#129「連合騎士と商店街」
「おい、オマエ。怪しいヤツだな、止まれ」
「あん?」
ダイアモンドダストの舞う、珍しい朝だった。
ノエラの迷家で夜を明かし、またしても魔法の深淵に辿り着くコトなく日の出を迎えてしまった俺は、「ふぁ〜ぁ」と欠伸を噛み殺し、すごすごと瓦礫街へ戻っている途中だった。
森を背中にし、太陽の明るさにやや目を眇めつつ。
吐く息の白さにブルリと震え、ポケットの中の砂糖粒に想いを馳せる。
穏やかな朝帰り。
気分としては、上々な方向を向いていた。
が、石橋を渡ろうとした直前、三叉槍の紋章を印した騎士外套。
見慣れぬ顔の連合騎士。
なんだァ、テメェ……?
(とは、もちろん言わないが)
大方、森から出てきた俺を胡乱な輩と思い、警戒しているのだろう。
リンデンに連合騎士が現れるのは、たまにある。
というのも、領主であるウィンター伯は現在、主君であるトライミッド王の招集に応じて、数年ほど前から南方の港町? だかに出征中。
半年に一回くらいの頻度で帰って来てはいるものの、領主不在の隙を突き、辺境の大都市に〝ネズミ〟が入り込まないとも限らない。
(大国間の戦争なんて、もう数百年単位で起こっちゃいないみたいだけど)
小国同士の小競り合いはある。
〈渾天儀世界〉は安全圏が少ない。
力のない国は、希少な資源を奪い合って、どこまでも必死だ。
その飛び火が、いつ降りかかるか。
国家間の繋がりは希薄なものの、警戒を疎かにしていい理由は無く。
トライミッドはその辺、国主体できっちり対策を講じていた。
三叉槍の騎士外套は、言うなれば秘密警察の制服みたいなもの。
リンデンはウィンター伯が不在のため、他の領よりも少しだけ、高頻度で連合騎士が派遣される。
目の前のエルフも、きっとそうした理由で俺を呼び止めたに違いない。
面倒ではあるが、仕方がない。
こういう時は、ササッと刻印騎士団の徽章(嘱託)を見せてしまうに限る。
「刻印騎士団……? オマエが?」
「嘱託ですけど、一応。何なら、支部まで確認いただいても大丈夫です」
「嘱託だと? 聞いたコトがないが……いや、待て。オマエ、名は?」
「メランです。自由民のメランと云えば、担当官ザック・ハイネケン氏にも話は通じるかと」
答えると、エルフの男は俺を、改めて頭の天頂から足の爪先まで見回した。
「そうか、オマエか」
「?」
「呼び止めて悪かったな。オマエのコトなら、衛兵たちからも聞いている。通っていいぞ」
スっ、と身体を下げて、道を開ける連合騎士。
(おお、これはツイてる)
連合騎士の中には、ダークエルフである俺をまったく信じずに、徽章すらも偽造だと決めつけてかかる疑り深いヤツがいるのだが。
運が良いことに、どうやらこのエルフは衛兵たちの話だけで、アッサリと俺を信じてくれるらしい。
連合騎士としては少々甘い気もするが……ここは俺の、日頃の行いが良かったと思って、素直に喜んでおこうかな?
