#162「海賊島で道具語り」
海賊島に着いた。
(え? 海賊島?)
と、戸惑いを覚えざるを得ない光景だが、まさかの海賊島なのである。
魚竜殺しから大体二週間ほど経ち、〈中つ海〉での現在位置は北東。
そろそろ北方大陸の海というより、東方大陸の海といった変化が水温には現れている。
西からの〈ドラゴンの翼風〉も、この頃は生暖かな湿気を混ぜるようになった。
一つ目の寄港地であった翡翠島からは、一ヶ月以上の航海を挟んでいる。
海賊島の名は、ガルドゥーガ。
その異名の通り、ここは海賊たちの縄張り。
陸から追放されたゴロツキやならずもの。
スネに傷持つ海上の略奪者。
ガルドゥーガには髑髏の旗が翻っていて、一目で無法者たちの棲家だと分かる。
桟橋から見える建物も、ロクな手入れはされていない。
見るからに、野盗どものネグラといった風情で。
「こんな島に、どうして寄港を?」
疑問に思う乗客はいた。
しかし、船長の答えは単純だった。
「ガルドゥーガには真水の補給と、船員たちを陸で休ませるために寄港します。この島を逃すと、次の〈大海のポータル〉まで保たない者が出てくるでしょう」
「他に選択肢は無いんですか?」
「ありません。この辺りには、ガルドゥーガの他に補給が可能な島が一切無い」
よって、海賊島ガルドゥーガを寄港地にするしかない。
不安はもっとも。
だが、巨人艦トーリー号は勇猛果敢な巨人の船乗りたちで操船されている。
「島に棲む海賊たちも、我々と戦おうとは思いません。こちらが一定の食料を分け与えるコトで、互いに一切の手出しをしないコトを取り決め済みです」
ゆえに、取り決めの範囲内であれば、乗客も安心して島に下り立てると。
事前にそのような説明を受けて、俺たちはガルドゥーガに上陸した。
島の浜はザクザクした砂利で、流木や酒瓶などのゴミが散乱している。
久しぶりの陸というコトで、一先ず下り立ってみたが。
「これから三日、どうやって過ごしますか」
「ちょっと、イヤな雰囲気の島ですね」
「何でしたら、船に戻り船室に篭もるというのもよろしいかと」
「……私としては、せっかくの陸地ですから……少しでも苦しみから解放されたいところです……」
「宿屋なんてありますかね?」
「野宿でも良い……!」
ゼノギアはよほど船から逃れたいらしい。
停泊中の船なら、揺れもそこまで無いはずなので大丈夫ではないかと思ったが、もはや船そのものがトラウマになっている様子があった。
青ざめた顔で両目を見開き、髪を振り乱しながら鬼気迫る迫真で唸られる。うーん、獣か?
「……とりあえず、ゼノギア神父の体調もあります」
「ふむ」
「無理をさせても可哀想なので、ここは野宿でも良いから良さげな宿を探しましょうか」
「取り決めがあるってコトは、船員さんたち向けの休憩場所があるはずですもんね」
「では、目星がつきましたら交渉はワタクシが」
話がまとまったので、皆で頷きガルドゥーガの探索を開始する。
海賊島というだけあって、島の文明度は低い。
道は最低限しか整えられていない。
薄汚い港を奥に進むと、掘っ建て小屋のような粗末な木造建築が立ち並んだ。いや、というより、船のパーツ。
残骸のようなものが、家として利用されているようだ。
乗組員室、船長室、船首楼や船尾楼。
船をパーツごとに切り取って、そのまま個別の家屋にしたような独特な景色。
棲んでいる海賊たちの種族は、フロッグマンやマーマン、ハーフリングが多数。
どいつもこいつも、ニヤついたり剣呑な眼差しだったり、不快なツラでこっちを見ている。
「チッ、ダークエルフかよ……!」
「カルメンタリス教に呪いあれ!」
「メスだッ、メスがいるッ!」
「おいおい、ラム肉まで歩いてやがるぜ」
胡乱な連中だった。
巨人に喧嘩を売る度胸は無いのに、俺たちくらいなら喧嘩を売っても構わないと思っている。
まだ独り言レベルの、ザワザワした小声だが……
(巨人たちは何で、コイツらを掃討しないんだ?)
