#123「新人歓迎会と助平傭兵」



 支部への顔出しが終わると、俺たちは蕩けチーズの暖炉亭へとやって来ていた。


「ええ〜!? メランくん、昨日ここにフェリシアさんを泊めちゃったんですか?」

「仕方がないだろ。なんだかんだでこの店が、一番馴染みがあるんだよ」

「ダメですよぉ。せっかくここで歓迎会しようと思ってたのに、新鮮味がないじゃないですかぁ」


 ねぇ、フェリシアさん。

 と、ルカは早くもオフモードでフレッシュな少女に絡んでいる。

 同性且つ有望な新人ということで、すっかり気に入ってしまったらしい。

 アルマンドさんとロータスさんも、支部ではおじいちゃんメンタルを発揮し、ふたりしてフェリシアにお菓子やらを食べさせようとしていた。

 歓迎会には残念ながら、


 ──ごめんよ。この歳になるとね、ボクらはお酒を飲むと、いろいろダダ漏れになっちゃうんだ。

 ──すまんが、ワシも若い娘っ子に、介護をさせるのはと心苦しい……


 と、高齢を理由に辞退されてしまったが、フェリシアの着任自体は大いに喜ばれている。

 歓迎会の費用も、なんと全額負担してくださるという太っ腹ぶり。

 まさか嘱託に過ぎない俺の分まで払ってくれるとは、スーパー感謝である。

 フェリシアは頻りに恐縮していたが、自分が歓迎されているのは分かるのだろう。

 先程から嬉しそうにニコニコ、口元を綻ばせていた。


「大丈夫です、クリスタラー支部長」

「えぇ?」

「私、たしかに昨夜はここに宿泊させていただきましたけど、ご飯がとっても美味しかったんです!

