#145「敗北の因縁」
なぜ戦うのか? と、いつしか聞かれたコトがある。
「内蔵をひとーつ! ん〜〜、これは胃か!?」
「ッ……!」
「分からんが、魔女の中身だ! うわ汚ったないなァ! ヒヒヒヒヒヒ!」
誰に聞かれたのかは覚えていない。
通りすがりの行商人だったかもしれないし、酒場でたまたま同じ席についた、飲んだくれの傭兵だったかもしれない。
まあ、べつにそれは、どうでもいい部分だ。
〝誰に聞かれたのか〟より、〝何と答えたのか〟の方が、ここでは重要な話で。
「よし、次は足を捥ごう! あ、避けるなよ。皮だけ裂けちゃったじゃないか」
「────アアアアアアアアアッ!!!!」
けど、こんな前フリをしておいて、すごく申し訳ないんだが。
実はぶっちゃけ、俺はあの時、自分がなんて答えたのかを正確には覚えていない。
たぶん、それが男の役割だからだ──とか。
戦士なら、守ってやるのが当然だからだ──とか。
昔どこかで教えられた背中を思い出して、そんなふうに答えたんだとは思っている。
べつに嘘じゃないしな。
実際、否定するだけの理由は無いし、賛成か否かと訊ねられれば、喜んで賛成だと答える。
だけど。
「弱い弱い。弱い弱い。魔女の魔法はどうした? 自慢の怪力はそんなもんだっか? んー?」
「“
「“
実際のところ、それってどうなんだろうな?
俺はただこの世界で、そうするのが常識だからと、流されてしまっているんじゃないだろうか?
考えてもみて欲しい。
西暦2020年代で生きていた日本人が、どうして今じゃ、こんなふうに切った張ったを演じられる?
オマエはこの世界で生まれ変わって、おかしくなってしまった。
二十七年も時間が経てば、それも普通の成り行きかもしれないけれど。
時たま思い返して、俺ってこんな、男らしさを地で行くような人間だったっけ? と。
寂しいような、居心地が悪いような、変な感覚には放り込まれる。
もちろん、それも数秒間とか、ふとした隙間。
夜寝る前の毛布の中だったり、焚き火に薪を継ぐ一瞬の
何気ない孤独な時間に限られた話で、ぜんぜん深刻に思い悩んでいるワケじゃない。
だが、戦う理由について。
「──オカシイな。なんで俺の方が強いんだ? 分からん……でも、気分はイイぞ!」
「かひゅ」
「ずっと前から、俺はオマエが気持ち悪くて気色悪くて、目障りで仕方なくて! こうして殺してやりたいと死ぬほど思っていたからなァァッッ!!!!」
俺はもう少し、真剣に考えた方がいいんだろう。
大切な誰かを喪って、もう二度と会えない悲しみを背負ったとしても。
空いた穴を埋めるため、代替行為のように『運命』を求めるなんて。
誰かに知られたら、カウンセリングかメンタルケアを勧められてしまいそうだ。
名前も知らない彼女。
一度しか会っていない運命共同体。
会ったとカウントしていいものなのか。
あれから十年。
あの日の記憶や喜びが、幻や夢、狂気の産物、妄想ではないと、誰が保障してくれる……?
手掛かりはほぼ何も無いのに。
相談できる誰かもいない。
俺は頭が、おかしくなってしまいそうだ。
(──それでも)
まだ身体は動いた。
苦痛に耐えながら、諦めるなと叱咤激励した。
勝ち目は無かった。
負けるのが最初から、目に視えていた。
それでも、なぜだろう?
格付けは右腕を捥ぎ取られた時点で終わっていて、勝負は〈領域〉の奪い合いにすらならなかった。
血潮の海の濁った流れのなか、白嶺の魔女はもはや吸血鬼の伝説にその存在を許されていない。
死霊術さえ、発動できない。
「ヒッヒッヒッ……なぜ、白髏の夜を出さないんだぁ? やっぱり、白嶺じゃないのかぁ?」
「──ッ、がフッ……!」
「妙なヤツだな。魔法による再生じゃない。致命傷に近い順から欠損に修復が入るのか……だが、気に入ったぞ? その弱さと無様さは、二千年ぶりの遊び相手としては及第点に値する……」
「ギャハハ! ギャハハハハ!」
悔しさを眼差しに、乗せるコトもできない。
首を絞められ、魔女化を維持するだけで必死だった。
敵は十年前をも凌駕する怨念どもに群がられ、眼球の奥底が、焼けたみたいに熱くてたまらない。
なんなんだ、この怨霊の数は。
鯨飲濁流がそこにいるだけで、いつ新たな大魔が生まれてきてもおかしくない。
普通なら逃げる。
でも、俺はもう
こんなヤツを野放しにしていい道理があるか?
鉄鎖流狼だって、こっちは殺さなきゃいけないんだ。
動け、動け、報いを与えろ……!
