#133「騎士殺しの噂」
エイルでの仕事は終わった。
お墓参りの付き添い、土産物の購入、宿泊施設での蒸し風呂。
一晩しっかり休息し、英気を養った俺たちは、翌日の日が昇る頃には早々に湖のほとりを背中にし、リンデンへの帰路に着いていた。
医に携わる者は、どこでだって重宝される。
ので、用事が済んだら時間を無駄にせず、即座にトンボ帰り。
来る時は現れなかった、
それも、特に問題なく難なく終えて、再びの五日間。
行きで通った道を、今度は逆さ順にしてリンデンへと戻って来た──のだが。
「……おや? 何でしょう、アレ」
「人がいつもより多いですね」
瓦礫街の西門。
普段は住民しか使わず、衛兵の姿も最低限しか配置されていない城壁に、多数の騎士や兵士の姿があった。
しかも、彼らは物々しく、完全装備で辺りを警戒している。
巡回、警邏の緊張感が高い。
コアラ氏と俺は、つい互いの顔を見合わせ、嫌な予感を共有した。
こういう光景は、いつだって街の危機を教えるものだからだ。
「せっかく戻ってきたのに、なんだか護衛を続けてもらいたくなって来ましたよ」
「ハハハ。とりあえず、何があったのか聞いてみましょう」
門に近づき、衛兵に声をかける。
幸い、出発時に挨拶を済ませておいた衛兵と、同一人物だったため、身元確認はスムーズに終わるはずだ。
「お疲れ様です。エイルから戻ってきた、薬師のコアラさんと自由民メランです」
「ああ、おかえり。結構早かったな」
ふたりで住民証(正市民と自由民とで違う)を出しながら、手続きをしてもらって、身元確認が終わるのを待つ。
リンデンでは自由民はともかくとして、正市民はきちんと戸籍管理がされているため、何らかの理由で都市を離れて、また戻ってくる場合には、事前に保証人による登録作業を済ませておかなければならない。
(要は、この人はうちの
俺の場合は、担当官であるザックの旦那に、簡易的な事前登録をしてもらっている。
どちらも普段であれば、書類確認と簡単な身体検査だけで終わるところなのだが……
「やっぱり、
「ああ。悪いが、いつもより手間をかけるぞ?」
「構いません」
「はい。私も大丈夫です」
衛兵たちは詰所の奥から、『銀の
繊細で美しい意匠。
ひと目で聖具だと分かる。
リンデンが誇る銀細工師。
それも、秘宝匠シルバーの作であるのは明白だ。
注がれた水を、ゴクリと飲み干す。
「──うん、美味しい」
「ちょっと冷たかったですけど」
「よし」
その瞬間、付近の衛兵たちから、小さいが安堵の息がたしかにホッと吐かれた。
どうやら皆んな、顔には出さないよう努めているが、魔物の恐怖に怯えている。
「何が出たかは?」
「分からん。詳細は俺たちにもまだ伝わっていない」
「ってコトは、調査中ですか」
「ああ。領主様じきじきの命令で、ルカ様も動かれている」
「なるほど」
俺たちが留守にしている間に、ウィンター伯は無事にリンデンへ帰ってきたらしい。
支部長であるルカに直接働きかけがあったのなら、さては相当、温度感の高い状況なのか。
(これはこのまま、刻印騎士団に顔を出した方がいいかもしれないな……)
斡旋所に向かい、護衛依頼完了の報告が済んだら、すぐさま支部へ向かおう。
「ちなみに、どんな事件かってのは?」
「……オマエだから言うが、他言は無用だぞ?」
「はい」
衛兵は声を落とし、周囲の目を憚りながら、短く言った。
「
「!」
「俺が知ってるのは、それだけだ」
「それでは、メラン殿。護衛をありがとうございました。
なんだか物騒なコトになっていますが、またいつか、機会があればよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、コアラさん」
差し出された右手に握手を返し、中年薬師と別れる。
護衛依頼は完了した。
コアラさんは年輪街に、俺は瓦礫街に別れ、各々の人生に戻る。
斡旋所に着くと、報酬はずっしり重たかった。
「大金貨三枚。そのままだと使いにくいと思いましたので、大銀貨に崩しています」
