#160「魚竜を殺す弩砲」
〈大海のポータル〉──。
一つ目のそれが海から転じた魔、深海の悪霊、
二つ目のそれは、海から転じた竜、孵化登竜現象、
というか、〈大海のポータル〉
巣ができた切っ掛けはもしかすると、異界の門扉の解錠時に、
体長はおよそ五十メートル。
通常の
硬骨魚らしい骨格と、流線形のフォルムは変わっていない。
しかし、その体表にはたしかに竜種の甲鱗が生え、尾鰭は六メートル以上、口からは十万単位の歯、泳ぐ力強さも顔つきも、完全に魚竜の名に相応しい威容になっている。
ぐるぐると回る大波のサークル。
それと共にぐるぐる流れの中を泳ぎ続けながら、海面から覗く巨影は流木だろうと何だろうと、お構い無しに喰らっていた。
地竜とは、自然の理を脱し不必要な殺生や、異常食を繰り返した獣の成れの果て。
恐らくあの
その境遇には憐れを思うが、地竜は完全なドラゴンではなく転生前の特徴を色濃く残し、魂がアンバランスなためか、やたらと凶暴性が高いので厄介だ。
リンデンの
「過去四回の航海じゃッ、アレをどうやってやり過ごしてたんだ!?」
「タイミングを見計らってッ、ヤツの周回軌道とカチ合わないよう前進したんですよ!」
「博打じゃねぇかッ……!」
雨。
激しい雨。
荒れた天気の下、海はシケにシケっている。
甲板を打つ水の雫は、どれも大粒でバケツをひっくり返したかのような轟音を立てていた。
声が掻き消されないよう、大声で話すのにも体力を消耗させられる。
風も強く揺れも強く、視界は悪い。
まさに絶好の航海日和。
「この状態でッ、抜けられるんですか!?」
「ちょぉッと無理かもしんねぇです!」
フェリシアの当然の疑問に、船長はガッハッハッと笑いもせず答えた。
海がこれだけ荒れていては、さしもの巨人たちも自分たちの操船技術に不安を抱くようだ。
あるいはプロフェッショナルとして、ダメだと分かる限界がちゃんと見えているのか。
どちらにせよ、これは魚竜をどうにかしなければマズイ事態になる。
〈大海のポータル〉の中に入れば、嵐の影響も少しは弱まるだろう。
けれど、今度はその代わりに、トーリー号が魚竜に食われる可能性があった。
最下級とはいえ、
〈渾天儀世界〉じゃ、十億年前から存在する生命だ。
ドラゴンはドラゴンというだけで、存在の強さが違う。
(物理的にも、概念的にも……!)
だが。
だとしても。
「雨足は強まる一方だ!」
「シケに呑まれる前に、ポータルを抜けちまいましょうッ!」
「船長! このままじゃメインマストが折れちまう……!」
「バカヤロウッ! 支えやがれぇぇッ!」
クルーたちの声から、後退や停滞の二文字はあり得ない。
そして、
死霊術の虜となった名持ちのドラゴン。
錆鉄吐き、アイリーン。
リンデンでは白蛾虎竜、ヴァイスを殺したのも記憶に新しい。
ならば、これからの俺は彼女よりも強くならなければならず。
ベアトリクスが孵化登竜現象を、何の問題もなく降せていたならば、
「──俺だって、自分の力だけで」
「先輩!?」
「
「ッ、おいおい、まさか
「やらいでか!」
船長の驚愕に威勢よく吠えつつ、船の舳先に向かう。
「どのみち今後もこのポータルを使うんならッ、障害は無い方がいいだろ!」
「だからって! ……いや、くっ、アンタ巨人でも船乗りでもねぇのに、カッコいいな!」
「船長! 真っ向から行けるか!?」
「ガッハッハッハッ! ヘタに逃げ切ろうとして横っ腹かケツを食われるより、正面衝突でブチのめそうってか!? いいぜ、やってやろうぜ野郎どもッッ!!」
「「「ウ、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」
「……!」
ドン!
ドドン!
ドン!
ドドン!
どこからともなく、太鼓の音が船上に響く。
巨人たちも覚悟を決め、次々に銛を握り始めた。
「面舵いっぱい──!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」
トーリー号は〈大海のポータル〉の流れに沿い、重力を無視した進路を回る。
潜り抜けるまでの時間は、五分か十分か。
巣穴に入り込んだ新たなエサを、
反対側の螺旋から、勢いよく大口を開けて突っ込んでくる。
最初に攻撃したのは、巨人たちだった。
「〝巨人の銛突き〟をッ、食らうがいい──!」
およそ、五メートル以上。
巨人用の銛。
鋭く硬く、太く長く、それでいて素早い発射。
容貌魁偉なる巨人が扱えば、人力による投擲も捕鯨砲に匹敵する殺傷力。
矢のように投げ込まれる銛の多重攻撃に、並のクジラやシャチであれば一溜まりも無かっただろう。
然れど、そのカイブツは竜種へ転変した荒御魂。
巨人の銛突きは俺ですら目を見張り、ロケットランチャーかと思うほどの衝撃を撒き散らしたにも関わらず。
魚竜の甲鱗には、ほとんど傷がついていなかった。
せいぜいが表面を軽く削り、打撲を与えた程度。
海面に潜航する魚竜は、海と鱗の二つの鎧に身を守られ、挙げ句、口に入り込んだ銛は
巨人たちが目を剥き、狼狽える。
「ガッハッハッ! 高いなッ、最強の壁は!」
「それでも、傷はたしかに付いた……!」
巨人の虜力と、バカデカい武器があれば。
魚竜にも通用する攻撃が可能であると識った。
ああ、しかと目に焼き付けたぞ。
(それに俺はな……アルマンドさんの弩砲も識ってるんだよ……ッ!)
今は亡き老刻印騎士。
城塞都市リンデンにて、双璧の片割れを担った人界の守護者。
白蛾虎竜ヴァイスの竜咆哮に、真正面から激突した〝穿ち〟の究極。
たとえ敗れたりとはいえども、アレが無ければリンデンには更に甚大な被害が訪れていた。
老騎士の生涯に等しい刻印に、俺の魔法が追いつけるとは思えない。
しかし、この身、この魂に、心に刻んだ想いは色褪せるコト知らず。
呪文に懸ける想いの丈は、いつだって不朽だ。
構える得物は竜咆哮に抗した弩。
番える矢は甲鱗に傷を与えた巨人の銛。
イメージ・エンド。
引き絞り、狙い眇め、撃ち放つ灼熱は今度こそ──
「行くぞ──“
「UHHhaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa────!!!!」
船の舳先で対峙した、
限界まで引きつけ、ついに
俺は、魔法を発動した。
「なんて──こった」
「先輩……」
結果は、
ドゴオオォォォォォォォォンッッッッ!!!!
穿ち抜かれた魚竜が、肉片と血霞となって海へ溶けゆく。
「……勝った」
「勝ったぞ……」
「勝ちやがったッ」
「ダークエルフの英雄ッ!」
「魚竜殺し!」
わあ、と。
歓声はポータルを、通り終えるのと同時に。
────────────
tips:竜殺し
ドレイクスレイ。
偉業。
英雄のきざはし。
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