持ち、略奪品や財宝、攫った女などを巣穴に持ち帰るのが、当時の常だった。
ガルドゥーガ島は『呪われし金貨』によって、宝島になっていた時期があるのだ。
その噂はもちろん、生きている海賊たちにも伝わった。
大魔が蓄えたお宝は、やがて大魔の移動と共に誰の物でもなくなるだろう。
ガルドゥーガ島を探せ。
金銀財宝を見つけ出せ。
富、名声、力。
〈中つ海〉の海賊にとって、それは夢と希望のロマンに他ならなかった。
やがて、ガルドゥーガ島にはレースの勝利者が訪れる。
大魔が去った後の宝島。
莫大な富はもはや彼らの物。
多くの海賊たちが、彼らを妬み、勝負を仕掛けた。
しかし、辿り着いた勝利者たちは、普通の海賊ではなかった。
魔術師だったのである。
それも、
まつろわぬ民には珍しい話でもないが、大国の支配を逃れた辺境の少数民族というのは、時に独自の信仰文化を持つ。
ガルドゥーガ島に着いたのは、そういうルーツを背景にした海賊魔術師だった。
彼らは『呪われし金貨』の積み上げた財宝が持つ金銭的価値には目もくれず、あくまでも『呪われし金貨』がガルドゥーガ島を〈領域〉にしていた事実。
大魔との強い親和性。
強大な魔術式を構築するに足るピース。
すなわち、記号的な価値を求めて、ガルドゥーガ島を求めたのだった。
では、彼らが望んだ魔術の結果とは何だったのか?
彼らは魔物との同一化を目指す狂信の徒だったのだ。
人が魔へ転じる理屈は、有史以来、誰にも解明されていない。
然れど、人為的に魔物へ転ずる方法論だけは、魔術師たちは早くに識っていた。
なにせ、魔術とは世界への詐術。
自身が求める奇跡に沿った
彼らは『呪われし金貨』との照応を、自分たちに当て嵌めた。
端的に云えば、『呪われし金貨』のように振る舞ったのである。
逸話をなぞり、伝説をなぞり、事件をなぞり、悪逆をなぞり、略奪をなぞり、呪いをなぞり。
これだけ繰り返せば、ついに転変できる。
そういう
けれど、彼らは肝心な物が手に入れられなかった。
黄金に魅入られし
『呪われし金貨』は、その忌み名の通り呪われた金貨を発端に魔物へ転変した。
金貨は、神代の遺物だった。
第一級の〈
人の心を強欲に駆り立てる邪神のコイン。
それが無ければ、どれだけ努力したところで『呪われし金貨』とは言えない。
不完全な魔術式。
海賊魔術師たちは、中途半端な奇跡を叶えた。
限定的な不死身。
死んでも、骨になれば復活する。
骨にならなければ、復活できない。
骨になったとしても、部位が欠損していれば完全な復活はできない。
まさに、不出来なアンデッド。
いや、魔物化に成功したワケではないから、劣化していくだけのお粗末な再生魔術と云うべきか。
巨人艦トーリー号のクルーたちは、一回目の航海では海賊たちを処刑した。
処刑し、死体を火葬にまでした。
だが、一回目の帰りの際には、海賊たちはすでに復活していて、二回目の往復、三回目の往復でも同様の結果となった。
海賊島ガルドゥーガの海賊は、殺しても死なない。
気味が悪い。
だからもう殺さない。
殺さなければ、得体の知れない怪奇現象は起こらないからだ。
そして、海賊たちもまた、殺されて焼かれるのにウンザリしていた。
結果、互いに手出しをしないという不戦の取り決めが交わされて、五回目の今回は初めて安穏な夜が迎えられたのである。
──嘘である。
海賊島ガルドゥーガの海賊魔術師たちは、もちろん巨人たちに報復する機会を探っていた。
虎視眈々と、殺された恨みを晴らすチャンスを待っていた。
自分たちが魔物になれなかった事実はともあれ、海賊である彼らは根っからのならず者。
不戦の取り決めなど馬鹿馬鹿しい。
正面から戦っては返り討ちになる?