「ありがとう。助かるよ、シャーリーさん」
「おいガキ。エイル土産はどうした」
「心配せずとも、ちゃんと買ってきたよ。背嚢に入れてたから、ちょっと潰しちゃったかもしれないけど……」
「フン」
チーズとバター。
買ってきた土産も、それぞれ手渡す。
「わぁ、ありがとうございます、メランさん」
「いい酒のツマミだな」
「バターはパンに塗って食べるでも、蒸かした芋に合わせるでも、自由に。俺は芋で食べたけど、どっちもかなり美味いと思うよ」
「そうか。ちなみに、仕事はどうだった?」
「……普通、そっちが先に聞くべき話だよな」
まあいいけど、と間を挟んで。
「護衛自体は、大した土産話もない」
「
「
「……はぁ? サラっと言うなサラっと」
担当官は鼻を鳴らして「チッ」と舌打ちまでした。
怪物退治は物証が残らないので、きっと真偽を測りかねているだろう。
まぁ、それはどうでもいい。
「ところで、俺が留守にしてた間に、何か事件があったみたいだな」
「あ? ああ、そうらしいな」
「この辺りは特に何も?」
「今のところはな。だが、お上がピリつきだしたからか、クズどもの一部もそれを察して、若干イライラしはじめた感はあるぜ」
「メランさんは大丈夫だと思いますけど、問題は起こさないでくださいね?」
「はい」
シャーリーさんの念押しに端的に了承を返し、斡旋所内をチラリと見回す。
たしかに、いつもよりも若干、自由民たちの顔に険が宿っているか。
ヒソヒソヒソヒソ。
──おい、見ろよ。トロルズベインだ。
──ケッ、魔物野郎め。なにこっち見てやがる。
──なあ、伯爵が帰ってきたと思ったら、衛兵ども急に慌ただしくなったよな。
──他国の密偵でも、入り込んだんじゃないか?
──いい仕事がちっともねぇ。もうスライムは懲り懲りだ!
──最近森の狼どもが、やけにうるさくて適わねぇ。
──そういえば、どっかの洗濯女が、ダイアウルフに襲われたって聞いたぞ。
──皮がズタズタに、引き裂かれたらしい。
──え? 俺は壁の外で、騎士がやられたって聞いたんだが。
「……」
聞き耳を立てると、方々から噂話が聞こえてくる。
この調子では、そう時を置かずに、早晩真実が露見するだろう。
人の口に戸は建てられない。
俺も急いで、事件の詳細を把握しなければ。
「じゃ、また」
「お、帰るのか?」
「いや、その前にルカのところに顔を出すよ」
「……そうか。でも、旅から帰って来たばっかりなんだ。今晩くらいは休みを入れとけよ」
「お金もたくさん、稼いだんですからね」
「ハハハ」
ふたりに手を振り、斡旋所を出る。
──と、その
「──失礼、そこの御仁。貴殿が〝トロルズベイン〟のメラン殿で相違ないか」
「……えっと?」
「領主ウィンター・トライ・リンデンライムバウム閣下より、貴殿を城へ招くよう申しつかっている。悪いが、急ぎ時間をいただきたい」
年輪騎士、十名。
いずれもが重武装。
思わず面食らい、一瞬にわかには信じ難いコトを告げられた気がして、瞬きを繰り返す。
だが、貴族からの名指し。
拒否権はもちろん、使えない。
「……一応、理由をお聞きしても?」
「仔細は閣下がお話する。だが、安心されよ。刻印騎士ルカ・クリスタラー支部長も同席される」
「なるほど」
つまり、そういう話が待っているワケか。
「承知しました。案内をお願いします」
「……
礼儀正しい騎士に軽く頭を下げられ、驚きつつ。
俺はリンデン城──八年間過ごしてきて、初めて訪れる城塞都市の中枢へと向かった。
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tips:ダークエルフの聴力
耳が長いためか、エルフ、ダークエルフは聴力が優れている。
普段はニンゲンやドワーフと変わらないが、意識して耳を澄ませると、集音率と可聴域が上がるらしい。
メランズールは旅をしているうちに、この事実に気づいた。
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