#122「水掻き鬼の倒し方」
白緑川の川岸を移動し、次にやって来たのはリンデンの外だった。
城壁を越えて少しした、銀冬菩提樹と丸酸塊の森。
つい先日、俺が
俺とフェリシアは、川岸を少し離れた位置で、茂みの中に身を潜めている。
「あーあー、やっぱりか」
「あの……アレが、
「そうだよ」
フェリシアの確認に首肯を返しつつ、溜め息が出そうになるのをグッと我慢。
ルカから頼まれた時に、何となくそうじゃないかと思っていたが、案の定、先日の懸念が的中してしまったらしい。
いま、俺たちの視線の先では、五、六体ほどの
浅瀬に丸太を引きずって、ロープや釘を取っては、川の真ん中に建てた粗末なダムの材料にしているようだ。
「何をしているんでしょう?」
「罠でも作ってるんだろ」
「え、罠ですか?」
解せない、とフェリシアは困惑した様子だった。
「あの、
「うん」
「……すいません、私、あんまり怪人道の種族には詳しくなくて……」
「あれ、そうなの?」
「お恥ずかしながら……魔物には自信があるんですけど」
フェリシアは小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「別に謝るコトじゃない。刻印騎士団は魔物退治の専門家だろ?
むしろ、本来の仕事を越えて、怪人退治にまで駆り出されてる方が、俺はどうかと思ってるくらいだ」
「そ、そうですか?」
「トライミッドはちょっと、刻印騎士団に頼りすぎなんじゃないかって思う時もある」
「……でも、それが私たちですし」
「人界の盾だって? 皆んなが皆んな、憤怒の英雄並みに強ければ、話はそれでもいいんだろうけどな」
実際問題、刻印騎士だってひとりの人間である。
魔法使いは常人よりも頑健らしいが、英雄ばりの活躍を全員に求められても、その先にあるのは無惨な死体だけ。
適度に息抜きしながらやってかないと、過労死しちまう。
「んじゃまぁ、
「あ、はい」
「ヤツらは水ゴブリン。飛びかかって引っ付いてくる。以上」
「そ、それだけですか?」
「基本的にはザコの怪人だ。フェリシアなら、飛びかかられさえしなければ、ほぼ遅れは取らないだろ」
ただまぁ、
「
斧を持ち上げ、すっくと立ち上がり首を鳴らす。
「三兄弟三姉妹の神話って知ってるかな」
「もしかして、末弟ブレニホス神の一節ですか?」
「そうそう」
世界神エル・ヌメノスの直系である三兄弟三姉妹。
その内の男神で、末弟であるブレニホス神は、長兄がエルフを、次兄がドワーフを生み出したのに比べて、非常に多くの種族を創造したコトで知られている。
だが、創造された種族のほとんどは、
高潔で真面目な兄神たちと比べて、ブレニホス神は怠惰でズル賢かったため、ふざけた仕事ばかりしたと伝わっている。
「だからかは分からないけど、大抵の怪人どもは卑怯で卑劣でクズばかりだ」
ああやって川の流れを堰き止めているのも、大方、材木が筏で運搬されているのを知って、次の筏を襲おうとでも考えたからだろう。
すでに何個かはひっくり返され、まんまといいように使われてしまっている。
ティバキンはさぞ、怒り心頭に違いない。
「友人の
アイツからこの前、組合の若衆が何人か
「なるほど……それは、許せませんね」
「リンデンじゃ割と、頻繁にヤツらの顔を見るだろうから、この機会に知っとくといい」
「? メランさん?」
「
茂みから抜け出し、そこで見てるようにとフェリシアに一言。
「刻印騎士団は魔物退治の専門家だ。……さすがに毎度毎度代わるコトはできないけど、魔力だって無限じゃない」
使えば減るし、人間は魔物じゃないから、最初に生まれ持った魔力がそれ以上に増えたりはしない。
本当に必要な場面で、肝心な時に魔法が使えない可能性も出てしまう。
刻印騎士団は、ただでさえ魔力消費が激しい。
