#159「レヤンドラスの歌」
カプリが旅の仲間に加わったコトで、当面の路銀の心配は無くなった。
翡翠島での余暇を大いに満喫し、心身ともにリフレッシュを挟んだ俺たちは、一週間が経過したいま再び海上の人となっている。
巨人艦トーリー号は最初の寄港地を後にし、今度の目的地は次なる〈大海のポータル〉
エメラルドグリーンの海に別れを告げて、船のマストは満帆に膨らんでいた。
ゼノギアは船酔いでダウンしてしまっているが、それ以外に関してはまさに順風満帆な船旅が続いている。
だが、船上の生活に変化が無いワケじゃない。
カプリが仲間になったコトで、俺たちのクオリティ・オブ・ライフは間違いなくレベルアップしていた。
旅のサポート係を請け負うという話に、どうやら偽りは無かったらしく。
吟遊詩人の
たとえば、俺が斧の手入れのために亜麻仁油か何かを補給したいと思えば、
「メラン殿。こちら商人の方から譲っていただいた、植物油になります」
「お、おお。すいません、ありがとうございます」
「いえいえ。これも最初の取り決め通りですから」
と、カプリはタイミングよく欲しいものを調達し、
「うーん……」
「フェリシア殿。いかがされましたかな?」
「あ、カプリさん。実は最近、髪が伸びてきちゃったので、新しい髪留めが欲しいなぁって」
「ほうほう。それでしたら、こちらに数種の髪紐がございますよ」
「え! すごい! ぜんぶ可愛い!」
と、俺とゼノギアだけなら気づかなかった、少女の繊細な悩みにも気を利かし、
「酔い止めの薬を……」
「すみませんが、それは未来の薬師に開発を託しましょう」
「そん、な……」
「代わりと言っては何ですが、どうです? とても香りの良い花を仕入れてまいりましたよ? 船医殿、こちらぜひお部屋にでも」
「おお、これはありがたい!」
と、半病人への非常に心温まるお見舞い品まで用立てる始末。
一人で旅をして来たと言うのは、嘘ではないのだろう。
船という閉鎖された狭いコミュニティ内で、極めて巧みに物々交換等の折衝を行なっていた。
「カプリさんは対人スキルが高いんですね」
「吟遊詩人ですので。他人の気を引く能力がなければ、芸事で食ってはいけません。それに、我々は自分を売り込むため、自ずと駆け引きの妙味を学びますから。吟遊詩人だからといって、歌ってばかりの暢気な仕事ではないのです」
「……なるほど」
カプリは予想以上に、有能な人材だった。
おかげで二ヶ月目の船旅だというのに、俺たちの気力精力は他の乗客に比べて、明らかに英気に満ち満ちている。
もちろん、船酔いで地獄を見ているゼノギアは除くが。
渾天儀暦6027年16月17日。
出発した時はまだ、季節は冬の前半だった北の海も、今ではすっかり冬の中盤戦。
翡翠島とかいう夏島のせいで、季節感覚がかなり狂わされた感はあったが、今日の天気は懐かしさすら覚える雪だった。
黒色の海に、白い空から舞い散る氷の結晶。
静かで穏やかな海上の雪。
こうして空模様を見ると、俺たちがまだ
さて、今日はそんなデッキで釣り糸を垂らしながら、カプリの歌を聴いていた。
“おお 怒りの剣 光の刃”
“魔物を 打ち破る 猛き益荒男”
“鋼の 肉体 不屈の魂”
“我らの 安息 守るために”
“彼の者 悪魔の 絶滅者となり”
“数多の 嘆きを 希望で塞ぐ”
“その身に 刻みし 誓いの言葉”
“栄えある 騎士道 人界を守る盾”
「「「グラディウス!」」」
「「「グラディウス!」」」
「「「グラディウス!」」」
歌は『憤怒の英雄』だった。
連合王国の民も多く乗っているからだろう。
甲板は雪に晒されているのに、燃え滾るような熱気が乗組員の顔にはあった。
船室の奥からも、くぐもった叫びが聞こえる。
刻印騎士団の長、アムニブス・イラ・グラディウス。
彼の人気はきっと、こうやって海すら越えて広まっていくのだろう。
俺は歌声からは少し離れた位置で、暇つぶしの釣り。
隣にいるフェリシアが、リズムに合わせて鼻唄を歌っていた。
足元にあるバケツは、ちなみに数時間前からまったく中身が変わっていない。
「あれだけ騒がしいと、魚もきっと逃げちまうんだろうな」
「私は釣果ありますよ?」
「……」
フェリシアのバケツには、活きの良い魚が三尾。
場所もエサも完全に同じはずだが、なぜか釣果に差があった。
海釣りなんて別に期待はしていなかったが、釣りってのがつくづく俺には向いていないのだろう。
フェリシアの手前、ちょっとはカッコつけたかったが、情けないのでこれ以上はやめるコトにした。
てか、竿も糸も長すぎるだろ。手に伝わる感触がめっちゃ分かりにくいわ。
口の中でモゴモゴぼやく。
そうしていると、カプリの歌は知らないものに変わっていた。
“海よ 海よ 猛き荒海よ”
“箒星を喰らった 滅びの神”
“巨いなる龍は 眠りの底”
“波濤の獣 目覚めるなかれ”
“沈みし魂 鎮魂の歌 最果てに響く”
“海よ 海よ 猛き荒海よ”
“凶つ星を呑んだ 終わりの世”
“矮小なる人は 眠りの園”
“混沌の獣 畏れ多き御名を呼ぶなかれ”
“原初の海にて 望まれざる予言が 彼方に謳う”
「……なんだ? ずいぶん不吉な歌だな」
「そうですね。クルーの皆さんも、さっきまであんなに明るかったのに」
