#135「両攻め手の意図」



 ──バレてやがるな……まぁ、そりゃそうか。


 真夜中の城塞都市。

 何処かの路地裏。

 新たに衛兵の皮を被り直し、人狼はニヤリと口端を歪めていた。


 渾天儀暦6027年12月23日。


 人類は未だ、人狼の恐ろしさを、真の意味で理解し切れてはいない。

 人狼は殺した人間の、大凡の記憶を読み取れる。

 いったい何のための、変身能力だと思っているのか?

 ケダモノがわざわざヒトのフリをして、素知らぬ顔で昼を闊歩するのは、すべて夜の闇に紛れて寝首を引き裂き、殺害の欲に耽溺するため。

 思いのほか、早くに人狼だと特定されたのにはたしかに感心したが、なぁに、


(本気で人狼オレを止めたいなら、情報を渡さないためにも、兵士たちには黙っているべきだったぜ? なあ、ウィンター様)

 

 おかげで、どんな対策、どんな警戒網を張るのか、ほとんど分かってしまった。

 これではもはや、尻尾の出しようもない。

 リンデンはきっと、善い都市なのだろう。

 賢明な領主と忠実な騎士や兵士に守られて、だが、だからこそ致命的なまでに脆弱。


(皆んなで一丸となって、悪しき化け物を退治しようって?)


「──ククク、アハハ、アッハハハッ、ハァッハハハハハハハハッ!」


 美しい団結力に涙が出る。

 きっと今頃は、都市の要人どもも方針を固めて、連携を強め、一枚岩となって対抗策を展開しているんだろう。

 ありがたすぎて、横腹が崩壊しそうだ。

 とはいえ、おかげで誰かひとりでも殺して奪いさえすれば、何もかもを上回れる。

 誰を狙ってもいい。

 どんな記憶であろうとも、絶対に有効活用できると判明した。

 まさか分かりやすくも、対策室などを発足するとは。


(もっとも?)


 元より狙いは、この都市まちの要人。

 秘文字の奇蹟。

 尼僧の墓所の在り処。

 情報を握っていそうな人間を、手当り次第に殺して調査をするつもりだったために、当初の予定からは何も変わっていない。

 強いて言えば、最初に狙ったエルフの騎士の生皮を剥げなかったコト。

 薄汚い貧相な女から始めるハメになったのは、ケチの付け所だったが、今夜こうして衛兵に成り代われた時点で、失点は充分取り返した。


 次は騎士を。


 その次は要人を。


 潜伏を重ねながらジワジワと殺していけば、最後には必ず頂点に手がかかる。

 望みを達成した甘美なる未来を想像し、人狼は恍惚とヨダレを垂らした。

 が、


 ──刻印騎士団に気をつけたまえ。


「……」


 脳裏によぎる月の瞳からの警告。

 冷や水に等しい不快な視線。

 当代の刻印騎士で、脅威になり得る者などひとりだけ。

 リンデンに憤怒の英雄はいない。

 だというのに、月の瞳はあくまでも憂慮をやめなかった。

 舐めている。


「クソ女が……」


 

 人間どもから贈られた名を、誇っているワケではない。

 だが、この名はかつて、公子の〝爪牙〟として北方大陸グランシャリオに轟いたモノ。

 数多の勇者、数多の英雄。

 古き強敵たちを真っ向から蹂躙した証。

 たとえ憤怒の英雄がやって来ようとも、手も足も出ずに殺される。

 そんな末路だけは絶対にありえなかった。


「せいぜいその気色の悪い眼で、視ていやがれ」


 闇の公子の爪牙。

 鉄鎖流狼。

 大いなる魔が、人界を如何にして貪るのか──


 は闇へ溶け込み、行動を再開した。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 一方その頃、蕩けチーズの暖炉亭。

 二階、宿屋。角部屋の扉前。


「……よしっ」


 新人刻印騎士フェリシア・オウルロッドは、覚悟を決めていた。

 夕刻の対策室にて、自身に課された重大な任務。

 城塞都市に侵入した人狼を、発見し退治するため。

 今晩からフェリシアは、嘱託騎士メランの協力者兼監視者となる。


 なぜ、自分が選ばれたのかは分からない。


 だが、上司からのじきじきの指名。

 腕の立つ先輩からの強い要望。

 経験の浅さはやる気で補い、何としてでも期待に応えなければ。

 敵は魔物であり、人類の敵対者。

 刻印騎士団が成すべき誓い。

 人界守護の責務を果たすためにも、任された仕事には全霊で取り組む。


(……正直、ウィンター様の採択は極端だった気もするけど)