なら、正面からなど戦わなければ良いだけだ。
大量の積み荷。
デカイ船。
乗っている人間、特に女。
手を出さずに見過ごすなど、海賊の魂にかけて有り得ない。
彼らは夜の闇に乗じて、寝ている上陸者を襲おうと画策した。
愚かな巨人たちは、こちらがすっかり怖気付いていると油断しているが、馬鹿なヤツらだ。
乗員を殺し、その衣服を奪い、魔術によって変装の違和感を消す。
そうすれば、後は船に潜り込んで略奪の限り。
まずは都合よくも、野営なんぞを試みているバカたちを殺し、作戦を始めよう。
フロッグマン、マーマン、ハーフリングの計三十人。
海賊島ガルドゥーガの荒くれは、月が中天に座した真夜中、足音と息を潜め静かな悪逆の予感に興奮していた。
──バカな乗客どもだ……
──身ぐるみ全部剥いでやらぁな……
──柔らかそうな娘だったな……
──ああ、たまらねぇなぁ……
──久しぶりのラム肉……
──カルメンタリス教に呪いあれ……
──喉を切り裂いてやる……
島の泉に向かう最中、彼らは
誰も彼もが自分たちの勝利を、まったく疑いもしていなかった。
だが、彼らは途中で違和感に足を止めた。
──なんだ……
──今夜はやけに……
──寒ぃな……
──霧……?
足元から忍び寄る、サァ……とした冷気。
急に立ち込めはじめた冷たい霧。
不審に思い辺りを見回せば、
──!
──なんだっ?
──……誰か、いるのか……?
──いや、見間違い、か……?
木陰の奥を、何か不確かな影が蠢いたような錯覚。
木立から木立へ、霞のように幽む怪しい闇。
茂みの真下や、石の下からも不穏に揺蕩う黒色。
虫や動物のものではない。
魔物への同一化を望んでいた彼らは、程なくしてその正体に気がつく。
──っ、クソ、亡者の念だ!
──魔物未満のカスども……!
──ちっ、驚かせやがって……
──だが、なんだってこんな急に湧いて……
──……待て、コイツら!
数がおかしいコトと、囲まれ始めている状況を察知するのに、大した時間はかからなかった。
彼らは見た。
あるいは聞いた。
ぺたり、ぺたり
ひた、ひた
ねぇ、まって?
いっしょにあそぼう
おいで、おいでよ
──!!!!!
──誘ってやがるッ
──逃げるぞ、捕まったらヤベぇ!
そう言って慌てふためく刹那にも、亡者の念は勢いよく数を増し、次第に厚みを増した。
死霊。
この世に降り積もる〝よくないもの〟から、明確な存在力を手にした魔物へ。
否、あるいはそれは、初めから死霊だったのかもしれない。
輪郭を得た凍死体が、ガルドゥーガの海賊たちを追いかけ始める。
──ヒッ!
──い、いやだ、いやだ!
──お、おれたちは、こんなのに成りたかったんじゃない!
──待って、助けて……!
──離せバカヤロウッ
悪逆の興奮に烟っていた海賊たちは、いつの間にか島の泉に背を向けて、真反対の方角へ走っていた。
捕まった仲間がどうなったかなど、彼らは考えない。
ただ一目散にその場から逃げ出して、自分が助かるコトだけを彼らは求めた。
──フゥッ、フゥッ!
──ち、ちくしょう、何だってんだ!
──ここまで、ここまで来れば……ッ
──も、もう大丈夫だよ、な……?
三十人いた荒くれは、そのうちに半分にまで数を減らしていた。
しかし、冷たい霧と怖気の冷気からは、彼らはどうにか脱出できた。
生き残った十五人は、しばらく震えながらも、ドクドクと鳴り続ける己が心臓に、ホッと胸を撫で下ろす。
然れど、
ドスッ!
──え
──矢!?
──チクショウッ、何処から……!
──伏せろ!
──いや走れ!
そんな彼らに、突如として飛来したのは姿なき暗殺者。
夜の闇に紛れて、ヒュゥゥゥンッ、と風を鳴らす矢羽根の音。
弓矢による遠距離攻撃が、嘘のように海賊たちを射殺す。
フロッグマン、マーマンの頭が、それこそ矢継ぎ早に射貫かれ宙を飛んだ。
剛弓。
恐るべき破壊の矢。
──う、うおおおおぉッ!?
