#121「動物魔法の村娘」



 ところで、魔法使いが使う魔法についてだが。

 俺は昔から『その魔法使いがどんな魔法を使うか』で、『その魔法使いがどんな人生を歩んで来たか』が、だいたい推測できるんじゃないかと考えている。


 たとえば、俺がよく使う“イグニス”なんかは、どの魔法使いも基本の呪文として見習いの時に修得するそうだが、“イグニス”ひとつ取っても、使い方次第で性格は読み取れる。

 

 火力が弱い。

 温度が高くない。

 着火しても、全然燃え広がらない。


 そういう“イグニス”を使うヤツは、穏やかで大人しい性格をしているコトが多いし、人生も安穏だ。

 もちろん、それが悪いワケではない。

 むしろ、羨ましいとすら思える素晴らしいコトだ。


 世の中の魔法使い全員が、火災や戦火を識っているとか、そっちの方が嫌だし。


 だが、魔法としてのリアリティ。

 存在を生み出すという観点で考えると。

 やはりそういう“イグニス”は、どうしてもを否定できない。


 これは魔法の長所でもあり短所でもある。


 時と場合によっては、本物を用意した方が役立つ場面もあるからだ。

 もっとも、魔法に一長一短があるのなら、人間にだって〝向き不向き〟はある。


 誰だって、生きていれば好きなコト、得意なコト。


 何かしらの場面や分野で、自ずと『適性』を獲得していくものだし、そのヒトの人生でしか到達できない心境、能力の成長方向、人生観だって千差万別。

 魔法は自我から垂れ落ちた一雫の存在証明。

 つまり、


「──“雄牛タウルス”!」


(でっっっか)


 フェリシアが唱えた動物呪文によって、川岸にはいきなり、体長五メートルはあろうかという怪物的な牛が登場していた。

 大蹄大野牛ジャイアントバイソン

 綺麗に湾曲した半月型の角を備え、ゴツゴツに隆起した筋肉と、大地を踏み砕く凶悪な蹄を持つ〈渾天儀世界〉の猛牛。

 森林や草原に棲息し、巨角王冠篦鹿ギガンティスエルク太古洞穴熊ティタノアルクトドゥスと並び、極めて危険な原生動物と認識されている。


(──え、こんなのと遭遇した経験があるの?)


 思わずポカンと間の抜けた顔を浮かべ、少女の背中を見る。

 フェリシアは鳥羽の外套を翻し、真っ直ぐに杖を、水死者の手ウォーターハンドへ向けていた。


「やって!」

「ブモオオォォォォォォォォォォォォッ!!」


 巨大な野牛が川の中に突進する。

 水死者の手ウォーターハンドは危険を察知したのか、水面を這うように移動し蛇のごとく敵へ絡みついた。

 だが、フェリシアの生み出した大蹄大野牛ジャイアントバイソンは、怯む様子もなくそのまま川の中で暴れる。


 バッッッ、シャアアァァァァン──ッ!

 バッッッ、シャアアァァァァン──ッ!

 バッッッ、シャアアァァァァン──ッ!