「だから、あんま参考になるかは分からないけど、誰にでもできる簡単な
「わ、わかりました」
素直に承諾するフェリシアに、内心で「いい子だな」と思いながら、俺は跳躍した。
「! えっ!?」
「まずはドーンッ!」
「ギャぃっ!?」
水が盛大に撒き上がり、
そこをすかさず、手近な一体の胴体を踏みつけ、逃げられないようにしてから首を切断。
「ギャギャっ!?」
「
なのに、コイツらはエルノス語すら話せないクセして、なぜか罠を考えついたりするだけの悪知恵は働く。勝てないと見れば、即座に逃げ出す判断力も持ってる」
仲間の死に慌てて背中を向けた二体を、今度は後ろから横なぎに殴り飛ばす。
骨と臓物の潰れる不快な音。
まるで水切りのように、川岸まで吹っ飛ばし。
「けど、中には錯乱して、石を投げてきたり、特攻か何かか、首を狙って飛びかかってこようとするのもいる」
「ギャギャギャーッ!」
「そういうのは、いったん距離を取って攻撃を躱すか、防御が厚ければ無視して受け止めるでも構わない」
今回はサッと後ろに下がり、石と体当たりを避ける。
で、そんな俺を弱気と錯覚したか、再度同様の攻撃を繰り出そうとした二体を、ヤツらより遥かに上回るスピードで迎撃。
「えいえい」
「「ギャ……!?」」
剥き出しの胸部を、乱撃で掻っ捌く。
最後はあたりを見回して、残敵がいないかを確認。
討ち漏らしがなければ、晴れて討伐完了。
「──とまぁ、こんな感じか。もう出てきていいよ」
「はい……」
フェリシアは「えぇ……?」という顔で茂みから出てきた。
さもありなん。
「まあ、これは俺流のやり方だから、全部を真似するのは無理だと思う」
「で、ですよね!?」
「フェリシアは俺ほど体格が良くないし、筋力もそんな無さそうだ。やり方は自分に合った方法でやるといいよ」
「というか、そうするしかないです! 私、ニンゲンですもん!」
「うん。だけど、大凡の勘所は理解できただろ?」
「……う、ううん。はい」
「──やっぱり。フェリシアならそうだと思った」
この少女は割と天才肌に近い気がする。
先ほどの
動物魔法はこの世に、仮初の生命を生み出す。
不慣れな者は必要以上に魔力を注いで、目的が終わった後でも動物が消えない。
(動物だぞ?)
思うように動いてくれるとは限らないし、フェリシアは
なのに、適切な魔力加減で無事に目的を達成できた。
これはなかなか、凄い戦闘勘だと思う。
「腰に差してる短剣も、飾りじゃないんだろ?」
「これですか?」
「騎士だもんな。剣くらい使えるか」
魔物退治が専門の魔法使いとはいえ、刻印騎士団も国家の正式な職業戦士であるコトに違いはない。
戦闘の勘所を掴む素養は、備わっていなければ入団できているはずもなかった。
……ルカのヤツ、マジで狂喜乱舞するんじゃないか?
「さて。
「あ、はい!」
「終わったら、支部に行こう」
そろそろ陽も中天に差し掛かる。
曇天で分かりづらいが、体内時計が教えていた。
昼飯が食いたい。
(三つ目の仕事は……まぁ、俺ひとりの方がいいか)
フェリシアには歓迎会も待っている。
期待の新人ってコトで、精一杯歓待を受けた方がいい。
どうせすぐに、ここの現実を知っちまうだろうし……
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tips:水掻き鬼
アドゥー。
冷たい水辺に棲みつく怪人類。
ぬめぬめした肌と青黒い鱗を持つ。
体長は約1mほど。
ヒキガエルのような手足と、コウモリのような顔をしている。
吸血種族で、非力な老人や幼い子ども、家畜等がたびたび襲われる。
リンデンでは白緑川周辺や地下下水道、水道橋付近に出没。
人語を解する知性は無い。
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