 むしろ、また食べに来られて嬉しく思っています!」

「わぁ、なんていい子!」

「おい。あんまベタベタするなよ。部下と友だち感覚で付き合う上司とか、感心しないぜ」

「ふぅん? あ、分かりました。さてはメランくん、嫉妬してますねぇ?」

「してねぇよ。バーカ」

「バカって言った方がバカなんですぅ」


 ルカがウザすぎるので、さっさと店のドアを開ける。

 本当は刻印騎士団だけだったら、城下町のもっといい店に向かうのだろうが、ルカはこういう酒の席を設定する際、毎度この店を選んでいた。

 その理由を察しないほど、俺もバカではない。


「ほら、入れよ」

「はーい」

「あ、ありがとうございますっ」


 ふたりが店の敷居を跨いだところで、俺も入店。

 店内はまだ昼のため、見慣れた肉体労働者の影は少なかった。

 しかし、チラホラと見たコトのある顔も各テーブルにいる。

 昼間から酒を飲み、ダラダラと日銭を消費しているプー太郎ども。

 すなわちは、俺と同じ自由民の連中が少しだけ、チラリとこちらを見た。


「──刻印騎士団だ」

「水晶杖のルカだぞ……」

「ルカ様だ……」

「あれは見ない子だな」

「新人か?」

「トロルズベインもいやがる」

「相変わらずデケェ」

「クソ、おれも魔法が使えたらな……」

「暖気灯つけろ」


 ガヤガヤ、ボソボソ。

 いつもと然して変わらない反応が、あちこちから聞こえてくる。

 刻印騎士団の制服は、やはりどこを歩いていても目立つため、一番に注目されたのルカとフェリシア。

 特にルカは、八年間もこの城塞都市を駆け回っている才媛のため、古参の自由民は敬意もひとしお。

 自由民なんてどいつも、愛国心なんて欠片も持たない根無し草のアウトローみたいなものだが、人界すべてを守らんとする刻印騎士団へは、さすがに感謝と尊敬が深い。

 フェリシアに関しては、純粋に見ない顔のため好奇の視線が多いようだが、制服と徽章から「あんな若いのに、刻印騎士なのか……」と驚きの声が続いている。

 俺については、特に触れるまでもない。

 魔物野郎と囀るヤツがいなかっただけ、今日はラッキーなくらいだ。


「それじゃ、なに頼みます?」

「まずはエールでいいだろ。あと串焼き」

「鉄板ですねぇ。フェリシアさんは、何か頼みたいものあります?」

「え、えっと」


 空いてるテーブルに着き、さっそくメニュー表を開くルカ。


「何でも頼んで大丈夫ですよ、刻印騎士団はお給金が高いですからね!」

「アルマンドさんとロータスさんなら、そりゃたしかに金も持ってるだろうが……」


 奢られる立場のヤツがそれを言うと、なんか卑しく感じるよな。

 椅子に座り、店員を呼んでエールと串焼きを注文する。


「あ、あとベリーベリーリキュールを三つ」

「おっ、メランくんも今日は飲みますね?」

「歓迎会だからな。リンデン名物くらい、皆んなで飲んどこうぜ」

「リンデン名物ですか?」


 メニュー表とにらめっこしていたフェリシアが、顔を上げて首を傾げる。


「そっか。まだ知らないんですね」


 ルカが銀縁のメガネを、フキフキとハンカチで拭きながら説明した。


「リンデンには、幾つかの名産品があるんですけど、メランくんが注文した『ベリーベリーリキュール』は、ベリーの風味のついた蒸留酒です」

「銀冬菩提樹と丸酸塊の森だよ。あそこは丸酸塊を代表とした低木果樹、ベリー類が、多く成ってるんだ」

「へぇ〜! だから、ベリーのお酒なんですね!」


 美味しそう、とキラキラ目を輝かせるフェリシア。

 意外とイける口なのだろうか?

 俺はカッコつけたが、実はあまり酒が呑めない。

 黒金剛石アダマス王家の血はアルコールに強くないのか。

 それとも、俺だけ体質で飲めないのか。

 ジョッキ二杯程度で気持ちよくなってしまう。

 エールも飲んでいるので、今日はもうこのあたりで打ち止めだ。

 肝臓が赤ちゃんなのかもしれない。


「あとはそうだな……『リンデンロヒケイット』も頼むか」

「スープ好きですねぇ」

「オマエも何か頼めよ」

「私はじゃあ、丘芋と腸詰の香辛料炒めを」

「フェリシアは?」

「私は、えっと、牧山羊パルサチーズと斑点槍鱒パイクトラウトの燻製をください!」

「イける口だな」

「イける口ですね」

「えへへ」


 チョイスが完全に酒のツマミだった。

 オッサン臭い気もするが、フェリシアみたいな若い子が燻製を好きだとオジサンも何だか嬉しい。

 少しすると、やはり昼間だからか、そう待たずに料理が運ばれて来た。

 ベリーベリーリキュールもテーブルへ置かれる。


「……じゃあ、乾杯すっか」

「フェリシアさんの、刻印騎士団リンデン支部入りを祝して!」

「こ、これからよろしくお願いしますっ」

「「「カンパーイ!」」」


 甘やかで芳醇な香り。

 フルーティな酸味。

 ベリーベリーリキュールが三者の喉を潤す。


(やっぱこれ、かなり飲みやすいな……)


 冬だからキンキンに冷えているし、温かい食事と一緒に楽しむと、温度差で十数倍美味しく感じる。

 リンデンロヒケイットは、白い丘ホワイト・モットで採れる丘芋をベースとしたポタージュ系のスープで、ゴロゴロした丘芋と赤鱈レッドスクレイの切り身が入ったスープだ。

 細かく刻まれたハーブがいい香りを引き立て、なんだか不思議とホッとする味を楽しめる。


「うめぇー」

「酔っ払いましたね」

「え? メランさんって、そうなんですか?」

「ふふふ。こんなにカラダが大きいのに、実はそうなんですよ」

「へぇ〜!」

「うるせぇよ。たしかにもう気持ちよくなっちまってるが、前後不覚になるほどじゃねえ」

「自分の限界を、ちゃんと把握してるのは良いことですよねぇ」

「大人ですね。まだ私と、そう変わらなそうなのに……」

「ん?」

「ん?」


 ルカがジロリ、「コイツ……マジか」みたいな目で俺を見てきた。

 そうか。トライミッド人だからと説明してなかったが、フェリシアは俺を十代だと思っているのか。

 エルフとかドワーフもこの国じゃ多いのに、なんでだ?