「じゃあ、通ります」
「ああ」
スタスタと石橋を渡り、特に「やっぱやーめた!」をかけられるコトもなく、瓦礫街の裏門まで辿り着く。
「よぉ、仕事は終わったのか?」
「無事に」
「さすがだな。あの連合騎士は、大丈夫だったか?」
「事前に話しといてくれたんでしょう? おかげで助かりましたよ」
「今度酒おごれ」
「えぇ? それ目的……?」
「ハハハ」
夜勤明けの衛兵と軽口を交わして、門を潜る。
仕事の報告は、できれば一眠りしてから支部へ顔を出したいが、仮家はあいにくと防音性能がカス。
(そうだなぁ……)
風呂だけ済まして、昼まではダラっと休憩する程度に済ませるとするか。
年輪騎士の遺品は、その後で届けに行こう。
俺は「ふぁぁあ」と欠伸を零した。
で、昼間。
「暇になっちまった」
年輪騎士の遺品を届け、
俺は特にするコトも見つからず、ぷらぷらと都市内を回っていた。
いや、正確に言えばするべきコトは幾つかあるのだが、どうにも気分がノって来ない。
(溜まった洗濯物……仮家の増改築……雑貨の買い出し……)
めんどくせぇ。
もう、すこぶるめんどくせぇ。
やらなきゃいけないとは思いつつも、まったく気が乗らない。
自由民は何事も自助努力が当たり前。
だが、人間には時々、なーんもしたくない気分の一日がある。
俺はいま、猛烈にその気分だった。
夜に仕事があった日の翌日とかって、だいたいこうなる。
「あー、だるぃぃ……」
「お? なんだトロルズベイン。やけにかったるそうだな」
「じゃあなジャック」
「いま会ったばっかりだぞッ!?」
不潔な傭兵に絡まれかけたが、スルリと回避し違う道へ。
だからオマエとは、あんまり人の多いところで喋りたくないんだって。
俺も表向き、刻印騎士団の一員みたいに思われてるところがあるから、ルカやフェリシアたちのためにも、迂闊な人付き合いはできない。つーワケで、さようなら。
テクテクと歩き去って、なにとはなしに商店街の方に向かう。
パッと目につくのは、金物屋、肉屋、魚屋、服屋、雑貨屋。
年輪街には一般市民向けに、種々の商店が建ち並ぶ。
特に何かを買いたいワケではない。
だが、フラリと寄って良さげな商品でも見かけたら、つい財布の紐も緩んでしまうかもしれない。
俺はいま、それくらい胡乱な気分である。
無骨な大斧を持ち歩く大柄なダークエルフに、リンデン市民は「うおっ」と目を丸くしていたが、へへ、すいやせん、たまにはお邪魔させてくだせぇ……
「やあ、旦那! 今夜の食事に、うちの魚はどうだい?」
「アインドラさん。魚かぁ……新鮮なのは揃ってるのか?」
「コレとコレは今朝の入荷だよ」
「まるまる一尾は多い気がするなぁ」
「なら、おろしたやつも売ってるよ!」
美人な女主人が、
このあたりで捕れる魚といえば、やはりこの二種類。
どちらもタンパクながら、味付け次第では驚くほどに化けてくる魚だ。
塩バター焼きとか、特に最高。
サイズも片腕くらいあるしな。
「値段は?」
「おろしなら、大銅貨一枚で二枚」
「買った」
「毎度あり!」
斧の柄に魚を吊るす。
すると、
「ダークエルフのたくましいお兄さん! アインドラの魚を買ったなら、うちのお肉も一緒にどうだい?」
「ええ〜? 肉も?」
「やめときなよピッツァマンさん! その旦那はうちの魚を買ったんだよ? アンタんとこの肉は、今日は無理だよ!」
「いやいや、これだけたくましい立派なお兄さんだ。魚も肉も両方あってもいけるはず!」
なんだその根拠の無いアツい信頼。
思わず振り返り、如何にも肉屋ですといった外見の男、〝純朴鉈振り〟ピッツァマンさんに向かって苦笑する。
少し声を落として、
「ピッツァマンさん。客をダシにしてアインドラさんに話しかけてもらおうとするの、いい加減やめない?」
「い、いいだろメランくん! こうやって少しずつ仲を縮めるんだ!」
「いや回りくどいよ」
呆れながら肉を選び、仕方がないのでハムを購入。
純朴鉈振りの異名通り、ピッツァマンさんはひどく奥手で恥ずかしがり屋。
美人未亡人アインドラさんに、八年以上前から片想いしている。
そのアプローチは、ちょっと独特で迂遠かもしれない。
まあ、ふたりとも俺に気軽に声をかけてくれるので、いつかは幸せになってもらいたい二人組だな。
ハムの包みを柄に吊るし、肩を竦めて商店街を歩く。
「金物屋は……まあいいか」
手持ちの金物で急ぎ補充が必要なものは無い。
強いて言えば、仮家の改修ための釘が何本か欲しいが、ティバキンに頼んだら林業組合のルートで、もっと安く買える。
鍋とか薬缶は、手持ちのものがまだ使えるし。
服は同じものを、セットでローテーションしている。
下着や靴下の類は、穴が空いたら買い換える主義だ。
(塩とバターと卵とパン買って、今日は帰るかな)
魚とハムを使って、さてどう優勝していこう?
俺はぷらぷら帰路につきながら、そんなコトを思案した。
今日はそういう一日だ。
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tips:連合騎士
トライミッド連合王国の騎士。
各領の各領主に使えるのではなく、〝連合王国〟に仕えている。
三叉槍の紋章を印した騎士の外套がトレードマークで、秘密警察のような働きをこなす。
職務柄、対人戦に長ける。
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