安全な航路を確保するなら、海賊なんて処刑しておくのがヰ世界クオリティなはずだが。
耳がいいせいで、聞きたくもない雑言が聞こえてくる。
顔をしかめると、カプリもまた不愉快げだった。
「取り決めなど、この手の輩に意味は無いでしょうに」
「同感ですね」
「ふむ。お二人には何やら、聞こえているみたいですね」
「先輩?」
「大丈夫だ。別にキレてなんかない」
自由民時代に、野卑で粗暴なカスどもは何度も見て来た。
後ろから顔を覗き込んで来たフェリシアに、微笑して安心させる。
とはいえ、ちょっと進んでみただけで、こんなにも不愉快になった。
壁と屋根のある宿があったとしても、信用はできない。
「あっちの、人気の少ない方に行きましょうか」
「よろしいかと」
「異論はありません」
「天気も良いですもんね」
鬱蒼とした木立に踏み入り、自然が多い島の奥地へ移動を開始した。
地面は湿っていて、黒色に近い。
しばらくすると、野営に最適な開けた空間に出た。
「泉か」
「結構広いですね」
「水の補給は、恐らくここでするのでしょう」
「あ、巨人さんたちの足跡もありますよっ」
「となれば、今日明日はこの辺で休むとしましょうか」
「私のために、皆さん申し訳ない……」
「気にしないでください。旅の仲間を一人にするワケにはいきませんから」
「メラン殿下……」
ゼノギアが感動した声音で俺を呼ぶが、トライミッド連合王国の政治的頂点、宰相ザディアの息子。
そんな重要人物を、海賊島で一人にしてしまう方が俺は不安になる。
「カプリさんやフェリシアは、船に戻ってても構わないですけどね」
「何をおっしゃいます。ワタクシは皆さんの旅のサポート係。そして英雄たる貴方の偉業を、いずれ伝説となす予定の歌い手。この程度の些事を理由に、職務を疎かにするつもりは毛頭ございませんとも」
「え、えっと、私も別に苦じゃないです!」
饒舌なカプリに、フェリシアが焦った口調で主張した。
苦笑して焚き木を集める。
「船に戻ってても、別に俺たちは気を悪くしたりしないのに」
「なに、お気になさらず。ワタクシは好きでやっているコトです」
「はい。私も好きでやっているコトですから!」
「うう……! なんて優しい方たちなのでしょう……!」
ゼノギアが泣いた。
だばー、と泣き始めた。
船酔いで弱っていたからだろうが、号泣すぎてちょっと引くレベルだ。
食も細くなっているようだし、あまり体中の水分を無駄に放出するのは、控えて貰いたいんだがなぁ。
火打金で火を熾す。
「手早いですな」
「旅慣れていれば、普通じゃないですか?」
「魔法使いの方がそのように火を熾すのは、珍しいように思いましたので」
「人間の魔力は有限ですからね」
たとえ底知れない魔力量を抱えていても、楽ばかりするのは躊躇われる。
「あと、道具がもったいない」
「先輩の持ち物って、よく使い込まれた物が多いですよね」
「昔から愛着があってな。壊れない内は、使い続けるのが当然だろ?」
「ふむ。ですが、さすがにそちらの斧は、かなり限界に見えますが」
「たしかに。私の目にも、ひどい刃毀れに見えますね」
「あー……」
曖昧な笑みで、地面にぶっ刺した斧を振り返る。
否定はできない。
リンデンで鉄鎖流狼と戦ってから、俺の斧はかなりボロボロだ。
仮にも大魔と大立ち回りを演じたため、ドワーフ鍛冶に鍛えさせた特注品も、今では半ば鈍器に近い。
斧というより、これでは
「俺もこれについては、早いとこ代わりを見つけたいんですがね……」
「並の武器では不足、と」
「ええ、まぁ」
「魚竜を殺せるほどの魔法使いなのに、斧を必要とするのは何故なので?」
「ふっふーん。カプリさん。それは先輩本来の戦い方が、むしろ斧を使った白兵戦にあるからです」
「なんと」
カプリが驚き、ポロロン、とリュートハープを鳴らした。
リンデンでの俺を知らないと、たしかに俺が斧を持っている理由は分からないかもしれない。
けどまぁ、俺も最近は斧について、昔の悩みが復活している。
カプリが疑問に思うのも仕方がない。
脆い武器、弱い武器では、強敵に通じないのだ。
現状の俺は、たしかに魔法を主戦力にしてしまっている。
斧使いとして、そこに