「ああ、そうか。刻印騎士は、エルダースに通うんだっけ」

「? はい。そうですけど」

「あっ、そういうコトですか」


 ルカが得心した顔で頷いた。

 刻印騎士団は、ある時期から団への入団条件に西方大陸の『エルダース魔法魔術賢哲学院』卒業を設定した。

 フェリシアは今年卒業したばかりで、入学した時期次第じゃ、しばらくトライミッドには居なかったコトになる。


「フェリシアさんって、エルダースにはいつ入学を?」

「入学ですか? えっと、たしか十一の時です」

「あぁ、それじゃ無理もないかもですねぇ」

「村には、長寿種族はいなかったのか?」

「はい、いませんでした……」

「そうかぁ。ニンゲンだけかぁ。トライミッドじゃ、逆に珍しい気がするな。隠すことでもないから言うけど、俺は今年で二十七だ」

「にじゅうなな?」


 フェリシアは宇宙猫みたいな顔になった。

 ……もしかすると、この娘が詳しくないのは、怪人道の種族だけじゃないかもしれない。


「ちなみに、そこのルカと同い年でもある」

「メランくん。いま、それは必要な情報でしたか?」

「スープおいしい」

「話を変えるなぁ!」


 ルカが腸詰を頬張りながら「もうっ!」と鼻を鳴らす。


「長寿種族はいいですよねっ、若々しい時期が長くて!」

「別にいいことばっかりじゃない。こんな歳になっても、未だにガキ扱いされたりする。馬鹿野郎には舐め腐ったツラで絡まれるし」

「でも、羨ましいですよ」


 リキュールのグラスを傾け、ゴクリ、と酒を嚥下しながら、わずかに上気した頬でルカが吐息をつく。

 フェリシアは「えー!」と、ようやく事実を飲み込んだらしい。


「てっきり十六歳くらいかと思ってたのに!」

「フェリシアさん。この男、八年前からちっとも変わってないですからね。シワひとつたりとも!」

「ウソっ!」

「そんなに驚くコトかぁ?」


 長寿種族なら当然だ。

 だいたいそれを言うなら、リンデンの領主ウィンター伯だって、エルフのクォーターらしいじゃないか。

 この国には混血がたくさんいる。

 寿命が百五十年くらいの八分一ニンゲンだって、いるって聞いたぞ?