「おっと」
「ガァアアッ──!?」
「油断はしないぞ? 白嶺のようで白嶺ではない者よ。
悪いが、たとえオマエが偽物であろうとも、その骨面を見て傲りに身を任せるのは、さすがに肝が冷えるからなぁ。死んでくれ」
気道が潰された。
首の骨にヒビが入った。
残った左手で、鯨飲濁流の腕を掴もうとするも、そちらは鉄鎖流狼に鎖で拘束され、封じられている。
ああ、なんて、どこまでも不快な狗畜生だ。
だが、俺は諦めない。
この程度で終わりを受け入れるくらいなら、メラネルガリアには戻らなかったし、リンデンで八年も過ごしちゃいない。
──舐 め る な ッ !
「ヒッ!?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! イイ眼だ! 素晴らしいな!?」
鉄鎖流狼の鎖を逆に引っ張り、鯨飲濁流にぶつける。
吸血鬼は人狼を片手の甲で叩き落とし、呵呵大笑だが、こちらの左手が解き放たれたコトで、一瞬で距離を離した。
「テッサぁぁぁ。この役立たずの駄犬め」
「も、申し訳ございませんご主人様!」
「まあ、いい。俺も手を離してしまった。白嶺の魔女の手に捕まるコトほど、恐ろしい話はないからなぁ? おあいこにしてやろう」
「あ、ありがとうございます……!」
気色の悪いクズどもめ。
殺してやりたいが、鉄鎖流狼はともかく鯨飲濁流の方に、まったく付け入る隙がない。
俺は自らの死を、ほんの数秒間か数分、わずかに遠ざけただけだった。
いいだろう。
ここからどれだけ時間を引き伸ばせるか、確かめようじゃないか。
「……恐ろしいヤツだな。よし分かった。やめよう」
「え?」
突然、鯨飲濁流がパン、と拍手を行った。
瞬間、血潮の海が消え、鉄鎖流狼の紅い満月も消え、城塞都市が戻る。
人狼はポカンと口を開けて、自らの主人を見上げていた。
「……ッ、どういうつもりだ?」
「やめるんだ。ハラもへったしな」
「ご、ご主人様、アイツを食えばよろしいのでは……?」
「──テッサ。オマエはいつから、俺の食事に意見を挟めるほど、偉くなったんだ?」
「申し訳ございません!」
「クズ犬め。アレは白嶺じゃないが、白嶺よりも何か得体が知れない。ゆえにやめだ」
「逃げるつもりかよ……!」
「見逃してやるつもりなんだ」
どうやら、本気でリンデンから立ち去るつもりらしい。
業腹だが、それがもし本当なら、リンデンの数少ない生存者は命を拾う。
助からない状況から、助かる状況に変わるなら、引き際は見誤れない。
生殺与奪の権利を握っているのは、完全に向こうだ。
いつか必ず。
そう思って、ここは棒立ちになるしかないッ。
「……話は終わりだな。では、さらばた」
異界の門扉が解錠される。
無論、開いたのは俺じゃない。
闇の公子と恐れられる悪魔の王が、血と臓物の扉を作り、異界を渡ろうとしている。
王の忠実な狗も、後から続いて。
「いずれ、また会おう」
不吉な言葉とともに、姿を消した。
「…………」
三秒の沈黙。
やがて、平衡感覚がゼロになって、膝がガクンと曲がった。
うつ伏せに倒れて、魔女化も終わり、失った右腕が、大切な彼女を代償に補修を開始する。
こんな時ばかりだ。秘紋が素早いアクションを起こすのは。
「……クソ……クソ……!」
自分の力では、立って歩くこともできない損耗と疲弊。
倒れた拍子に口に入った土埃が、屈辱感と無力感を強調し、情けなくて身が
リンデンでのすべてを手放す覚悟で行動して、このザマなのか。
何も変わらない。何も変わっていない。
一面の銀世界で、ひとりぼっちだったあの頃と、俺は何にも変われていない。
「……ケイティナっ」
ごめん。
ごめん。ごめん。ごめん。
意識はそこで、ブツリと命綱のように断線した。
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────
──
「ではこれより、自由民メランに判決を「茶番はやめろ馬鹿らしい」──グ、グラディウス様!?」
「裁判なんざ、くだらねぇ。俺が聞きてえのはひとつだけだ。──なあ、ボウズ」
テメェは人間か?
それとも、魔物か?
「どっちだよ?」
刻印騎士団、団長。
アムニブス・イラ・グラディウス。
グレートソードを二振り背負った生ける伝説。
唄に聞こえし『憤怒の英雄』は、苛烈な目つきでそう言った。
(熊よりデカい……)
しかも老人だった。
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tips:異界の門扉Ⅱ
魔物や妖精、精霊等が備えるポータル的能力。
開くモノの特性によって見た目が変わる。
白嶺の魔女の場合は、雪と氷の薄青い扉に。
鯨飲濁流の場合は、血と臓物のグロテスクな扉。
名の知れた大魔の扉に関しては、〈目録〉にも特徴が記されている。
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