「ただ、大魔との戦いでも問題なく使える武器なんて、世間には滅多に転がっていませんからね」
「なるほど、たしかに」
「英雄の扱う武器は、やはり相応の伝説であるべきという理屈ですな」
アレクサンドロ・シルヴァンが、白嶺の魔女討伐のためにカルメンタリス教の秘宝、至高の聖剣を使ったように。
これからの俺には、同等の武器が必要だった。
「ま、今のところは無い物ねだりにしかなりません。この話はもういいですよ。それより俺は、ゼノギア神父の大弓が気になります」
「おっと、私の弓ですか」
泉から水を汲み、顔を洗っていた優男が立ち上がる。
ゼノギアが大弓を持っている理由について、実はこれまで誰もツッコミを入れていなかった。
船ではゲェゲェ吐きまくっていたからというのもあるが、俺とフェリシアはリンデンからロアまでの道のりでも、そこには触れていない。
生成りになった由縁を、ゼノギアは語らないからだ。
神父にはミスマッチが過ぎる所持品。
無関係であるとは、もちろん誰も思っていない。
が、
「別に、これはただの大弓ですよ。昔、とある友に譲っていただいた物です」
「弓弦を引き絞るには、かなり力が要りそうですな」
「使ってるところは、そういえばまだ一度も見てないような?」
「ふふ。使う時が来れば、いずれ使いますとも」
神父は大弓に触れ、一瞬、懐かしむように目蓋を伏せる。
しかし、そこから先は今回も語らなかった。
顔を拭き終わったゼノギアは、フェリシアに水を向ける。
「フェリシアさんの杖はどうなのです?」
「え?」
「魔術師の方が杖を持つのは有名ですが、魔法使いにとって杖は、必ずしも必要では無いと聞きます」
「現に、メラン殿は杖を持っておりませんな」
「あ、はい。そうですね」
「見たところ、フェリシアさんの杖は梟の意匠をしているようですが、たしかフェリシアさんの姓も、オウルロッドでしたね」
梟の杖を持っている。
だからオウルロッド?
疑問にフェリシアは、杖を取り出して説明した。
「これは師匠からの贈り物なんです」
「師からの贈り物?」
「珍しい話では無いんですよ? 魔法使いの師弟は、ある種の親子関係みたいなもので、弟子が一定の実力を持つと、師は杖を贈るんです」
魔法使いの間では、有名な伝統と慣習である。
魔法使いに杖は必要無い。
だが、杖は魔法を行使する際に、諸々のイメージの助けとなる。
対象に突きつけ、指し示す動作は、意識を集中させる補助の役割を果たすためだ。
そのため、魔法使いが杖を持ち歩くコトを、中には未熟者の証として恥じ入る者もいるが。
杖を贈られた魔法使いは、逆に言うと、〝補助具さえあれば魔法の行使に何の問題も無いレベルに達した〟という意味を持ち。
あらゆる弟子にとって、それは師から認められた誇らしさの証。
「姓との符号は、単純に私が家名を持っていなかったからですね」
「家名を持たない魔法使いが、自分の杖に因んだ姓を名乗るコトはよくある話みたいですよ」
「なるほど……そういえばリンデン支部の方も……」
俺の補足に、ゼノギアが得心の行った顔で頷いた。
ルカ・クリスタラー、水晶杖のルカ。
アイツも元は、家名を持たない孤児だったらしいからな。
クリスタラーの姓はそこからだ。
もっとも、ルカの場合、養父から贈られた杖を印具にもしていて、今じゃそれが二つ名になるほどの実力の持ち主。
杖を使っているから未熟者だと決めつけるのは、ケースバイケースだ。
「──各々方、御自身の所持品には、並々ならぬ想いがあるというコトですなぁ」
ポロロン。
家名を持たないカプリが、綺麗にまとめてくれた。
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tips:ガルドゥーガ島
北方大陸の東南、東方大陸の北西の海に位置する海賊島。
島はフロッグマンやマーマン、ハーフリングなどの海賊たちの縄張りとなっており、巨人艦トーリー号は彼らと取り決めを交わし寄港地にしている。
島は小高い丘状になっていて、船の残骸を利用した奇妙な港町を擁する。
自然は豊かなようだ。
だからこそ、旅人は思った。
なぜ処刑しないのか?
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