 豪快な水飛沫が上がり、川の流れは大きく変えられた。

 水死者の手ウォーターハンドは憑依を維持できず、バラバラにほどけて消えていく。

 ……てっきり、俺は“衝撃インパルト”でも唱えるかと思っていたが。


「やりました! どうですか、メランさん!」

「すごかった。フェリシア、君は動物系が得意なのか?」

「はい! 私、村生まれなので!」

「なるほど」


 では、村娘っぽいって所感は、あながち間違いでもなかったのか。

 大蹄大野牛ジャイアントバイソンをこのレベルで生み出すなんて、日常的に接触する機会があったとしか思えない。

 すごい村だったんだな……


「ちなみに、他にはどんな呪文を?」

「動物系ですか? えっと、そうですね。“夜梟ノクトゥア”とか“雌狼ルパ”とか使えます」

「すっご」


 俺は動物系の呪文は使えない。

 使うと、長年の狩りのせいか、肉モドキが生み出される。

 もしくは、野生の掟に従って、人間に歯向かう危険な猛獣が出てくる。

 きっと俺の頭の中には、『動物=食べ物or害獣』の図式が強く刻み込まれてしまっているからだ。

 動物魔法は基本的に、意思を持った仮初の魔力生命を生み出す魔法だし、使えるヤツは少ない。

 フェリシアはかなり、稀有な才能を持っている。


「牛と梟と狼。全部使役できるのか?」

「使役と云われると、ちょっと違います」

「ん?」

「私は調教師じゃないので、動物を意のままに操れたりはしません」


 ひとしきり暴れていた大蹄大野牛ジャイアントバイソンが、そこで突然、霞のようにスゥっと薄くなった。

 フェリシアは苦笑して、そっと杖を撫ぜる。


「私の村は、開拓村だったんです。森の中には危険な動物がたくさんいて、男の人は皆んな、しょっちゅう危ない目に遭ってました」

「……まぁ、あんなのがいればなぁ」

「アハハ。なので、私は覚えているだけなんです」


 動物たちが天敵を襲い、日夜生存闘争を繰り広げるその獰猛性を。


「記憶の中の彼らは、幼い日の私にとって掛け値なしにモンスターでした。だから、さっきもイメージしたんです」

「イメージ?」

「もしあの森の大蹄大野牛ジャイアントバイソンが、水死者の手ウォーターハンドと戦ったら」


 それはきっと、大蹄大野牛ジャイアントバイソンの圧勝だろうと。


「師匠にはよく、諸刃の剣だって叱られてるんですけどね」


 えへへ、と。

 フェリシアは困ったように笑いながら、杖をしまった。

 なるほどな。

 それはたしかに、魔法使いとしては危ないかもしれない。


「自分の中のイメージを超えた敵には、通じない魔法の使い方だ」

「やっぱり、メランさんもそう思いますか?」

「ああ。だってそれ、自分が負けると思ったら負けちゃうだろ」

「うっ!」


 グサァッ、とフェリシアは矢でも刺さったみたいに胸を抑える。

 自分でも分かっている課題って顔だ。

 だったら、俺の方からはとやかく言わない。

 良い師匠にも恵まれているようだし、フェリシアもまだ若い。

 成長の見込みは充分にある。


「けどまぁ、実力は現状でも充分に一人前だよ」

「え?」

「刻印魔法じゃない通常の魔法で、アレだけの手札を持ってるなら、リンデンじゃすぐに引っ張りだこになれるぜ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、本当だ」


 喜ぶべきか憐れむべきか。

 ルカの狂ったような喜悦の声が聞こえてくる。

 きっとバンバン仕事が振ってくるぞ……


「あ、でも」

「はい!」

「次からは、もうちょっと加減を覚えてくれな?」

「えっ?」

「いや、水飛沫……ほら、めっちゃかかっちゃったからさ……」

「──っ! す、すいません!」


 フェリシアは慌てた顔で「わわわっ!」と狼狽えた。

 仕方がないので、腰に吊るしておいた携帯用の暖気灯を点火する。

 いやはや。まさか俺が濡れるとは思わなかった。


(このくらいなら別に、そう大したコトはないけど、川の水って後でちょっとだけ臭くなるんだよな……)


 帰ったら念入りに洗濯しなくては。


「とりあえず、時間はまだ余裕があるし、次行こうか」

「ぅ、はい!」


 フェリシアは若干申し訳なさそうにしながらも、少しだけ肩の力が抜けた様子だった。

 成功体験は大事だよな。

 その調子でガンガン仕事を片付けていこう。


「次は、水掻き鬼アドゥー退治だ」






────────────

tips:動物魔法


 動物を意味する呪文をもとに、仮初の魔力生命を生み出す魔法。

 生み出された動物は、最初に与えられた魔力が尽きると消失する。

 この魔法は鷹匠や羊飼い、調教師などに高い適性があると云われている。

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