カプリが二つ目の歌を歌ってからは、珍鬱というか厳かなムードに包まれてしまっていた。
歌のテンポ自体は、それほど重苦しい雰囲気ではなかったものの、歌詞は意味深で警句じみた言い回しが多い。
怪訝に思っていると、カプリはそこで船長に声をかけられ、演奏と歌を止められていた。
頷いたカプリは、一礼してからこちらに歩いてくる。
「カプリさん。何か問題でも?」
「……いえ。特別問題というワケではありません」
「じゃあ、どうして止められちゃったんですか?」
「そうですな。恐らくは天気のせいでしょう」
「天気?」
「どうやら雪のせいか、少々情感が乗りすぎてしまったようで、やや士気にかかわると」
要するに、バラードは気分が落ち込むからやめてくれ、って言われてしまったようだ。
「どうして、さっきみたいな歌を歌ったんです?」
「『憤怒の英雄』なら、皆さん大喜びだったのに」
「ふぅむ。いや、これも時代の変化でしょうなぁ。私なりに気を利かせたつもりだったのですが、最近の船乗りは『レヤンドラスの歌』を好まないそうで」
「? というと?」
「次なる〈大海のポータル〉がですね、魚竜の巣だというのですよ」
「魚竜の巣」
「はい。〈中つ海〉は巨いなる龍海。となれば、彼の巨龍レヤンドラスに比べれば、魚竜などは大した危険ではない。昔はそういう文脈下で、何かと事あるごとに親しまれた歌だったのですが……」
時代が変わりましたね、と。
カプリは残念そうに肩をすくめる。
が、巨龍レヤンドラス。
それは〈渾天儀世界〉で、終末を意味するドラゴンの名だ。
動物界・天地道の頂点と言ってもいい。
ドラゴンはドラゴンというだけで、星の最強種。
世界最強の獣として数えられる絶対的生物。
しかし、ドラゴンにももちろん格はあり、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆地竜:
孵化登竜現象。獣から竜へ転じたモノ。
◆竜蛇:
リンドブルムを代表に、翼と後ろ脚無き蛇。シーサーペントの類。
◆竜 :
純然たるドレイク。赤竜や白竜などの
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここまでが下位存在たる竜種。
そして、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆雑龍:
竜種と龍種のミックス。異形龍とも。
◆純龍:
古龍の末裔。龍同士の仔。飛龍や翼龍に分かれる。
◆古龍:
オールドエルダー。龍種の祖。ドラゴンの神。
◆巨龍:
終末の化身。古龍の中でも別格とされる三柱。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以上が竜種の上位存在たる龍種の区分け。
ドラゴンとは、これら荒ぶる獣の総称である。
……厳密には、竜種まではドレイクと呼ぶべきなので、細かく分けるなら異なる生き物として考えるべきなのだろうが、そのあたりは〈渾天儀世界〉でも雑だ。
学術書や研究書、図鑑などでは分けて記載されているも、大抵の人々は一括りにドラゴンと呼んでいる。
俺を幼い時に襲ったのは、恐らく雑龍だった。
昔はアレが最下級のドラゴンだと思っていたが、厳密に整理していくと更に下がいたコトになる。
セドリックは本当に、よくアレに引き下がらなかったものだ。
現状の俺も竜種程度であれば、魔女化しないまま戦える。本当にただ戦えるだけだが。
成長した雑龍や純龍には、まったく敵う気がしない。
魔女化必須である。
(まぁ、それはともかくとして)
ドラゴン・オブ・ドラゴンである巨龍の歌なんて、現代ではほとんど絶望の歌だろう。
昔は逆に勇気を奮い立たせる歌だったみたいなコトを言ってるが、カプリっていったい何歳なんだ?
「カプリさんって、おいくつなんですか?」
気になっていると、フェリシアが臆せずに質問した。
カプリがパチクリ瞬きをする。
「ワタクシの年齢ですか?」
「俺も気になります」
「ふぅむ。そうですか……では秘密で」
「えー!」
謎多き吟遊詩人は、ミステリアスに微笑み「では」と船室へ消えて行った。
「あからさまに、はぐらかされちまったな」
「でも、カプリさんなりに勇気づけようとしてたなら、悪いヒトじゃないと思います」
「かもな」
魚竜の巣。
地球の古生物にも魚竜の名で知られる種はいたし、〈渾天儀世界〉にも恐らく似たような尋常の生物は存在しているが。
カプリは今回、地竜の文脈でそう表現したんだろう。
(言うなれば──海竜)
海の生き物の孵化登竜現象。
でなければ、巨人艦トーリー号が脅威に見なすはずは無い。
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tips:巨龍
ドラゴン・オブ・ドラゴン。
古龍は龍種の祖であり、何らかの幻想や神秘を帯びたドラゴンにとっての神。
荒ぶる獣を唯一諌め、鎮めるコトができる天地自然の諸力の化身。
巨龍はそのなかで、いずれ訪れる三つの終末災害だと旧き賢哲は語る。
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