──隠れろ! 隠れろ!
生き残ったハーフリングは、背丈が小さいがゆえに幸運だったのだろう。
仲間がどんどん倒れ伏していく傍らで、彼らは物陰に飛び込み命を拾った。
矢の音が止まり、戦々恐々しながらジッとする。
どうしてこうなったのかは分からない。
しかし、自分たちは恐らく、手を出してはいけないモノに近づいてしまった。
ゆえの結果だと、後悔が遅ればせながらやって来る。
長い夜が始まった。
生きた心地がしない闇の中。
骨になれば復活は可能でも、彼らは誰かに焼いて貰えない限り、すぐには骨になれない。
肉が腐り、地虫が腐肉を食らい、骨だけが地上に残るまで、どれだけの月日がかかるだろう。
そのあいだ、自分の骨がすべて無事のままである保証も無い。
大切なものが欠けていく。
記憶や精神が穴だらけになっていく。
魔術の腕も劣化していき……
──ああ。
──そうか……
気がつけば、彼らの前には雌狼がいた。
鋭い牙を剥き出しにし、ガルルル唸る獰猛な肉食獣。
いつからそこに、いたのだろう?
気配はまったく感じていなかった。
まるで虚空から不意に現れたみたいな突然のコトで、獣の口腔がハーフリングの喉元に迫る。
皮膚が突き破られ、血が流出し、骨もまた噛み砕かれて息の根が止まる。
夜に谺響するのは浜辺に押し寄せる波のざわめきと、狼の遠吠え。
海賊島ガルドゥーガの無法者は、その瞬間、完全に全滅だった。
────────────
────────
────
──
明くる日。
「うわ、なんだこりゃ」
「海賊さんたち、亡くなってますね」
「おやおや」
島の惨状に頭を掻きつつ、俺は「ひでぇな」と呟いた。
寝ずの番をするのも面倒だったので、昨夜は死霊術で泉の周囲を警戒させていたのだが。
案の定というかやはりというか、海賊たちが何人も死んでいる。
殺して良いとは命じていなかったものの、殺すなとも命じていなかった結果だ。
どの死体も完全に憑り殺され、パキパキと凍っていた。
けれど、港町の方へ進むと、首の飛んだ死体や喉元が食いちぎられた死体もあった。
「フェリシアか? これ」
「あ、はい。私も昨日、警戒のために“
「フェリシア殿がこれを? おお、ワタクシいささか誤解をしておりました……」
凄惨な死体の状況に、カプリが慄いた声音で少女に言う。
「フェリシア殿は意外と、恐ろしい方だったのですな」
「い、一応、危ないヒト以外は襲わないつもりで、魔法を使ったんですよ?」
「くわばらくわばら。ワタクシは
「カ、カプリさん!?」
吟遊詩人の戦慄(というか半ば揶揄)に、フェリシアが慌てる。
俺はゼノギアを見た。
辺りに痕跡は無いが、死体の損傷状態的にフロッグマンとマーマンを殺ったのは、フェリシアの動物魔法ではないように思えたからだ。
「メラン殿下。何か?」
「いえ。ただ頼もしい仲間だなと」
「ふむ。そうですね。フェリシアさんはとても頼りになります」
嘯く神父の丸メガネは、太陽の光を反射して目元を隠した。
……まぁ、ゼノギアもゼノギアなりに、俺たちを守ってくれているんだろう。
依然として秘密主義だが、俺たちに悪意は無いようなので追及はしない。
「しかし、船長に何て説明したものか」
正当防衛にしても、やや過剰だった気がしないでもない。
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tips:ガルドゥーガ島の海賊たち
魔物を崇拝していた異教の魔術師。
大魔『呪われし金貨』との同一化を目指していたが、構築した魔術式には必要不可欠なピースが欠けていた。
人々の心を強欲に駆り立て、理性を失わせる邪神のコイン。
それを見抜けなかったのは、彼らが魔術師として二流だったからである。
次に復活するのは、果たして何時になるのか。
復活した時、数はどれだけ減っているのか。
緩やかな滅びが彼らのさだめ。
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