 人狼に成り代わられていない人間。

 確実に信用できる誰か。

 それをあの場で、都市の要人たちの前で、強く意識付けさせたのには、恐らく二重三重の意図が込められている。


 ひとつは、安心の面。


 今後、人狼の対策に動いていくに当たって、疑心暗鬼からの不破が生じないよう、〝この人物なら信じていい〟というお墨付きを、領主じきじきに与えたコトで、少数精鋭による捜査活動。

 その難易度ハードルを、大いに下げて貰えた。


(一方で、これは人狼を誘き出すための……)


 〝我々はこの人物を殺されると、大変困ってしまいます〟──というウィークポイントの開示。


 言うなれば『囮』であり、そこにはやはり、正市民ではないから、自由民だからという理由も含まれてはいるはずだ。


 というか、リンデン城を出る前、フェリシアはそう上司から説明されている。


 ──メランくんには申し訳ないですけど、実際、彼は今回ものすごく適任なんです。


 霜の石巨人フロスト・トロールを難なく討伐する驚異の力量。

 魔物だけでなく、怪人や怪物、錬金術等への各知識。

 嘱託の刻印騎士として、異例の徽章貸与まで許されたのは、類稀な強靭性を誇る魔法力を見込まれて。


 そんな実力者が、今回たまたま、好都合にもリンデンを離れていた。


 賢明なウィンター伯は、ゆえに自由民メランへの全面的バックアップ体制を作戦とし、勝報を期待している。


 フェリシアには決して考えつかない。


 決定のスピードも、作戦の大胆不敵も、正直それが好手なのか悪手なのか……現状では理解が追いつかず、判断ができない。

 ただ、フェリシアは思う。

 伯爵もルカも、ふたりともフェリシアなどと違って、長く上の立場についている。

 そして、彼女たちが愚かであるとか、悪人であるとか、そういった評判は耳にしない。


 ならば、経験で劣るフェリシアに、彼女たちからの上意下達を跳ね除ける理由は一切無かった。


 上が出来ると判断したのだ。

 今の自分は、それを信じて、懸命に役務を全うするコト。

 それだけを考え、行動するだけ。


 よって、


「先輩? メラン先輩? 私です。フェリシアです。お待たせしました。ただいまから先輩の監視任務に着任します。すみませんが、ドアを開けいただいても?」

「あ、はーい。ちょっと待ってね」


 ドアをノックし声をかける。

 すると、扉を挟んで了承の声。

 すでに年輪騎士には、帰ってもらった。

 ここからは正真正銘、フェリシアひとりで監視役である。


(……でも、実際は監視役といっても、ほとんどは先輩のサポートだよね)


 メラン側にも、監視者兼協力者として要員を要請された。

 監視役だけなら、ただ傍にいて、一緒に過ごすだけでいい。

 正規の刻印騎士に協力を求められた理由。

 信頼できる味方として、その働きを求められた以上、


(こっちも充分に、期待に応えないと……!)


 フェリシアは無意識で、ギュッと拳を握りこんだ。

 と、そのとき──


「悪い、風呂入っててさ。ちょっとまだ散らかってるんだけど、気にしないでくれな」

「え?」


 ギィ、と扉が開いて。

 ほのかに香る石鹸と湯の熱気。

 ムワァ、と男のカラダが、圧迫的に視界を埋めつくした。


 というか、上裸じゃん。


「──な」

「ん?」

「なんでぇぇ!?」


 人生で初めて見る異性の肉体。

 黒くて硬そうで、ものすごくたくましそうで。

 フェリシアは想定外の展開に、急速に頬へ血が集まって来るのを、自覚せずにはいられず。


「あ、あーっ!」

「おぉ?!」


 遅まきながら気がつく。

 ──これ、ひょっとしなくても。


(ま、丸一日! 朝昼晩!)


 人狼の脅威が消えるまで、ずっと一緒にいるヤツだ……!

 わ、わぁ……!?




────────────

tips:闇の公子


 かつて古代北方大陸で、セプテントリア王国を相手に、大戦争を繰り広げた伝説の魔物。

 北のエリヌッナデルク、事実上の勝利者。

 現在その行方は不明。

 噂では、力を失い眠りについたと囁かれているが……

 〈目録〉は未だ、彼のモノの名を消してはいない。

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