 何を驚く必要があるのかね。

 頬杖をつきながら、ロヒケイットを匙で掬い胃へ送り込む。


 ──と、そこに。


「よぅよぅよぅッ、トロルズベインよぅッ!」

「げっ」

「なァんでオマエは、いっつも騎士様とツルんでやがるんだァッ!? いっちょオレも、混ぜやがれぇッ!!」

「嫌だよ。ジャック」

「そこを何とか!」


 ぺこぉぉぉ……! と。

 華麗な〝お願い〟を繰り出して来た濃紺の外套男。

 長い金髪を真ん中分けにし、中途半端に伸びたアゴヒゲをチャームポイントだと信じて疑わない。

 自由民、ジャック。

 年齢二十六歳。

 得物は幅広の直剣ブロードソードの傭兵。

 種族はたしか、ハーフエルフだったか。

 俺も人のことは言えないが、何となく偽名臭いとにかく来歴不詳の男である。


「悪いが、いまは見ての通り刻印騎士団の歓迎会の最中でな。胡散臭い傭兵はお呼びじゃないんだ」

「ぬぁにぃ? だったらおかしいなぁ?」

「何がだよ」

「オレの目には、騎士様と同じテーブルに、オレと同じ自由民が座ってるように見えるぜェ!?」

「俺が嘱託騎士だって、ジャックも知ってるだろ」

「あの、このひとは……」

「おっと。知り合いになっても、良いことはないですよ、フェリシアさん。コレは不潔なバイ菌です」

「ウオォイッ! そりゃないぜ騎士様! オレはこう見えて、毎日風呂に入ってる綺麗好きだぜ!?」

「娼館の風呂だけどな」

「トロルズベイーーンッ!!」


 俺の一言に、フェリシアの目が「ああ、そういうひとか」と一瞬で汚物を見るものに変わった。

 年頃の少女らしく、やはりそのあたりの価値観は潔癖らしい。

 それが正解だ。

 この男は割と、甘さを見せると限界まで付け上がってくるタイプのダメ男である。

 女友達に紹介したくない人種って言えば、分かってもらえるだろうか。

 できればあまり、人の見てるところで会話をしたくない。

 せっかく築き上げた良い感じの立場が、ヒソヒソと転がり落ちてしまいそうだ。


「いいから、今日は帰れよジャック」

「なんでぃなんでぃ! たまにはいいじゃねぇかよぅ! オレも騎士様と仲良くなりてぇんだよぅ!」

「あんましつこいと、衛兵を呼ぶぞ?」

「それガチの最後通告じゃねぇか」


 ちぇっ! と。

 ジャックが不貞腐れた顔で一歩離れる。

 自由民が街中で衛兵を呼ばれれば、ペナルティとして最悪、即刻追放もありえる。

 冬が始まったばかりのこの時期、城壁の外は歩き回りたい環境とは呼べない。

 ジャックもそのへんは重々弁えている。


「どうせアレだろ? 午前中、俺がフェリシアと街を歩いてたの見て、羨ましくなったとかそんな理由で絡んで来たんだろ?」

「うん」

「うんじゃねえよバカ」


 しっしっ! と手を払って帰らせる。

 バカは「くぅーん」と退散した。

 嫌な予感てのは、いつだって的中しちまうんだよな。

 きっと今後も、隙を見ては絡んで来ようとするだろう。


「悪いな、ふたりとも」

「いえいえ」

「変な人でしたね」

「まあ、アレで腕は立つんだけどな……」

「対人戦のプロですからねぇ」

「対人戦……」


 ドキリ、とした顔で一瞬固まるフェリシア。

 対人戦と聞くと、そりゃあ身構えてしまっても仕方がない。

 人界を守る刻印騎士なら、なおさら忌避感を持っていておかしくないだろう。


「どの街にも悪人はいるからな。この前の野盗は、トロールだったけど、人間だって罪は犯す」

「やめません? この話題」

「悪い。そうだな」


 ルカの忠言とテーブル下の蹴り。

 フェリシアの様子が暗くなってしまったのを確認して、素直に頭を下げる。


「ごめん」

「まったく、これだから身元の不確かな男たちは。空気が読めない男ってどう思います? フェリシアさん」

「えっ、空気ですか?」

「異性の好みとか教えてくださいよぅ。私、女の子同士の会話すっごく久しぶりなので、飢えてるんです!」


(女の子同士……?)


 一瞬疑問が過ぎったが、口に出すとマズイ予感がしたので、黙ったまま見守る。


「えっ、えっ、そんな、メランさんの前だし、恥ずかしいです……」

「キャー! ちょっと! 今の見ましたかメランくん!? フェリシアさんすっごく可愛くないですか!?」

「あんまヘタなこと言わない方がいいぞ、フェリシア。いま周りの野郎どもが、かなり聞き耳立ててる」


 トロルズベイーーンッ!!

 ジャックの露骨なブーイングはサラッと聞こえないフリをして受け流しつつ、リキュールを傾け、グッと背もたれに身を預ける。


「ちなみに俺は、年上が好みだ」

「聞いてませんよメランくんの好みなんて!」

「「「そうだそうだ!」」」

「はぁ? なんだオマエら」


 元気いいじゃねえか。

 にわかに活気づく店内に、フェリシアの顔がクスリと笑顔に戻る。


「皆さん仲が、とっても良いんですね」

「そんなコトはないと思うが」

「でも、なんだか見えない糸で、繋がってるような気がします」

「うーわ!」


 ルカが戦慄した顔で腸詰を食いちぎった。

 ……たしかに、いまのはだいぶ、威力がデカかったな。


「へ、へへへ……」

「やばい。心臓が……!」

「俺はルカ様一筋ルカ様一筋」

「可愛いぜチクショウ」

「結婚したい」

「フェリシア様」


(バカどもが、見事に射抜かれてやがる)


 それくらい、フェリシアの放った今の一言は直撃的だった。

 純朴ゆえの可憐さ?

 とにかく、スレた男どもにはズキュンとぶっ刺さる破壊力。


「……とりあえず、上手くやっていけそうで何よりだぜ」

「?」

「何か追加で頼む? 燻製だけじゃ、物足りないだろ」

「あっ、じゃあ、ベリーベリーリキュールを追加で!」

「飯より酒かい」


 歓迎会はその後も、いい雰囲気のまま夕方まで続いたのだった。






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tips:蕩けチーズの暖炉亭


 城塞都市リンデン中層、年輪街に看板を構える宿屋兼酒場。

 二階と三階が宿屋のため、自由民も多く出入りする人気の店。

 値段の割に質のいい食事やサービスを提供するため、夕方から夜は常に賑わっている。

 暖炉の上で蕩けたチーズが、看板に描かれている。

 週に何回かは、不定期で吟遊詩人の歌が楽しめる。

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